祝いの四つ文字。@森田薫

 別の物語だなんて認めたくなかった。


 いや、きっと紛い物のレプリカだって本当はわかってて、でも絶対認めたくなかったんだと思う。


 そうさ、だから壊すんだ。


 だから打ち明けたんだ。


 でも強制タイムループは打ち明けなかった。


 ふふ。嘘ついてごめんね、柏木くん。


 あなたが救いやすいように、打ち明けなかったの。


 あなたに背負わせるのが嫌だったの。


 あなたに可哀想って思って欲しくなかったの。


 きっと柏木くんは親身になって、悩んでくれて、解決策を一緒に考えてくれた。もしあの日あの時あの公園で、君の目に光る雫を見なければ、そうしても良かった。


 ふふ。あの日を思い出しちゃった。


 つい抱きしめちゃった。


 そして悲しいくらい君の為を思うと、この運命のレーンは、華物語なんだって納得しちゃった。


 あの未来の記憶にある姫に裏切られたままなら私との今世ラブは花が咲…薫ったはずだ。


 でも、癒すには私の時間が短すぎるんだ。


 おそらく15歳エンドは変わらないんだ。


 だからもし柏木くんが私と付き合い、最後の時を迎えたなら、看取ってくれるだろうけど、それこそまたトラウマを植え付けてしまう。


 そして多分柏木くんはこの地を去るし、一生私を想って結婚もしない。


 そんな直感があった。



「キュピ───ンってね」



 まさに青天の霹靂だ。


 でもそれは私の望んだ物語じゃない。



 私のループのエンド、アンドスタート。


 そこにそびえる二対の壁みたいな崖。


 でももう、未来側の壁の向こうは崖じゃなくなった。


 彼が崖を飛び越えて橋を架けてくれたのだ。


 もらった記憶の中の17歳の柏木くんだ。


 バッドエンドも何のその。


 頑張って頑張って30歳まで生きた柏木くん。


 彼が私の願い通りに戻ってきた。


 壁をバリッと破って戻ってきた。


 これは海に行けてしまえるよ。


 でもおそらく私の15歳エンドは変わらない。


 永遠に心と記憶に残る美少女。


 なんてね。


 それも良いけど、トラウマなんて背負わせたくないし、ましてや、柏木くんとのループする毎日を天秤にはかけれない。


 私は欲張りなんだ。


 私は全部欲しい。


 だから私は見つけた。


 エンドロールの先を見つけた。


 と言っても検証なんて出来やしないけどね。


 なんか昔にあったな。風雲何々城。


 どちらか選べば泥の沼。


 姫を選べば泥の沼。


 私を選んでも泥の沼。


 だけど今回はクズは潰し、姫は焚き付けた。


 沼は泉に変わったのだ。



「ふふ。嫉妬で頭がおかしくなりそうだったけど、ここまで頑張ってきた」



 頑張るなんて、当たり前で嫌いだけど。


 だけど、丁寧に繊細にデザインしてきた。


 嫉妬は横に置いておいてね。


 モラリティーも道徳も倫理も横に置いておいてね。


 パパママごめんね、私はヤンキー、ってね。


 そうして、道ならぬ未知を目指して来るところまできた。



「ふふ。それももう終わりか…」



 はぁ。


 この周回が最後だと思うと、なかなか怖いなぁ。慣れた生活を取り上げられると思うと、こんなにも不安になるなんて。


 でも普通はそうなんだよね…普通か…いつの間にか生への執着でも芽生えてたのかな。


 こんなに生きてきたのに。


 いや、柏木くんとの恋だし愛だ。


 下心で真心で本物でロックンロールだ。


 この気持ちが止まらないんだ。


 止めた時間を元に戻すんだ。


 天国のドアを叩くんだ。


 なんてね。



「もしーこの物語がー終わるのーならー結末は雪じゃーなくー」



 雨が降ればいい。


 そうしたら次はそれが海になる。


 雲が晴れて、虹になって、それが海に架かる。


 だからもう荒れた海にはならない。


 遠い遠い初恋の記憶だ。


 戻れない過去の側の壁だ。


 いや、過去など本来は戻れないのだ。


 足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて。


 柏木くんがやって来て。


 やっと私は納得したのだ。



「…さよならキンモクセイくん。随分と恨んだけど、切り刻んだことも、まあ許してよ。私も許すからさ」



 だから今までありがとうね。


 だからごめんね。


 多分、届いてるんでしょ。



「……よぉし! 切り替えていこ──?…」



 いや、それにしても…やっぱり何か気になる。


 ほら、家を出た時、蛇口を閉めたか、電気を消したか、そんなサイズの不安ってあるじゃん。


 なんだろ。


 私が見えなかった17歳までの柏木くんの…今から始まる二年間…の事かな?


 でもきっとそれは裏切りの日々にはならない。


 彼の楽しい人生が、青春がきっと花開く。


 私は参加出来ないけど、楽しみだ。


 姫とクズは随分と変わった。


 クズは少し気掛かりだけど、杏奈がなんとかするでしょ。


 でも何で見えなかったんだろ。


 キュピーンは来ないし、きっと変化するからだよね。


 私の都合の良い方にね。



 じゃあ他に何が…



「…越後屋……のの…」



 彼女と仲良くなった時は、確かその一週間後くらいに記憶を消されたはず。もう随分と前だからあんまり覚えてないけど、露骨に避けられて凹んだと思う。


 だけど、今回は特に関わりないのに、露骨に避けられている。



「あの偽動画を見せたから…?」



 まあ、偽というか、ね。


 タイムカプセルはすでに出した。だからもう未来は確定しているし、揺るぎないはず。


 なのに、一抹の不安が過ぎる。



「あ、これ本当にキュピ──ンきた…? ふふ、やっぱり越後屋ののに会っておこう」



 んふふ。


 最後だから、またトロトロにしてあげよっかな。


 いつもは八つ当たりだけど、今回はね。


 ま、堕ちるのは即落ち2コマくらい早いんだけどね。


 あの子、ざーこざーこ、なんだよね。


 でもなぁ。


 記憶消されると柏木くんにウザ絡みが増すんだよね。確か。


 きっと柏木くんの中に、私の影を見てるんだろうけど。


 でも最後だし、ま、いいでしょ。



「由縁失っても、今回は姫がいるし鉄壁でしょ。んふふ…」



 ほんとに…いいボディガードだ。


 ちょっと柏木くんの顔色悪そうだったけど、そこまで無茶はしてない…でしょ。


 あんなに言ったし。多分。おそらく。

 

 でも姫って、クソビッチだからなぁ…

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