がんばれ❤︎がんばれ❤︎ @柏木裕介
「受験が終わりました」
「なんだいきなり」
三月に入り、春に向かって周りも空気もだんだんと変わっていく中、華がそんな事を突然言い出した。
試験はもう五日前には終わっていたし、滑り止めも三日前には終わっている。
なのに、今言うとは…?
まあ、華にとっては突然でも唐突でもなんでもなく、ちゃんと繋がっていて、何かしらすでに決まっている話をしてるだけ。
つまり話を端折る癖があったのを最近しみじみと思い出していた。
昔は気づかなかったけど、これ絶対うちの母さんの影響だよな…
帰り道、夕陽に目を細めながら続きを聞いてみる。
「リハビリはこれからも続きますが、怪我は完治しました。残りも頑張っていきましょう」
「…そうな」
受験の次はリハビリか…なんだろうか。口調もおかしいし…しかしだとすれば丁度いい。
それならここで感謝が言える。
「…ん、んん…この度は私の不注意による怪我で心配をかけてしまい面目ありません。また、温かいお見舞いばかりかお世話までしていただき、ありがとうございました。お陰様で大事にいたらず、治療は一先ず終わりました。とは言え、リハビリは継続して真面目に行って参りますので、引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。完全に以前の生活にもどれ…るかどうかはわかりませんが、日常生活には全く不便がなくなりましたので、華さんもご安心くださ……何だその顔は」
めっちゃ嫌な顔するやん…
感謝を述べたのにそんな顔はないんじゃないか?
「…それやめてって言ったよね…?」
「いやしかし」
「もぉ。感謝は伝わるけど、そういうのじゃないの。聞きたいことも言いたいこともそうじゃないの。まったく人の話を聞かないんだから」
「え…? いや、え?」
「何…?」
「あ、いや、何でもない…です…」
圧がすごいな…
しかし…以前に森田さんとの件を謝罪した時には、あれほど拗ねていたのに、何というか余裕がある。
今のこういう恋人関係になったことで不安が払拭されたのだろうか。
というかそんなに疑われていたのか…
それにしても、最近の華は何というか、落ち着きというか、大樹というか…神々しいくらいにママ感がある…時がある。
そして僕の本当のママはまま置いておこう。
あれはただのアナーキストだ。
「それでね、リハビリは続くんだけど、卒業前にね、一度立ち止まってね、彼氏彼女としてじゃなくてね、幼馴染としてこう、今一度振り返りたいというか」
「…そうか…そうだな。でも具体的には?」
「アルバムとか」
「アルバム?」
「うん。卒業アルバムとか小さな頃のとか、鑑賞会したいな、って」
「…小さな時のって持ってるか?」
「それはあるに決まってるよ。プール行ったのとか、夏祭りとか、天体観測とか…旅行のとか」
「…そっか」
「ビニールプールの時のはちょっと恥ずかしいけど…そういえば、林間学校とか修学旅行とかは裕くんのばっかり買ってたなぁ。ふふ」
「…僕がサッカーしてた時のは?」
「…? もちろんあると思うけど………ん、んん。裕くん……家……来る…?」
「え? …あ、ああ…うん…」
何で色っぽく言うんだよ…
なんか緊張するだろ…
◆
「アルバム持ってくるから、お茶飲んで待っててね」
「ああ、ありがとう」
しかし、すっかり忘れていた。お互いの家がほぼ同じカメラを使ってお互いを撮っていたはずだから、当然華の家にも同じものがあるはずだ。
僕の家に無いから自然と除外して…自然と…?
「何か…気持ち悪いな…」
何か引っ掛かる。何か忘れた…何かがあったような…
ぐるりと見渡す華の部屋は、昔見た記憶のままだった。
小さな頃はお泊り会と称して、互いの家を代わりばんこで泊まっていた。
幼い頃、この部屋で何かを約束したような…結婚の約束みたいなものではなく、それでいて大事な…何かを…約束したというか、失くしたというか…
というか、すっかり忘れていたけど、ここ調教トラウマ部屋なんだが…
思い出すと胃がムカムカするな…来るんじゃなかったか…それもあって自然と思い至らなかったのかもな…
「ん? …なんだこれ」
部屋に入る前、少し待たされていたが、中からどったんばったんと音がしていた。
だからなのか、片付いているが片付いてないというか。その証というか、ベッドから黒い布が少しはみ出していた。
Tシャツ…いや、違う。
またか。また長いお付き合い的なやつか。
こういうところも母さんに寄せなくていいんだが。
そう思ってその布を摘んだ時だった。
「裕くーん、アルバムなんだ、け、ど………み、み、み──」
なぜ固まる。
怖いんだが…
「み…?」
え…まさか…三好?
なんとなく…今手にした情報だけで、後輩と飲みに行った時をふいに思い出した。
『いやぁ…初めてって聞いてたんすよ。まあ僕は気にしなかった…って言ったら嘘になるんですけど、それでもまあ信じたいじゃないすか。疑うのもアレですし。まあ結局違ったんすけどね…痛がらなかったし…というか元カレから聞いて…付き合ってるって知らなかったのか…詳細に…あははは…先輩テキーラ付き合ってくださいよ! マスター! ショットガン二つー!』
……ゴクリ。
初めての時…痛そうではなかった。
それどころかむしろ…
まさか…調教…済み…?
