ハートを磨くっきゃない。@森田薫

 合格発表の次の日。


 ギンモクセイくんに背中を預けて考えていた。

 みんな受かったようで、何よりだ。


 今からの未來に幸あれ。そう思ってもたれていた。


 そして、あの日、越後屋ののの慟哭を思い出していた。





 久しぶりに来たけど、越後屋本家はやっぱりでっかいなぁ。


 武家屋敷みたいな趣きは変わらず、毎回迷子になりそうなくらい広い。


 でも何故か越後屋ののは8畳一間に住んでいる。


 まあプッチモニなサイズだしね。


 座敷童子みたいだしね。


 あ、帰ってきた。



「…森田先輩…なんでうちに居るです?」


「なんでって…通してくれたけど?」


「…お母様に何を言ったですか?」


「まあ、同じ趣味のお話をすれば通してくれただけ。もうお母様とはマブだからそんなに気にしないで」


「…まぶ? ああ…マブダチ…あのお母様と…?! やっぱり森田先輩は怖いのです…!」



 ふふ。ののの母とは何度も話してるからね。くすぐるポイントはばっちりだからね。


 それに私は賢者なの。


 北里限定だけど。


 ただ、そんな私でもわからないものを見つけた。



「ひっどいなぁ。それよりこれについて教えてくれないかな…?」



 私は手品を使って一冊のノートを越後屋ののの目の前にパッと出す。


 いつかの彼女は、綺羅綺羅とした目をして嬉しがってくれたっけ…



「な!? 鍵かけてたのです!」



 あれ、そっち? あんまり驚いてくれない…? 随分と警戒させちゃったのかな…?



「…そうなの? 机の上にあったよ?」


「嘘なのです!」



 まあ、嘘だけど。


 鍵? そんなのは私には無駄無駄無駄。


 私は大泥棒なの。


 間抜けだけどね。


 一番大事なものは盗めなかったし、何度も大事な記憶、盗まれてるしね。


 ただ、最後に勝てば良いの。



「これはなぁに…?」


「それは……先輩には関係ないのです!」


「ふぅん…」



 くしゃくしゃになったノート。


 中身は日記だった


 おそらく丸めて捨ててからまた拾ったのだろう。


「その軋んだ葛藤は何処からきたのかな?」





「…ゆるひて…もういや…れす…」


「ふふ。こんなに可愛く鳴いちゃって。初めからそう言えば良かったのに」


 越後屋…ののはぐでんぐでんになっていた。


 この子、自分で開発してたな…下限が割と低い。


 そんなのする子だっけ…?


 まあいいや。それより彼女の話が問題だった。


 一応過去のニュースなどは目を通していたし、何度も同じ過去だったから確認はやめていた。


 私の復活する日は秋。


 豊穣の季節。


 あのきんきらきんを受け取る日だ。


 そのフラグさえズレてなければ異常じゃないと決めていた。


 それにだいたいおんなじ毎日だし、まあまあそれなりに過ごしていたから、確認なんてもう随分としていなかった。


 今回は未来の柏木くんに興奮していたのもあって、他のことなんて考えてもみなかった。


 これは過去が違う…?



「違うれふか…?」


「ふふ。この日記の日付け…あなたが姫に恋した日なんだけどさ」


「あ!? また?! や! んん"」


「これより前の日記はどこに行ったのかな?」



 小学生の頃に書いたであろう日記はVol.3と書いていた。中身は半分ほど破かれていて、唐突に姫への恋が始まっている。


 そして1と2がない。



「わらひも、さがしてるれふ!」



 この子の部屋を家探しはしていなかったし、この子も探しても見つからないと言う。


 ならもう現時点では確認のしようがない。



「ちょっと八つ当たりさせてね」


「ひ、い、いやれふ!」



 もう過去と比べられないし。


 ま、いいや。


 それにしても、結構粘るな…?


 いつもならすぐに堕ちるのに…?


 …。


「この動画…もう一回見よっか」



 あなたはどっちを寝取られたと感じたのかな?





「ひぃ! そ、そう写真! その頃の写真はあるです!」


「この女…誰? あとこの車は…」


「さあ…でもこの青い車は知ってるです」


「柏木くんの…青い車…?」


「違うと思うです。この隣の女のです。おそらく先輩が描いてた絵のモデルなのです。今見てびっくりしたです」



 これも初めて知った…と思う。



『───このモデルって誰かわかる?』


『え? 柏木くんが言ってたじゃん。理想って』


『そっか…そうだよな…』



 あれは…15年前を覚えてないのは仕方ないって思ってたけど…


 もしかして…本当はわかっていた?


 実在の人物…?


 つまり、わたしがまた記憶を消されてる?


 もしくは、柏木君が私と同じ扱いを…受けている? 今から…受ける…?


 誰でもない第三者の視点に立って考えてみると、他にも同じ力が働いてる?



「……」


「な、なんで、寄ってくるですか…? も、もう終わりなのです! もういきたくないでしゅっ!?」


「まあまあ。そう言わないで。一週間後には忘れてるし」


「ち、違うです! 先輩です! お兄ちゃんのこと忘れてたのです! 私、先輩のこと…好きだったん…です…! だから、だからこんなことやめてください!」


「いやいやそんなこと…」



 あるの…? ここまで来て違うとかある?



「ほんとなのです! ほんとに…ほんとに…好きだったのです…でも…でも…ノートが…証拠が無いのです…好きだった…証拠が…何の一つも…無い、のです……」



 越後屋ののはボロボロと泣き出した。


 どうにも嘘をついてるようには見えない。


 いったい何がどうなってるの?


 もぉ、もぉ、もぉ!





 私は、ポケットの中のハート型の石を握り締めながらため息を付いた。


 最近見つけたお気に入り。


 廃棄された旧佐渡神社から見つけた石。


 ハート型なんて、恥ずかしいかもしれないけど、可愛いお守りだ。


 ピカピカに磨いて持ち歩いている。



「銀ラメみたいに光ってるよね、キミ」



 なんだかあの遠い昔の柏木くんの絵の色みたいで、お気に入りだ。



 結局、それ以上ののは知らなかった。


 時間は元には戻せない。このまま進むしか…ないか…。



「次の方、どうぞー」


「はーい」



 さあ、最後の検査に参るとしますか!


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