僕には聞こえなかった。@柏木裕介

 合格発表の掲示板の前。


 大勢の近隣中学生と少しの親が群がり騒つく中、華の前が開いていく。


 凛としていて、華がある、だけではない。


 とりあえずツッコむ前に発表を見た。


 よし、合格だ。


 まあまあ不安だったんだが、心配はなかったようだ。


 いや、どう見てもチートです。森田さん、本当にありがとうございました。


 少し悪い気がするが、ひとまず肩の荷が降りた。



「裕くん、どこ見たの?」


「あそこ。じゃないまずは降ろせ」



 僕は華に肩車されていた。


 それもうさっきやっただろ。誰がチビで担ぎやすい神輿だ。何が神輿は軽い方がいいだ。いやなんか違うな。



「あ、やったやった! 裕くんのあったよ! わたしのも! おめでとう、裕くん! おめでとう、わたし!」


「ご、合格、お、おめでとう、ありがとう、わか、わかった! わかったから!」



 おっきい声でぴょんぴょんするな! お前目立つんだからやめろ! 落ちた子もいるかもだろ! あと僕が落ちるだろ!



「あ! 美月ちゃんも薫ちゃんもあったよ! みんなみんな…三好もあったんだよね…死んだらいいのに」



 そうな。見えないけど、その暗い目やめような。急激なテンションの上げ下げとか社会人時代の鬱な先輩とか後輩とか思い出すから。怖いからやめような。というかいい加減降ろしてくれよ。


 すると、アリちゃんが背後からおめでとうと共に声を掛けてきた。



「仕方ないよ、華ちゃん。とりあえず裕介くん解放してあげよう? すごい目立ってるからやめよう?」


「や」


「やじゃねーよ! 恥ずかしいだろ! 降ろせ!」


 

 こういうのは抱き合って喜ぶもんだろ! 肩車は違うだろ! というか注意されるだろ! 



「絶対降ろさないから、わたし!」


「…その言い方やめろ。買い食いする時間なくなるだろ。いいから降ろしてくれよ」



 周りがギョッとしてるだろ。



「わかった……そこまで言うなら…降ろ、し、ます…降ろせばいいんでしょ…」


「深刻な感じ出すのやめろ。誤解が笑えないからな」



 絶対、母さんの影響だよな。


 というか堕ろさせるわけないだろ。





 入学に必要な書類を受け取り、中学校へ向かうべく高校を後にした。


 この後は中学に報告に向かわないといけない。


 帰り道、高校の最寄り駅近くの交差点で、信号待ちをしていた。


 ここは人が割と死んでしまう交差点だ。見通しは良いのに、何故か事故る。


 どうにもドライバーからは対向速度がわかりにくいようで、事故が多発していたのを覚えている。


 今から一年後には歩道橋が出来るはずだが、今現在は普通の交差点だ。


 受験の時はそれどころじゃなかったから気にしなかったな。


 三人で談笑しながら待っていると、後ろから話しかけられた。



「ちょっといいかしら。柏木…裕介くん」


「はい…はい?」



 サングラスにマスク姿。未来ではマスクは一般的だが、この時代は異様だ。そして、その見知らぬ女性は、なぜか僕の名前を知っている。



「ふふ。合格おめでとう。少し話せないかしら」


「はぁ…」



 雰囲気で合格したのがわかったのか?

いや、わからないだろ普通。というか怖いだろ。というか誰なんだ? 歳の頃は…わからないな。


 宗教とか…? 


 いや、母さんの知り合いか?


 そう思ってヒントを探すかのように全身を眺めて見ると、彼女は大きなアルタートバッグを持っていた。


 絵を入れて持ち運びするあの鞄だ。


 画家か何かか?


 美術部の先生…じゃないよな…? 雰囲気的には建築家って感じの服装だ。


 うーん…わからん。


 わかるのは、香水の香りがキツいってことだけか。


 すると華が僕を背に隠すようにして前に出た。



「ないわ。あなたと話すことなんて、何も」


「…華? 急にどした?」



 なんだか急に大人みたいに感じる。


 また母さんの真似か?



「あら、可愛らしいお嬢さんね。そう、もしかしてあなたかしら」


「ふふ。どうでしょう。ここには…なんで美月が…だけ…? ……ごめんなさい、裕くん。先に美月…ちゃんと帰っていてくれないか…な?」


「…それは良いけど…知ってる人?」


「う、うん、裕くんも彼女も忘れているだろうけど」


「それはどういう──」



 意味だ?


 そう聞こうとしたら、華は振り返ることなく、いつものように慣れた動作で指パッチンをした。


 しかも三回。


 え?! お前今それする?! こんなところでヤダぞ!? そう思って下を向くが…


 ん? あれ? 変化…しないのかよ! いや、それでいいんだが…


 こんな往来でおっ勃てるとかなくてほんと良かった…焦ったじゃねーか…びびらせるなよ!


 ホッとしていたら、アリちゃんに腕を引っ張られた。



「イコ、ユースケクン。ハナチャンハチガウッテ。ムフフ」


「違うって何が…うわっ? お、おい、アリちゃん? あ、待って、待って、力強くない? 強くなくなくない?」



 華を残して横断歩道を渡っていく。足がまだ踏ん張れないから歩幅が合わず、まるで引き摺られるかのようだ。


 あ、信号ピコンピコン!



「華! え、駅で! 待ってるから! 一緒にチョコミント食べるんだろ!」


「ッ?! うん…うん! いつまでも…待ってるね…!」



 いや、いつまでも待つけどさ。ん? 待ってる? というか僕らが待つんだが?


 なんだその言い方は。


 待つ同士だと会えないだろ…?


 またポンコツでも発動したのか…?


 というかいつも待たないだろ?


 待てって言っても聞かねーじゃねーか。


 というかその人誰だ?


 なんなんだ?

 

 アリちゃんは恋人繋ぎと腕を絡めるのとで、僕を逃げられないようにし、そのままグイグイと引っ張っていく。


 やだ強引。


 というかいろいろ当たって不味いって!



「ちょ、アリちゃん、待って、わかった、わかったから」


「イコ。バレンタインダヨ」


「なんでだよ。もう終わっただろ」


「ハジマッテナイヨ〜」


「んなバカな…」



 タイムリープじゃあるまいし…今更…え、嘘だろ? いつの間にか? ないない! …ないよな?


 スマホを確認するも、日付は変わってない。


 景色もアリちゃんも…少し変だが、まんまだよな? 受験のストレスか? 華は雰囲気が…変わったくらいか? あの女性と何かあったのか?


 というかこんなの華が見たら怖いんだが!


 浮気みたいでソワソワして怖いんだが!


 頑張って振り返りながら見た華とその女性は、対峙したまま動かない。


 点滅した信号が赤になり、車が走り出し、その二人の姿を隠した。



「合格おめでとう。裕くん。バイバイ」


 

 振り返ることなく呟いた華の言葉は、僕には聞こえなかった。

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