呪いの四つ文字。@森田薫

 私は佐渡神社に来ていた。


 柏木くんに抱きつき倒れ込んだとこだ。


 ここは、彼が見せてくれた未来、それと過去が香る場所になった。


 私の運命が辿り着いた思い出の場所になった。


 そこからこの牢獄みたいな北里を眺める。


 不思議。


 あんなに憎んでいたこの地が、なんだろう。


 せいせいしたー? みたいな?


 ふふ。


 パパとママはもうノート全部読んだかな。


 まー長いからなぁ。


 帰ったら補足説明しなきゃだね。


 さぁ、終活、終活。



「ふぁぃ、おぉー!」





 神社の石段をゆっくりと降りながら、私は考える。


 

「もうこれくらいかな…でも何か…見落としてないかな…んー?」



 越後屋のののあの態度が少し気になる。


 彼女は姫の信者だった。


 毎回毎回姫を追っかけてたし、今回も変わらなかった。


 私は人に心を置く…つまりのめり込めばのめり込むほど記憶を消されてしまうから、もうそこまでは関わってなかったけど。



「考え過ぎかな…」



 柏木くんは気持ちと時間を見極めていたからここ何周かは割と大丈夫だった。あまり好き好きになると消されてしまうから、そんな時は姫を合間に挟んで逃れていた。


 姫を挟むとマシなんだよね。


 んふふ。


 今回、正直我慢出来ずやってしまったかなって瞬間もあったけど、未来人の柏木くんだからかお咎めはなかった。


 はいセーフ。


 いや運命。


 しかも何のボーナスかはわからないけど、毎回のように失ってばかりだったのに、まさかの未来の記憶をもらったのだ。


 つまり聞き出す時間をショートカット。


 だからきっと運命で宿命に決まってる。


 そうして私はあの日から動いてきた。


 デザインしてきた。


 もしかしてと少しずつ会う時間を伸ばしていったし、姫も挟んでいたし、ご飯も作ってあげたし、眠らせれば大丈夫だったし、告白のお手伝いもしたし、クズも黙らせたし、トラウマも解消したし、姫とのおせっせもお節介したし、遂にはテスト勉強まで一緒に出来るようになった。


 だけど、あの記憶を失くされる絶望感は未だに怖くて怖くて慣れる気がしない。



「ふふ。柏木くんとの思い出だっていつもビクビクしながら積み重ねていたなぁ」



 まるで弱い魔法のように。


 なんかこう、ランダムなんだよね。例えばあー幸せ〜ってなって、幸福量がある一定量超えれば失う…みたいな。



「そう、まるで…まるで花粉アレルギーみたいだ…な?」



 嘘……今さら辿り着いた衝撃の事実!?


 ないか。


 というかキンモクセイくんはどこ行ったのかな。


 もう君なんて知らないからね。


 君の香りなんてもうしないし、絵の具の匂いしか……


 そうだ。そうだよ。


 初恋が未来からやってきたんだよ。


 あの絵ももらったんだよ。


 今日から彼はギンモクセイくんにしよう! そうだ、そうしよう!


 早速呼んでみようかな。


 ま、それはホワイトデーだね。


 後は何か……そうそう、毎回テスト問題が手書きだったのも、好き好きな気持ちをリセットするため。


 コピーだとお話しする時間増えちゃうし。


 ま、恩着せがましさもスパイみたいに記録より記憶に焼き付けてって意味も気持ちももちろんある。


 そして受験も一緒に受けた。


 あのお守りの束も邪魔だろうに、全部カバンにつけて試験を受けてくれた。


 ジロジロ見られてたなぁ。


 でも堂々としてたなぁ。


 ふふ。それに姫のあの顔。


 その手があったかってあの顔。



「ふふ…」



 受験からの帰り道、イライラを隠しきれていない姫と、私が未来人かソワソワする柏木くんと、春を匂わす風がどうにも気持ち良くて呆けちゃった。


 いつもなら、この時期は憂鬱だった。


 終わる冬が嫌だった。


 なのに、楽しいのなんのって。


 そんなの初めてだった。


 とても信じられなかった。


 ……。


 いつもなら一人、また一人席を立つ映画館のようで。


 エンドロールの先は、いつまで経っても続きを映さない。


 めでたしにもおしまいにも全然ならない。


 この呪いの四つ文字が嫌いだった。


 私は一人取り残されて、みんなを見送り次の上映に備えるだけ。


 積み重ねたあの日々が、カタチあった情熱が、由縁作ったその意味が、ただ砕け散っただけ。ただ風に舞っただけ。


 そんな虚しい卒業式。


 そうしてまた始まるエンド&スタート。


 だけどちっとも風化しないこの気持ちとこの身体。


 繋ぎあった由縁、失って彷徨う私。



「そう、いつまで経っても続きを映さなかった。今までは」



 だからこれは、華物語だと──納得した。


 認めたくなかった。


 認められなかった。


 今までは。


 ほんと酷いよ、キンモクセイくんは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る