今回のは見逃してね。@森田薫

 夕暮れ時、私はぶつぶつと呟きながらお家に帰っていた。


 越後屋ののには会った。


 会ってぐでんぐでんにほぐしたんだけど…



「……忘れてる…?」



 彼女もノートを書いていた。


 ののの恋ノート。痛々しい題名のそれは、姫への想いが綴られていた。


 でも彼女はおかしいし、違うという。


 確かにおかしかった。vol.3しかないし、ノートの半分は千切られていて、唐突に姫への恋が始まっていた。


 過去訪ねた時に、そんなノートあったかな…しかもあの取り乱しよう…


 越後屋ののが、柏木くん推しだったなんて知らない、私。



「…でも今更…確かめようがない…」



 ののに当てがう男子は見つけてない…時間もない。姫がいるから心配はしてないけど…


 これが不安の正体だったのかな…?


 ますます不安が増しただけなんだけど。


 まだ出来ることは何かないかな…とりあえずパパとママに説明してからにしようか。



「はぁ…ここにきて憂鬱とかないよぉ…またお参りに行こうかな…」



 私はお腹を摩りながらそう呟いた。





「…言葉が出ないな…」


「薫ちゃん…本当なの?」


「うん、わかるよ。ごめんね、パパ、ママ」



 美しい思い出と、苦しい過去を綺麗に折り畳むために。


 私はこれまで起きたことを身振り手振りで大袈裟に振る舞い、決して悲しくならないように話していた。


 これは宿願なのだ。



「いつか言っていたことが…妄想ではないのはこの宝くじや予知…でわかる。夢のお告げみたいなものだと思っていたけど…ここまで当てられたら…な…この三年間は怖くて仕方なかったよ」


「…本当なのね…じゃあ越えられなかったのは…うっ、うっ…ごめんね、薫ちゃん、薫ちゃん…」


「パパ…ママ…」



 愛しいパパとママにこうやって打ち明けるのは、いったいどれくらい振りだろうか。


 私が毎回の如く書くノート。タイムリープスタート時に記すそれには、大きな事件と宝くじなどの当たり情報をまるで予言のようにまるまる三年分書き記していた。


 私の人生が終わっても、一人娘を失ったパパとママの人生があるかもしれない。


 そう思って書き記していたノートだ。


 もっとも惰性のループでは、死ぬ日の朝にテーブルに置いておくだけだった。


 当たりくじを挟んでね。


 今回のループでは、前回のタイムカプセルを変化させていたからと、ノートの存在を中学一年の頃に両親に教えていた。


 私はこの峰から離れようとすると体調を崩す。気を失う。そして死ぬ。


 その為、一度も家族旅行にも学校行事も行けなかった。


 だから一度も海を見ていない。


 彼女は死んだ。一度も海を見ることもなく。


 そんな歌の通り、私は毎回死ぬのだ。


 ママが謝ったのは、私を仮病だと断じ、怒ったことがあるからだ。



「ママ、気にしてないよ、私」



 そんな私を思って、過去いろいろな霊媒師などを呼んだりもしてくれたが、無駄で駄目だった。


 無理矢理でも呼ぼうとしたときなどは、一度やり過ごして自殺し、先回りして晒し、インチキだと伝え、やっと諦めてくれたっけ。


 それからは最後の日にテーブルの上に残して過去に飛ぶのみだった。


 だけど、今回はこのタイミングで伝えたのだ。


 最後だしね。



「うん、私が体験してきたことはここに書いてある通り。今まで…育ててくれてありがとうございました」


「…私の可愛い薫ちゃんがなんで…なんでなの…あなた…嘘よね…?」


「…母さん、薫の顔を見てあげなさい…薫、何かを見つけたんだね。去年と違って、随分といい顔を…してるよ。この…柏木…裕介君かい?」



 私はお腹を押さえて、心の内にあるそれを精一杯の思いで、まるでお嫁さんに行く気持ちで吐き出す。


 まあ、間違ってないんだけど。



「…うん、私の大事な…大事な人なの。本当は小さな頃に死ぬはずだった私に…光を…くれたの」


「…そうか…わかった。これの…この書いてある通りにすればいいんだね? と言っても実感なんてないんだけどな…本当にもう何も出来ないのかい…?」


「そうよ! また助かるかもしれないでしょう!? …その裕介君に…頼んだら駄目なの…?」


「ふふ。彼にそんな力はないよ。それにもうこれ以上はもらい過ぎだよ」


「そんな…」



 大人になっても、変わらない彼の純情さ。言葉は多少悪くなっちゃったけど、それもある意味スパイスで。


 今周はほんと盛りだくさんだった。


 この三カ月の思い出だけで、私の人生は報われた気になる。



「母さん…薫の顔、見てあげなさい」


「…穏やか過ぎて…とても信じられないわ…でも…」


「うん…ありがとう、パパもママも。私幸せ。私、パパとママの娘で良かった。まあ、毎回いつもおんなじこと言ってるんだけどね。あはは…」



 何度も何回も私を大切に思ってくれる。もう、五歳頃…小さな時の記憶は霞んでるけど、大事な両親だ。



「…柏木くんはね、待ち望んだ未来を見せてくれたの。未来はあったんだ。崖じゃなかったんだ。それで充分だよ。私はいいの。それより、妹を…よろしくね」



 今周はもう一ついい事があった。


 パパとママのおめでただ。



「…ああ、もちろんさ。きっと薫に似て、走り回る元気な子になるよ。ほら母さん。薫が困ってるだろう? 本当は…こんなこと打ち明けたくないはずだ。私には…怖くて…到底無理だ。なのに私達の娘は、強くて優しい子に育ってくれたんだよ」


「……まだ時間はあるのよね…? それまでママが毎日飛び切りのご馳走を作るわ…!」


「うん! 嬉しい! パパママありがとう。けど、あんまり張り切っちゃ駄目だからね。ふふ。ご飯までちょっと部屋に居るね」



 みんなで泣き出しそうだしね。



「ああ、それまで薫の冒険をまた読ませてもらうよ」


「うん! 本当大変だったんだから。娘の冒険、見逃さないでね! でも犯罪行為は見逃してね…あははは…時空警察も普通警察も今のところ来てないから大丈夫だよ。なーんて、ね。あははは…」



 ほんと、今回のは見逃してね。





「…あなた…道志さん…大丈夫ですか…?」


「水絵…わかるかい? 冷たく…見えなかったかい? ちゃんと明るく…見えたかい…? …薫が悲しむと思って…私が…私は…そんな事しか思いつかなかった…薫…薫…なんで…私の可愛い薫が…ああ…くそっ! うう…くそくそ…持っていくなら私の命にして、してくれ…よ…」


「…あなた…泣き腫らしたら薫ちゃんが悲しむわ……そうだ、あの人も呼びましょうよ」


「…あの人?」


「あの人よ…きっと薫ちゃんも喜んで…あら…誰だったかしら…とてもよくしてくれた…ふふ、わたしも…大丈夫じゃないみたい。頭が混乱してるのかしら…思い出せないわ…」

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