ハローワールド。@円谷華 1st

 わたしはここから進むか戻るかの選択を迫られている。


 未来に進めば裕くんとのやり直しの人生。


 わたしの念願だ。


 例えこの銀の一夜を逃したとしても、ハッピーエンドにはなる…と思う。いや、なる。


 ここがいかに薫とキンモクセイの蒔いた世界とはいえ、世界は世界だ。峰も広がるかもしれないし、また30歳で死ぬかわからないし、途中は崖かもしれないし。


 けど、そんなの当然だ。


 未来とは本来、謎と未知に満ち満ちているものだし、そんなのは誰しもに訪れる、普通にありえるありふれた人生だ。


 それを裕くんと二人、歩める。


 ……。


 でもわたしは、円谷華。


 今の今まで時を翔けて駆けて賭けて懸けまくってきた女だ。


 そんじょそこらのタイムリーパーとはわけが違う。年季が違う。重みが違う。


 そして遂には世界を超えたのだ。


 そうよ。


 今更進ま…立ち止まらないわ!



───本音は?


「そんなの薫がSサイズ裕くんを堪能したならわたしはXSサイズ裕くん狙うに決まってるでしょ。当たり前じゃない。あんた馬鹿? ああでも今からならすぐ会って抱きしめてLサイズ裕くんとにゅんにゅんにゃんにゃんにゅるにゅる出来るのにぃぃぁぁあにゃァァァ───!!」


───危なっ!? 斧投げないでって言ってんでしょ…って曲がってきたッ?! 痛いっ!!


「はぁ、はぁ、はぁ…人生は、選択の、日々だと、いうことを、すっかり、忘れていたわ…なんて贅沢なことを…金色クソ野郎め…」


───めちゃくちゃ迷ってんじゃないすか…



 この銀色毒野郎の話からこの世界を見ると、薫が死んでわたしが振られる今日までの609…いえ、告白された日だから476日間か。


 その期間だけが空白の世界になったと言える。


 わたしと裕くんが付き合った時間…トラウマのない世界を作ったとも言える…ふっ!


 それは一見救いに見えて…でもそれは逆に心を疲れさせる罠…あの女…まさかこれも計算じゃないでしょうね…


 そして、コンクールの金賞までの裕くんとわたしの過去がない世界とも言える。


 幼馴染としての思い出がない世界とも言える…! ふっ!


 つまりここは薫と金木犀によって都合よく切り取られた世界…! ふっ、ふっ!


 悲劇のヒロインぶって…ふっ、ふっ!


 ふふ。いったいどうしてくれようか。


 ふっ、ふっ!!



───閣下! さっきから痛い! 閣下! パンチやめて! 幹エグるのやめて! リバー無いけど痛いんすよ!


「はぁぁぁ…あの金色クソ野郎が呪ったのは、裕くんの……おそらく…おそらく…初の…恋…心…おそらく…小さな薫が死んだ日…だから薫へのぉ…お、思いのつ、詰まった…あ、あの絵を…金木犀は呪っていた…そしてわたしへの思いで…思いを…過去を…切り…裂いて……薫の願い通り…わたしは…呪われ…た…のかな……はぁぁ…あははは…はぁ…」


───聞いてくださいよ…テンション上げ下げ激しくて怖いっすよ…気持ちわかるっすけど…


「そして同時にこの世界が生まれ、薫は運命を渡って蘇った。そしておそらく時間じゃなくて、因果みたいなものを辿ってわたしは薫に呪われた…」


───あははは。何呪いのせいにしてんすか。作者に恨まれただけじゃないすか──痛いっ!



 でもあの絵を呪った金木犀の世界だから、きっと薫は裕くんとは結ばれない。


 本人は気づいてないのでしょうけどね。


 んふふ。


 それに薫がタイムリープしているのは、彼女自身が心から諦めてないからだ。


 

「会ったことはないけど…本当に…思いが重くて…諦めが悪い女ね。ヤンデレよヤンデレ。何よあのタイムカプセル」


───いや、閣下…おまゆーっすよ、おまゆうぅぅぉぉお!? 危なぁ!! さっきと形違う!?


「フランキスカよ。投斧はとも言うわね。世界中の武器はわたしの友達よ。それより少し落ち着きなさ…どうしたのもっと見窄らしくなって。酷いわ。いったい誰が」



 ギンモクセイの幹は、現実世界くらい傷まみれになっていた。



───閣下に決まってんでしょ! あれか! この僕があれだからか! あの絵だからか! ほんとは殺ろうとしてんでしょ!


「あとは呪われた裕くんか…」


───聞けよ!


「裕くんがここを出て、青い車に恋をしたから? でもそれだと…」


───もういいっすよ…ああ、さっき言ってた…でも同じのかわからないっすよ? 金の記憶から引用しただけで…それがどうかしたんすか?


「潰してやったわ。金の世界…峰の外でね。海に一緒に飛び込んだの」


───この人やっぱり無茶苦茶だ…でもなんで…ああ、金のが…


「だからそれが晴れてわたしはここに来た…毒、あなたに向かって願ったようなものだから…ムカつくことに」


───ひでぇ。



 それともう一つ。


 この毒はあまり知らないようだけど、伽耶さん…伽耶まどかの記憶にあった。


 シナリオにあった。


 おそらくあれは伽耶まどか本人のことだ。


 そこまで詳しくは銀の毒では追えなかったけど、映画のシナリオの途中まではおそらく事実だろう。

 

 金と銀の世界、その両方でまどかの寿命を比べればわかるかもしれないけど…


 まあいいわ。


 何かあったとしても、あの害車を潰した意味はきっとある。



「だって近づけた。シナリオは動いた。わたしのタイムカプセルに裕くんの恋心がちゃんとあった」



 丁寧に仕舞われた、あの春の日の告白へと続く思いだったはず。


 そしてそれは将来まで続くくらいきっと大きな思い。



「そうよ。毒じゃないわ。きっと愛が揃ってこの世界へ虹が架かったのよ」


───あいつの呪いを砕いただけなんじゃないんすか?


「いいえ、違うわ。だとしたらこの世界で目覚めないじゃない。きっと呪いの中にわたしへの愛があった。両方の気持ちで裕くんはあなたを裂いたのよ。だからこの道が開いたの。咲いたの。ふっふっふ」


───いや、さっきから何言ってるかわかんないっす。それにそれ都合の良い妄想で想像で勘違…


「毒…イエスマンしかいらないと思わない?」


───閣下っていろいろアレっすね。

 

「うるさいわね。それより薫の古傷はどう? もう飛べるの?」



 本当は薫のための力だったんでしょうけど。


 彼女はあなたを憎んだ。


 そしてあなたはそれを呪いで返してしまった。


 だから彼女のために毒は力を使えない。



「さぞかし…痛かったでしょうね」


───わかってくれるっすか!


「ええ、とっても。声が届かず、振り向いてもらえない辛さはまさに心臓を掴まれるような痛みよね。よくわかるわ。それは呪ってしまうわよ、仕方ないわ」



 初恋の人の記憶を奪うくらい、ええ、そうよ。仕方ないことだわ。


 可哀想。ふふ。


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