星に願いを。@柏木裕介
庭がある。
僕の家の庭だ。
『裕く〜ん。ボールは友達なの〜?』
『うんー? うん。友達だよー』
二階のベランダから華が話しかけてくる。
僕はリフティングをしている。
『それは好きってことぉ〜?』
『好きってことだよ…え? 友達って好き以外あるの…?』
小さな僕らだ。
あの頃の…お互いの家を行き来していた頃だ。
『…ううん。そんな事ないよー…ところで今度さー天体観測あるでしょう?』
『うん』
名前のないような、時の中だ。
何も無くさないと…信じていたあの頃の二人だ。
『最近仲良しだけど…ののちゃんのことどう思ってるの?』
『…急に何…? なんでののちゃんが? …どう? ちょこちょこ追いかけてくるし、可愛いと思うけど…』
『ふーん……じゃあわたしは?』
『わ、わかんないよ』
『へー…焦らすんだ…』
『じ、じらす? そ、それより流星群だって。ふわーって降ってくるんじゃないかな。落ちないかな』
『ふふ。まあいいわ…でもなぁに、それ。アニメじゃないし落ちないよぉ。でもキラキラして綺麗だと思うなぁ、わたし』
『アニメ? よくわからないけど、でも華ちゃん、星好きだもんね。あのお姉さんにも言ってなかった?』
お姉さん…誰だ…?
いつの間にか夜で、華の部屋のベッドで二人して寝ている。
『うん。いっぱい…いろいろ教えて貰ったんだ。だから願いごとするんだ、わたし。……流星だし、いっぱい叶うかな?』
『どうかな…ふわぁ…叶うのは一個だけで良いと思うけど…いっぱいだと…間に合わないかも…』
眠そうな自分を俯瞰して見るものおかしいな…
やっぱりこれは夢か…
『そうだよね。欲しいものも大事なものも一つでいいよね……ふふ。裕くん、華のお願い聞いてくれる?』
『…何ー…?』
『わたしと同じことをお願いして欲しいの』
『いいよ…どんな…?』
『どうかどうか虹がかかりますように、ってお願いして欲しいの』
『虹…そんなに珍しくないのに…でもわかっ…たよ……夜に…虹は出ないと…思う…な…』
『ふふ。いいの。虹はね、形が無くて美しいから。遠くて近いから。⬜︎⬜︎⬜︎じかけになるから──いつか必ず咲くの───それまで──大事に──』
小学生の僕も、夢見る僕も、意識が落ちていくせいか、上手く聞き取れない。
仕掛け…?
じゃあ時計仕掛けかな…
俺は治った、もう大丈夫だ…
なんてな…それ三好のセリフか…
◆
「やっぱり夢か…」
今度はえらく具体的だったな…小学校の頃だ。
あんな会話したっけか…
「…裕…くん…お願い…」
「……寝言か…」
こうやって泊まりにきていた頃だ。
この辺りの話を華にしても覚えてないって言うしな…なんなんだろうか。
僕と違って、この間まで小学生だったはずなのにな…
幼い頃の具体的な思い出は、最近になって夢で見る。
というか決まって限界まで昇天させられた時だ。
何が昇天するのかは…よそう。
でもボールは友達とかののちゃんと仲良かったとか記憶はなかった。星にそんな願い事をした覚えもない。
大事なもの…大事なものか…幼い頃の思い出なんて、一度捨てた身だしな…
それに忘却の彼方というか、30歳から見た小学生の記憶は、まさにそう呼ぶくらいに薄いと思うしな…
さっきの夢は、あのトラウマを乗り越えたからこそ、忘れたかった記憶が、華との仲をやり直すために蘇っている…のだろうか。
「裕、くん…お願い…」
「同じ…僕と同じ夢を見てるのかもな…」
華も同じ夢なら後で聞いてみようか。
二人にとって大事なものなら、今からの人生を歩くためには必要な気がする。
…何か忘れてる気がするが…何だっけか。
それにしても、幸せそうな寝顔だ。
「…裕、くん、お願い…待って…ここからだよ…ここからが…いいんだよ…華に…まるまる…お任せ…あーれ…」
「……違うのかよ」
つーかそっちかよ。
お任せあーれ、じゃねーよ。
人をあーれーしてんじゃねーよ。
あれれ〜もうこんなにして〜ってとぼけてんじゃねーよ。
それにお任せしたらどこまででも焦らすだろ。まるまる任せたらとんでもなく飛ぶだろ。いろいろ。
「ふ、ふ、いいわ、いいわよ…」
「…どんなジャンルを夢見てんだよ…」
お嬢様か女王様かわからんが、僕はMではない。それに僕はドMでもない。
いきなり何をと言われるかもしれないが、はっきりさせておきたいだけだ。好きとイジワルという言葉に心と身体がビクンビクンするだけだ。
匂いは…よそう。
つーか死ぬかと思うんだからな! 目がチカチカしてそれこそ流星群が見えるんだからな! 何とは言わないが虹が架かるくらい出るんだからな!
そう、言わせて欲しい。
もし置いてきた30歳の僕の人生がまだまだ続くのであれば。
ああ、どうかその世界の柏木裕介よ。
どうかどうか開花しないでおくれ。
あれは、たぶん底なしの沼だ。
こう、なんというか男として大事な何かを失くしてしまう一見清涼な泉に見えるが沼だ。
終わりがなく、救いがフェイクだったりする。金の斧も、銀の斧もやっぱり罠で、蜘蛛の糸はブラフだ。オフサイドに気をつけろ。
このままだと、躾けられてまう。
◆
少しして、コンコンと控えめなノック音が鳴った。
ガチャリと、少しだけ扉が開く。
「裕ちゃん…? もうプロレスごっこは…終わったかしら…?」
「ひっ………今何時…? でしょうか…」
「そうね、だいたいね。あれから二時間くらい待ってたわね。そこのお馬鹿を起こしてくれる? 下にいらっしゃい。ご飯出来てるから」
「は、はい…」
底冷えするかのような声の主は、華の母である瞳さんだった。
あれから、とは瞳さんに対する言い訳を華が適当に伝えてからのことだろう。
「裕ちゃん、ご飯食べたら話があります」
「え…? はい…」
どうやら僕には、躾というか、指導というか、教育的懺悔室が待っているようだった。
だが言わせて欲しい。
僕に止める力はないんだよぉ…
こいつ魔法使いだよぉ…
指パッチンとかアレはなんなんだよぉ…
いろいろめちゃくちゃ気まずいから口に出して言えないが…
それにしても、プロレスごっこは無理があるって。
何で通用すると思ったし。
すぐに華を起こそうと揺すると、また寝言を呟いた。
「…がんばれがんばれ…ふふ…」
がんばれじゃねーよ。
今度はお前も一緒に行くんだよ。
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