脱帽。@柏木裕介
あれから僕は円谷家にそのまま居た。
今日はこちらで晩御飯をご馳走になっていたのだが、まだ家には帰れない。
受験が終わったせいなのか、もう夜も遅いというのに帰れない。
残業とは決して思いたくはないが、つい連想してしまう。
それくらい体が重だるい。
リビングのテーブルに向かい合うようにして円谷夫妻と対面しているのだが、空気も重い。
華も終始物理的に重かった、なんて言ったら駄目だろうな…泣くか、泣くな。お仕置きだな。
僕の横にはその華がいて、どこか抜け落ちたような無表情さから、怒っているのがわかる。
なんでだよ。
「…裕ちゃん。瞳ママは怒っています」
「はい…」
華の母である円谷瞳さんも怒っていた。
華とよく似ていて、綺麗な顔立ちと抜群のスタイルをしている瞳さん。確か母さんと同じ30代だった…と思う。
そうは全然見えないが。
確かミスキャンパスになったとか、雑誌に載ったことがあるだとか、市の美人コンテストで優勝したとか、とにかく美人過ぎるママさんだった。
その怒ってる同士がいるのにも関わらず、華と瞳さん親子は目を合わせない。
そして瞳さんの横に居る亮平パパはオロオロと困惑していた。
ちなみに僕もそんな気持ちだ。
オロオロしてぇ。
オロロ〜とか言ってすっとぼけてえ。
あの語源、もしかしてオロオロだったのかもしれないな…上手い…いや、ゾワワーとかあるしな、普通か…いや、ドキキーはないしな…ドッキッキーならあるか。ないか。なら他には何があるかな何があるかな、などと現実逃避をしていた。
見かねた亮平パパが助けようと声を上げてくれた。
「お、おい、瞳、そんな言い方しなくても」
「黙らっしゃい」
「は、はい! ……ははは……いや、まいったな…」
冷たい瞳ママの言葉に白旗を上げたのは、華の父、円谷亮平さんだ。
痩せ型で、少し髪を染めていて、優しげな眼差しをしているのが記憶通りで安心する。過度な干渉はしなかったが、父のいない僕を適度な距離で接してくれていた人だ。
しかし、瞬殺か…
序列がわかるな…
怖え。
美人が静かに起こるとひたすら怖いよな…瞳さんに怒られた記憶ないから余計に怖い。目力もあるし…眉間のシワも恐怖だ。
これは大人だろうが子供だろうが怖い。
とりあえず反論はなしだ。
というか怒ってる女性には無意味だ。
聞くに徹するに限る。
「…あなた達は今度高校生になりますが、まだまだ子供です」
「はい」
「交際にあたっては、年相応の付き合い方をしていると…思っていました」
「はい…」
やっぱりさっきの話か…
これ普通両家合同でするか?
いやするか…
未成年だしな…
めちゃくちゃ気まずいんだが…
田舎ってこういうとこあるよな…チャリ、ヘルメット被るのがデフォルトだからかな…関係ないか。ないな。いや、意味は一緒か。
それにあんなことがあれば仕方ないことだろう。ノーヘルはバレてないと思うが、ちゃんと言わないといけない。
産婦人科に行こう、と。
先程、華の応援を止めたのは瞳さんだった。
サッと白バスタオルを投げ入れてくれた。
レフェリーストップしてくれた。
しかし悪役レスラーが如く無視を決め込む華。
それにも気づかず朦朧としていた僕氏。
そしてそれがとうとう現場介入を呼んだ。
なんでだよ。
なんで入ってこれるんだよ。
というか何故に鍵してないんだと思ったが、ペケ字拳から始まったし、そりゃそうかとぼんやりと納得した。
納得したが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
瞳さんが突入してくるまでの刹那、力の入らない身体で捲れ上がったスカートをなんとか戻し、華のお尻を隠し、とりあえず直視を逃れた。
ちなみに僕はずっと下だった。
これで終わりだなと思っていたら、華はなんと瞳さんを追い出し、そのまま何事もなかったかのようにして、また応援を続けたのだ。
なんでだよ。
こういうのは普通見つかるまでだろ。
というか、華のプロレスごっこしてるだけーは無理がある。
そうなると、あれはペケ字拳ではなく、千の仮面を持つ男の技になってしまう。
いや、なってしまうではないが。
確かに天空ではないし水平だった。入場曲は名曲だが、和訳すると僕の心情的にかなりきっつい。
いや考え過ぎだとは思うがいずれにせよスカイハイはどちらの意味でもしたくない。
というか、母の話がついているとは何だったのか。いや、つけなくていいし、つけないと駄目だろ。
ちなみに今現在の母はレフェリーの配置だ。
手を何度か動かしていた。
何してんだ…
あ、これファイッか…ていうか何回もすんな! サイレントですんな! 無表情ですんな! 笑っちゃうだろ!
「…明日香、やめなさい。裕ちゃん、話はつまりアレの事です」
「…アレ…?」
「だ、脱帽の…件です」
瞳さんはそう言って、顔を赤らめた。
どうやら逃れてなかったようだ。
マジかよ…きっつぅ。
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