銀色毒野郎。@円谷華 1st

 わたしの目の前には、花咲く枝葉を全て刈り取られた見窄らしい木があった。



「とりあえず…このくらいで許してあげるわ。というかさっきからキチガイって何なのよ。煽ってるの?」


───すみませんすみませんすみません…え?! あ、えっと、そう! 木が違うって意味っす! キ違いっす! すみませんっす!


「…まだまだ元気ね。随分と強気じゃない」


───嘘でしょ! どう見ても下手に謝ってるじゃないすか!


「謝ってからが本番よ。当たり前じゃない。誠意が足らないわ。しかも思ったとおり、花も葉もなくても喋れるじゃない。わたしに嘘は通用しないわ」


───やはは…



 それと、やっとわかったわ。



「裕くんを呪ったのは、ズバリ、あなたじゃないあなたね」



 早く言いなさいよ。


 ぼこぼこにしちゃったじゃない。



───ズバリじゃないっすよ! 言ったっすよ! 言ったすけどシャーシャー、シャーシャー言って聞いてくれなかったっしょ! なんすかあれ!


「……殺し屋モードよ」


───死神も殺人鬼もそんな遠くないじゃないすか……お前を蝋人形にしてやろうかとか燃やされそうでめっちゃ怖かったんすけど…


「…それは世紀末ー的なノリよ」


───なんすかそれ…それになんで毒が効かないんすか…


「チカチカとしたあれ? 頭に捩じ込んできたのは…やっぱり毒だったのね。心折れるわけないじゃない。この銀色毒野郎」


───…一番のトラウマが効かないなんて…何したらそうなるんすか…というか毒野郎とか言われたことなくて…ドキドキするんすけど…へへ。


「…まだまだ足らないようね。知ってる事を全て吐き出して死ね。ラブレターを穢すなんて…万死に値するわ」


────話します! ちゃんとしますからもう刈らないで!





 この銀色毒野郎曰く、気づけばこの世界に生まれていたのだと言う。


 のほほんと暮らしていたが、ある時異変に気づいたのだという。


 自分が一向に成長しない。


 それに薫が成長していたと思ったら小さくなっている。


 裕くんも同じだったそうだ。


 そうして、この世界が何度もループしていることにようやく気づいたのだと言う。


 それも薫ジエンドからコンクール後スタートを繰り返していたと言う。


 銀色毒野郎は両壁と呼んでいた。



「つまり、ここは…おそらくこの世界の真ん中ということね…」



 おそらく、あの絵が裂かれて咲いた世界の真ん中で、峰の中しかない世界だと思う。


 薫と金木犀が蒔いた、未全の銀の世界だ。



───そうなんすか? とりあえず抜け出せたらなんでもいいんすけど。



 毒曰く、どうやってもこの壁に挟まれた閉鎖世界から抜け出せなくて、原因はコンクールの日以前か、薫の死んだ日以降にあると考えていたようだ。



「なんで知らないのよ…少しは考えなさいよ」


───まあ、作者が初恋でポケーとしてたからじゃないすかー


「殺す」


───じょ、冗談っす! 痛いッ!? 斧投げるのやめて!


「次はないわよ。それにしても、ここでは意思を具現化できるのね」


───すぐに斧作るし…聞かずに毒飲むし…トラウマ効かないし…あなたなんなんすかいったい…


「ただのJKよ。だからこういうのは躊躇なく踏み抜くものなのよ。それよりそっちこそ何なのよ、さっきのは」


───いや…なんとなく思いついたままの段取りで行こうかと…


「ぶち殺すわよ」


───すみませんっした!


 

 この毒野郎は、薫が死んでまた次か、そう思っていたらわたしが現れて、壁を越えたことがわかったという。


 だけど、何度も薫に刻みこまれた経験からつい高圧的に出たようだ。



───だ、だって誰も声聞いてくれないし…へへ。でもびびったっすよね? あれ。


「…さっきの裕くんとわたしの別れを見てたのね」



 腹が立つわね。



「五厘刈りじゃ足りないか…やっぱり切り倒そうかしら」


───や、やだな、そんなつもりないっす…でも…僕も今日目覚めて何がなんだかで…とりあえず僕の絵があったから…多分夢の続きかと…最初は思いまして…扉開きました…


「そういうことか…この日が薫の願いが叶った運命の日でもあるわけね」


───運命の日すか?



「ええ、そうよ。それはわたしにとっては渇望した過去と今と未来の全てよ。それを知らずに失った日…だけど、同時にわたし次第では不可能じゃなかった…運命の日」



───何言ってるかわかんないすよぉ。


 ……さっきの、見ていたのでしょう?


 今追いかければ、届くんでしょう?


 だってあれほどしつこかった香りがしなかったもの。


 あの極悪な金木犀の香りが。


───そうなんすか?


 ええ、だから唖然としたわ。


 手が背中に届くのがわかったわ。


 だから躊躇したの。


 ええ、そうよ。怖くなったの。


 知らない裕くんかと思って。


 上手くいく自分も想像出来なくて。


 そして逃げ出して、中学校に行ったのよ。


 絵を確認したくて。


 怖くて縋りたくて。


 でも同じだった。


 薫が書いていたように、いつだっていつだって変わらなかった。


 裕くんのわたしへの思いは変わらなかった。例えこの薫の世界でも、変わらなかった。


 皮肉にも、薫のタイムカプセルが教えてくれた。


 そしてこのラブレターがあった。


 疑ったわたしを恥じたわ。


 そして、この世界でも裏切り続ける自分自身に情け無くなったわ。



───あ、もしかして…金の…


「そうよ。あなたじゃないあなたにわたしは呪われていたのよ。あの金色クソ野郎にね」


───霊験灼然というか…一応霊験あらたかな木の精なんすけど…記憶では…


「そんなのどうでもいいわ。それよりその銀の力をもっとよこしなさい。そしてわたしに使わせなさい。あなたのために動いてあげるわ」

 

───……でも、それだと閣下の初恋が…


「今更何よ。脅そうとしたくせに。それにあなたも寂しいのでしょう? というか誰が閣下よ。そんなに生きてないわ。それにわたしは……いいわ」


 

 あなたの言う通り、やり直しなんてない。


 後悔は抱えたままじゃないと、意味がないし、今日のわたしはわたしの中のわたしに賭けるわ。





 しかしだ。


 だがしかしである。



「………」


───あ、あの、閣下…? なんか斧めっちゃ増えてるんすけど…合体しておっきくなってんすけど! も、もう斧なんて呼べないくらいまさかりなんすけど!? めちゃくちゃ怖いんすけどっ! ぼ、僕は味方っすからっ!!



 謎は未だ多いが、それはいい。


 今重要なのはそこじゃない。



「つまり…わたしが…あんなに…あんなにも…何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も……」


───かっ、閣下…? 金のに…そんなに呪われて…ぜ、絶対抜け出しましょうよ! ね! 巫女が居れば突破できますって!


「何回も青春しやがって……あの女…」


───そっちっすか?! 閉じ込められてんすよ!? 状況わかってんすか!? 


「しかもSサイズ裕くんと…許せない、わたし」


───…駄目だ聞いちゃいねぇ…このまさかりなら壁を突破できそうだけど…この人…過去に送っても…いいのかな…



 考えても仕方のないようなことを言いながら、銀色毒野郎は僅かに幹を揺らした。

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