いや、今更そんなことを気にしても仕方ないが、胃が痛え。何年経っても、小さな男だと突きつけられてるみたいで凹むな…
大人気なーく嫉妬したりなんかしてーって、いや、どうしたらいいんだこの気持ちは…
流石にそんな時空を超えた歌はないぞ…
そんな事を思っていたら、華はゆっくりと両腕でバツを作った。
なんだ? ダメ…? なんとか懺悔室みたい…だな? つい天井見ちゃうだろ。
というかその場合僕が懺悔するみたいになるだろ。なんでだよ。
すると次の瞬間、華は叫びながらダイブしてきた。
バッテンを崩さないまま。
「みみ、見ちゃダメェェええ──!!」
まさかのペケ字拳?! 駄目なのはペケだけでわかるだろ! なんで飛ぶんだよ!?
「んごっ?!」
二人でベッドに倒れ込んだ。
もちろん押し倒されてるのは僕の方だ。
「……裕くん…馬鹿になろ…?」
「…な、なんでだよ。意味はわかるけど…そ、それよりこれがなんだって言う……」
「あ!? あ、と、ん〜〜好き!」
「ああッ?!」
あ、ちゅ、ちょ、くんくんペロペロしない! 脱がさない! んむっ?! ベルトカチャカチャさせな…早い! 片手で…なんてセンス…
じゃなくて、そんな誤魔化され方されたら気になるだろ! だいたいそれ男がやる誤魔化し方だろ! やましいやつだろ!
というかなんで手慣れてんだ!
不安になるだろ!
それにあかんて! ノーヘルはあかんて!
「裕くんの蒸れた匂い…あにゃ…もぅダメだよぉ…そんな香りさせちゃぁ…んちゅ、ちゅ、ちゅぱ、もぉ、いけない、んだから」
「ああ?! こ、あ、ちょ、ご、強引過ぎだろ!? 華! なんか隠し事してないか!?」
華はピタリと止まった。
え、目、怖…少し怒ってる…?
「それ、裕くんじゃないかな……? わたしは聞かないよ…? 話したくなるまで、待つよ…?」
「それは……ん? じゃなくて、僕じゃなくてだなぁぁぁぁ…?! ち、力抜ける…!?」
「んふ。ほれに、抵抗、緩ひよ…?」
「…いや、誰のせいだと、あ! ちょ、待って、華さん、今日ノーヘルだからあぁぁあ!!?」
無事故無違反が!! 捕まっちゃうだろ!! だいたいこの布がなんだって…男物の…パンツ?!
嘘だろ…やっぱり…そうなのか…
……ん?
「…かしわぎ…ゆうすけ…? …ん?」
「も、もぅ…恥ずかしいのに…ちゃんと明日香さんに許可もらって借りて…なぁに、そんなにもあからさまに…ホッとして……? もしかして…疑っちゃった…? わたしの気持ちを…? ふふ。それはそれは…これはこれは…アレですね…」
「は、華…? ぶつぶつと…怖い、何か怖いぞ…?」
そ、そういえば昔って下着に名前書いてたっけ…修学旅行とか…自分で書いたか全然覚えてないなってあ、あ!?
そこあかんて!?
「ちょ、待て待て待て! そ、そうだ、アル、アルバムは!」
「ちゅ、言い訳と、アルバムは、後れね。んむ、悪いんだ、んちゅ、いけないんだ、ちゅ、こここんなにしちゃって、ちゅぴ、これは、お仕置き、ちゅ、しないと、ねっ!」
「お、お仕置き…?! あ、あ、そこあかんて!? そ、そうだ! なんでここに僕のパンツがあるんだよ!? 怒るのこっちだろ!」
「……」
「あ、おい、黙るとか無しだろ! あ?! わかった、う、疑って悪かった、怒ってない怒ってなぃぐ!? き、聞けょぉぉほああああ…!?」
このままじゃほんとに馬鹿になるだろ! このままじゃ高校行けない気がしてくるだろ!!
「そういえば…明後日…結果発表だよね…? 高校一緒に行けるかな…? 受かってるとは思うけど…青春したいな、わたし。裕くんもわたしと一緒に行きたいよね…? だから…頑張ってね? 帽子ないから……頑張ってね…? 頑張らないとアレだから。愛が咲いちゃうから。でも咲いても大丈夫…なんだけど、高校生活もやっぱり楽しみだから。いっぱいいっぱい応援するから、わたし。ふふ。だから絶対一緒に行こう…ね? だから……頑張って……耐えよう……ねっ! っ〜〜〜!!」
「ふぐっ?!」
「ん、ふー、ふー…ふ、ふふ…ゆ、裕くん、が、がん、ばれ❤︎が、んばれ❤︎」
「それ、お前、いろ、いろ、違う、だ、ろぉぉぉ?!」
「ふっ、ふぁ、一緒に、行こう、ねっ? でも、高っ、校、だからっ、ね? ふぁ、ふっ、勘ん、違っ、しちゃ、ダメッ、だから、ねっ?」
絶対勘違いじゃないだろぉがぁぁああ!!
「がんっばれ❤︎ がんん…ばれ❤︎ 」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます