まどかと薫と華。@森田薫

 いろいろな検査を惰性に任せて梯子しながら病院を巡る。


 ずっと同じお医者さんと看護師さん。


 毎度のように繰り返される、一言一句同じ会話。なのだけど、今回はちょっと検査内容が違う。


 それに最後だと思うと、これもまあ感慨深いと思えてしまう。


 異常ナシ。経過は良好。いや順調。


 まだ死亡するには早いから当たり前なんだけどね。


 そして、いつものようにぺこりと頭を下げて、診察室を後にしようとした時だった。



「薫ちゃん、そういえば伽耶さんって覚えてる?」



 そう年配の看護師さんに聞かれたけど、誰のこと?



「…? いえ、どなたですか?」


「昔勤めていた子なんだけど、貴方に会いたいって」


「そんな人、知らないですよ?」



 …何だろう。この人がにんまりとしたとこなんて、あまり見たことない。いつもイライラしてて患者を急かす人なのに。心無しか、目の奥が怖い。



「なんだぁ、やっぱりそうよねぇ。私も忘れてたくらいだし。ああ、それじゃなくてね。伽耶さんのことなんだけどね」


「はあ」


「あなたが入院してた時、担当してた子よ」


「……入院?」



 私、このレーンでは入院…してない。


 してないはず。


 遡れない過去は…ずっとあった違和感はこれ?


 ここは、やっぱりいつもの過去じゃない…もしかして、ここって…





 何となく気になって、あれから何度かキンモクセイくんのところに来ていた。いや、ギンモクセイくんか。


 一度めちゃくちゃに切り裂いてからは、あまり来なくなって久しい。


 柏木くんが、未來から帰ってくるまでは、本当に避けていた。



「別に引っこ抜かれてないし…気のせいか…なんか、君ともお別れだねぇ……ん?」



 ざわざわと風に揺られてるけれど、これは悲しんでくれているのかな? いや…これは…何? 警告?



「なんてね。答えてくれないよね」



 願望がそうさせてるんだろうな。確かに今回は願わない…いや願うのは願うんだけどね。叶うかどうか、一気に不安になってきたからかな。


 そのせいで柏木くんへのメッセも滞りがちだ。ポポポって打ってはパタタタと消し、また打ってはパタタタタ。


 はぁ。嘘だ。ただの嫉妬でやっかみで、気にしてくれたら嬉しいなって感情だ。


 よくよく考えてみたら、惰性の日々に満足してたし、今回のループは本当に幸せだった。今更何が起ころうとも、私の魂が星とか山とか川とか海とか。そんなところにまで散り散りになって飛び散ったって、決して無くなったりなんかしない。


 とは思うんだけどね。


 いいなぁ、姫。



「離ーさない、離ーさない、愛しい君の笑顔ー恋焦ーがれ」



 思い出も香りも、何もかも薄れてしまう前に溶かして愛にし、あの銀ラメの夜を鮮明に思い出すかのようにして終わりまで一人歌い続けることしかできないなんてね。


 何回も何年も生きたって、怖いものは怖い。



「恋しくてー恋しくてー震え出すー…?」



 その時一人の女が歩いてきた。


 この公園は、この時期いつも片側が路面工事をしていて、通行止めで通り抜けは出来ない。それを知らない人は入ってきてから引き返す。


 だから別に珍しい事じゃないけど、何故か肌が泡立つ。こんなの初めてだ。


 なんだろ?


 しかもこっちに来た…?


 

「こんにちは、薫ちゃん。久しぶりね」


「…どちら様ですか?」


「アハ。嫌だわ。まどかよ、伽耶まどか」



 それは…看護師さんから聞いた名前だ。この人…越後屋ののの持ってた写真の人? 随分とやつれていて、何というか初老にしか見えない。柏木くんの絵とも違うし…でも骨格とか成り立ちとか近いか。



「知らないですね。それで何かご用ですか?」


「もぉ、薫ちゃんたら冷たいなぁ。嘘はだめよ。私、失敗しちゃってさぁ」



 何の話だろ。けど、目が逝ってるし、会話したくないくらい気持ち悪い。いや、私が知らないのに、向こうが知ってる……?



「…何の話ですか?」


「ふふ。まあいいわ…またタダ乗りさせて欲しいのよ。お願い出来るかしら?」



 そう言って、その女はニタリと笑い、どこか見覚えのあるような、果物ナイフを取り出した。



「もう充分生きたでしょう?」



 そう言って気が狂ったその女はナイフを突き刺してきた。



「え? うごぉ!?」



 とりあえずサクっと躱してから初老のくせにカタチの良いお尻にタイキックを打ちかまし、距離を取った。



「あの、よくわからないんですけど、正当防衛ですから」



 あれ、腰砕けない。力加減ミスった? しぶといなぁ。



「な、なんでこんなに…くそっ!」


「いや〜ん、やめてくださいよぉ〜」



 んははは、無駄無駄無駄。姫ならともかく、こんな初老に遅れなんて取らないから、私。文化系で肉食系女子なの、私。違うか。いや合ってる。臆病だけど。



「くふっ、ならこれはどうかしら」


「?」



 ギンモクセイくんの枝に、ナイフをやってそんな事言うけど…何が?



「……嘘…巫女じゃない…? なのにそんな力が…? 呪いが…解けてる? いえ、解いたのは……私か?」



 巫女。呪い。もう随分と調べてないけど、この土地を調べ尽くした時に不思議と出てこなかった単語だ。



「それ気になる。めちゃくちゃ気になるね。いろいろ教えてくれます?」


「違う、私…私が何をした? まさか返された? このままじゃ運命を渡れない…?」


「何言ってんのこの人…ま、身体にでも聞くかな」


「くそぉぉ!」


「ええ!? ちょっと何してんの!」



 いきなり自分のお腹に突き刺そうとするなんて!



「離しなさい! 薫ちゃん!」


「何言ってんの! 自殺は止めるでしょ! ていうかここではやめてよ!」



 思い出の場所だし! ホワイトデーに使えないじゃん! 死ぬなら他のとこでダイブしなよ! 良い感じの死に方教えたげるからさあ!


 その時、遠くの方から知らない単語が聞こえてきた。とても清らかな歌声みたいな声だ。


 というか姫だ。



「ぺぇるーなんーぶ、かぁーのぉ───!」



 それは子供用の大きさの銀色のサッカーボールだった。ふらふらとブレながら猛スピードで向かってきて、わたしの顔をするりと躱して伽耶まどかの顔面に打ち当てた。


 まじで!? こいつも何してんの!?

 


「ぐびゃぁぁああ!?」


「うわわわわわ…」



 ギンモクセイくんとボールに挟まれながら、伽耶まどかは倒れた。ギュルルルってまだ回転してボールが顔から離れない。煙とか出てる。絶対鼻が折れてるはず。エグい。そりゃ病院の横だからいいけどさぁ。


 あ、ナイフ落とした。


 熱っ、何これあっつぅい。



「というか何部なのそれ…」


「…世界的な部よ」


「何よそれ…うわぁ…ちょっと姫! やり過ぎだよ! 目が逝ってるじゃん!」



 なんか顔が真ん中に引き寄せられてるって言うか…でも目はロンドンとパリって言うか…これ、障害事件とかになるんじゃないの?



「ちょっと! 高校行けなかったらどうすんの!」



 姫が行けないと柏木くん悲しむじゃん!!


 離れたボールが、テェィンテェィンと弾んで姫の元に帰っていく。まるで意思を持ってるみたいに。


 何それ、ハロ的なやつなの? というかそんな特技あったの? よく見れば制服が規定通りだ。ていうかスカート長くない? ダサくない?



「ナイフで襲われたのに、あなた呑気ね…けれど、いいのよ、いいの。誰も覚えていないわ。森田薫」


「……姫?」



 いや、姫じゃない…?



「今ここに全部揃ったわ。さぁ裕くんに知られる前に、全て終わりにしましょう」



 そう言って姫は、神妙な面持ちで指を三回打ち鳴らした。


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