シャラララ。@柏木裕介

 アリちゃんは全然離してくれなかった。


 途中駅前のコンビニに寄って、がま口のお財布でチョコを買っていた。もちろん僕の腕はロックしたままだった。


 いや、もちろんではない。


 そして、だんだんと様子がおかしく見えてきた。


 何故なら彼女の目が虚なのだ。


 僕を見ているようで、見ていない。夢現の中にいるかのようで、絶対にいつものアリちゃんじゃないと気づいたのは、そのチョコをもらってからだった。



「ハイ、コレバレンタイン。ユースケクンダケニアゲルネ」


「あ…ありがとう…? でも、僕には華がいるから──」

 

「…? ハナチャン、ユースケクンノコト…ユースけくん…のこと…あレ、おかシイな…何だろ、このキモチ…シャラララっ、シャラララッて…一年一度ノ…チャンス…だっタのに…」


『シャララ…? 猫型ロボ? なぜに…? だ、大丈夫か…?』



 アリちゃんは、どうにも記憶が混濁しているように見えた。それと同時に、越後屋に感じていた違和感──憧憬、そんなものを少し感じた。


 昔、一度あったような。


 ありがとうと言って、バレンタインのキノコたけのこなチョコをもらったような…気が…いや、丁寧に包まれたものだったか…?


 あかん、何かいろいろ混ざる。


 それからアリちゃんは、まるでメヌエル病患者みたいにふわふわとした足取りでふらつきだした。


 これは…受験ストレスだろうか。


 それが怖くなって駅前ベンチに引っ張って座らせた。


 とりあえずアリちゃんを落ち着かせて…というか華は大丈夫だろうか。



「…ウン、もうダイジョブッ、あ、でもちょっとオネガイ聞いてホシイな。ユメノなかだし」


「お、おう? 僕の出来ることならいいけど…あ、何か飲み物買ってこようか?」


「…ううん、もう大丈夫だよ……あはは…冗談、冗談だよ…それじャああね──』


『うおっ!?』


『ちょっトだけ、ちょっとダケ』


『…ちょ、ちょっとだけだぞ…?』





「いないか…」



 華と別れた交差点に行くも、いなかった。


 アリちゃんには先に中学校に行ってもらった。というか走って駅の中に消えていった。


 アリちゃんのお願いの内容はともかく、やっと正気に戻ったのだ。


 顔を真っ赤にしてアワアワしていた。


 呆気にとられた僕は、そんな彼女を見つめることしか出来なかった。


 あれはやっぱり受験のストレスだったんだろう。そう思うことにしよう。


 母の浮気ラインには完全に引っ掛かりそうだが、誰も見ていない事を願おう。


 つーか華も同じか…怖え。


 そうだ、それより華だ。


 なぜか、気が急く。


 なぜではないか。


 送ったメッセは既読にもならず、沈黙している。電話にも出ない。こんなことは付き合ってから一度もなかった。


 前世、タイムリープ前の記憶が蘇る。



「これもまあまあトラウマなんだが…」



 青空三好にも一応かけるか…?


 違う、そうじゃない。疑ってない。普通に考えろ。普通話し合いとかなら喫茶店とか、ファミレス。公園、川沿い、あとは何かないか。



「……いや、相手は華だ」



 普通じゃない。


 あのマスクの女性はともかく、悉く予想と違うことをする、パンクな僕の彼女だ。


 過去、焦土にされたものの、彼女に振り回された記憶はない。ないが、僕はもう、人は変わる時は変わるんだと思うことにしていた。


 新人である新入社員も、大きな波を越えれば逞しく成長していた。していたが、生来のものは劇的には変えにくい。


 僕が好きだった女性の面影はもう随分と上書きされているが、前世も今世もあのポンコツさは変わらないはず。


 想像の斜め上…つまり予想を斜め80°くらいにして見上げて見るんだ、柏木裕介!



「居るのかよ」



 この辺で高いマンションの屋上に居た。およそ10階建のマンションだ。


 想像の斜め上って物理かよ。


 というか、なんであんなところに…お前高いとこ怖いはずだろ。


 絶対に高層マンションは嫌だって…言って…? いやそんな事は今はいい。



「…まじか」



 というか、なんか戦ってる。


 嘘だろ。


 喧嘩ではなく、戦ってるとしか言いようがない動きで速くて怖い。シュババって効果音が鳴ってそうで怖くて凄い。


 拳八割、蹴り技二割って感じだ。


 周りの人は僕を見て同じように上を見上げるも、驚きも反応もせずに通り過ぎていく。


 何故だ…? おかしくないか?


 いや、華も相手もおかしいだろ。


 なんで戦ってんだよ。



「しかし…あの女性…どこかで…映画…いや、違う」

 


 サングラスとマスクはもうない。遠目だから雰囲気くらいしか掴めないし、あまりわからないが、あれは…



「あ」



 華は胸元から何かを引き抜いた。


 それがキラリと陽光に反射した。


 小さなナイフっぽいのはわかる。


 てかナイフだろ…というかどこから出してんだ!? というかなぜに!? 護身用か…? どこぞの女泥棒みたいだな…


 いや、それくらいおっきいけどさ。


 というかそんな事を思ってしまうくらい、何故か頭がぼんやりとする。


 そして華は彼女──伽耶まどか似の女を刺そうと攻撃を繰り出した。



『ばっ───』



 馬鹿な真似はやめろッ! 


 そう叫んだつもりだが、声が出ていない。


 緊張か、情けなさか、あるいはタイムリープ神的な何かか、何が原因かはわからないが叫んでも声が出ない。



『…なんだこれ…時間がゆっくりと…?』



 今気づいたが、手も足も緩やかにしか動かせない。どうもあの戦いに向かって、時間が落ちていくような感じだ。


 例えがそれ以外思いつかない。


 そしてそれは、まるで二人の邪魔をしてくれるなと言ってるみたいだ。

 

 不思議…少しではなく、すごい不思議、SFだ。


 それ得意じゃないんだよ! 


 早く止めに行かないといけない!



『離せよ! くそっ!』



 離せ。そうとしか言えないように、何かに邪魔をされている。


 すると、その女は逆に華からナイフを奪い、今度は華を刺そうとしていた。



『おいおいおいマジか?! 嘘だと言ってくれ!』



 華は躱し、手首をつかむ。


 揉み合いになり、倒れ込んだ二人。


 この角度からは、どうなったかわからない。


 そしてようやく動けるようになった僕氏。


 最悪な想像しかできない。



「…ぅそだろ…ぉい嘘だろッ!」



 あっ!? 声が出る! 足が出るぞ!


 そうして、目一杯の力で、治りたての足も気にせず、僕は叫びながら走った。



「華ぁぁ! 華ぁぁぁぁ!」



 こんなところで叫んでも意味は無いのだろうが、僕は力の限り叫んだ。走った。


 なぜなら僕の頭の中には、妙にリアルな想像が捻り込まれていたからだ。


 赤に濡れ横たわる華が、何かを握り締める姿が、何故か脳裏に想像できたのだ。



「華ぁぁあああ!!」



 どうか無事でいてくれッ!

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