ヤンデレか、怖いな。@柏木裕介

 眠い、超眠い。


 ブラックコーヒーは最近というか夜飲むのは止めていた。この身体には効きすぎる。


 だが、昨日飲んでしまったのだ。


 それだけではないが、おかげで寝不足、朝が辛い。



「ちょっと裕介、平気なの? 顔色が悪いわよ」


「あ、ああ、平気、ありがとう」



 早朝、家の前で華を待ちながら母と話していた。母の態度はいつも通りのようで少し安心する。


 この人…すぐぶっ込んでくるからな…流石に今日はないか。



「それにしても裕介が高校生か…早いものね…司さん…見て…ますか…?」



 違った。ふざける気満々じゃねーか。



「今から見に行くんだからそういうのやめろよ。落ちてたらどうするんだ」


「てへぺろ」


「やめろやめろ」



 今日は高校の合格発表の日だ。この時代もネットで見れるようにはなっていたと思うが、直接見に行こうと華に言われたのだ。


 先程のように、朝っぱらから母がまたもやウザ絡みしてくる。というか大丈夫だろうけど、不安にさせるなよ。名前書いたかなとかソワソワするだろ。


 歳は近いのに、なんというか母には勝てる気がしない。いや、女性にか…


 柏木家円谷家による合同協議は、一応の収束をみせた。


 というか母の独壇場だった。


 母によれば、昔父さんは浮気をしたらしい。聞いてみればそれ浮気か? とも思ったが、どこに線を引くかは人それぞれだし、もしかしたら全て言ったわけではないかもしれないし、母は少しの狂気がたまに見えるからジャッジは相当厳しいと予想された。


 ヤンデレってやつか…怖いな。


 その時は幼い華が慰めてくれたそうで、母の華推しはその時からだそうな。


 聞いていて思ったんだが、そんなの全然覚えてない。ただ、昼ドラ嫌いはそのせいかもな、そう思った。


 瞳さんはと言うと、母さんの話の最中に自分の過去をさらっと挿入され、暴露されていた。


 それを持って、華は顔スレスレまで瞳さんにずいいと迫り、んー? と言いながらウロウロした後、勝訴を勝ち取った。


 一応安ヘル着用なら許してくれるというか、今度瞳さんが買って来るそうだ。なんでだよ。


 そう、つまり敗訴は僕一人だった。


 キツい。死にたい。



 そんな事を考えていたら華がツヤツヤした顔でやってきた。



「おはようございまぁーす」


「おはよ、華ちゃ……随分とピカピカね」


「え? ぅえへへ…それはまあ…合格祈願って言いますか…えへへへ」


 

 このままではまた要らん話になりそうだ。



「華! ……行くぞ」


「はぁい。ではいってきまーす」


「ちょっと裕介、見送りくらい言わせなさいよ」


「…わかったよ」


「昨日もお楽し──」


「やめろ」


 絶対言うと思ったよ。





 駅で電車を待っていると、少しの緊張を滲ませたアリちゃんが来た。三年間一度も同じクラスになったことなどなかったからか、彼女が同じ高校だとは知らなかった。


 華からも聞いてなかったか…今思えばすでに調教済みだったのだろうし、あるいはアリちゃんもそうだったかもしれないし、もしくは別の高校だったのかもしれない。話題自体なかったと思う。


 アリちゃんは挨拶もそこそこに、僕の心配をしてくる。



「おはよーって裕介くん大丈夫なの? なんかぐったりしてるんだけど…緊張してるの? きっと大丈夫だよ!」


「違うの、美月ちゃん。最近ね。絵を描き出したらこうなるの。昨日だって鍵かけて部屋から出てこないからさぁ。ほんとやになっちゃう。引きこもりだよ」



 華がブーたれてるのは、森田さんに贈る絵のことだ。そういえば、森田さんは今日は用事があって行けないからメッセで合否送ってと言われていたっけ。


 というかさあ。



「華…お前、嘘をつくんじゃない」



 その鍵をピッキンしてきたよな。そして僕もピッキンしてきたよな。というか何でできるんだよ。



「嘘じゃないもん。裕くんが絵を描くでしょ? わたしに構わなくなるでしょ? だからあんな事になるの」



 いや、確かにあんな事としか言えないが、無言でカチャカチャされたら誰だって怖いし怒るからな。


 そして怒るも覆い隠すかのようにして喜ぶから呆れてしまった。


 なぜなら華に贈る絵もあったからだ。


 だから鍵閉めてたのに。隠したかったのに…


 だから僕はまた飛んだ。


 その後ドアの鍵も丁度良いとばかりに母さんが撤去して許してたし…どんな親だ。


 というか、アリちゃんは知っているのか? 流石に詳細は生々しいから言わないだろうけど…知ってたら話しかけづらいよな。


 気まずいどころではないしな。


 僕が。



「……ほどほどにしないと飽きられ…な、なんでもないよ、華ちゃん。はー…でもいいなー彼氏かー…あ、今度の日曜日フットサルしよーね。絶対」



 アリちゃんは鞄をブラブラさせながらそう言ってきた。フットサルと言ってもただのボール蹴りだろうが、楽しみにしてくれてるのは嬉しい。というか、アイドル顔だよな、アリちゃんって。屈託のない笑顔に少し照れてしまう。



「お、おう…というかリハビリ中だから軽くでいいか?」


「うん! もちろんだよ! 無理は絶対させないよ〜!」


「裕くん、わたしが行かないからって、遊ぶのはいいけど、遊ぶのはダメだよ?」



 華は何か用事があるらしく、フットサルには行けないと言う。


 というかなんだそのとんちみたいな言い方は。



「もっとわかるように言ってくれよ」


「それは合格して、お家に帰って、ご飯食べて、お風呂に入って、お互い正座してから説明したいと思います」


「…いや、わからなくても結構です」



 僕、そろそろ死ぬんじゃなかろうか。


 前世というか、タイムリープ前に比べれば遥かに幸せだと思う。思うが、何事も限度があると大人は知っている。有頂天という山の裏が怖い崖になっていることを知っている。


 ただ、大人であっても、身体は子供だ。正直だ。どうも彼女の魔法に対抗する手段が思い浮かばない。



「裕介くん…大変だね…辛かったら力になるから言ってね。…言いにくいか…こ、こう見えても私、力あるからっ! ほら、むんっ!」



 アリちゃんは、深刻な表情を作ったあと、一変して明るく朗らかに力こぶを披露してくれた。


 そうそう、こういうのが応援だと思う。



「ぎにゃっ!?」



 しかし、それは華によって一瞬にして握り潰されてしまった。


 なんてことを…そういえば昔そんなことしてふざけたことあったな…


 それにしても、まるで夜の僕の身に何が起きているかを知っているかのよう…だな…?

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