いつまでも変わらぬ愛を@円谷華 1st
まるで綿を踏んでるみたい。
足元がふわふわしている。
これはおそらく夢の中だ。
いや、中間の…狭間…隠世…
ここが、薫が紛れ込んだ世界なのかもしれない。
どこからか声が聞こえる。
微かな声だ。震える声だ。
やっぱり傷は深いのだろうか。
「見たか…? 何を…永遠を…?」
いいえ、わたしが夢見ているのは希望よ。
この絵が光ったじゃない。
花が咲いたじゃない。
ラブレターじゃない。
裕くんの思いじゃない。
わたしの願いじゃない。
どんなに時間が巻き戻っても、どんなに季節が過ぎても、変わらないし、終わらないし、終わらせないわ。
「ええ、だったら永遠ね」
わたしの初恋は。
◆
瞳を開けると、目の前には銀木犀があった。
絵と同じ銀木犀があった。
それを中心に、辺りは一面銀色に煙っていた。
一面の白く柔らかな光の雨…
「これが煙って見えるのかしら…向こう側がまるで見えないわ…」
でもまるで途切れない…消せない流星群みたい……ああ、遠い遠い夏の記憶だ。
懐かしいな。
天体観測だ。
星が好きで、裕くんと眺めたなぁ。
それを覚えてくれていたからこそ、あの日あそこに連れて行ってくれたんだよね……
展望台付きの…ホテル。
クズに抱かれた姿を見せつけた。
わたしの邪悪な企みの……三度目の罪だ。
「こんなのを見せて、何が言いたいのかしら。最後の雨のつもり?」
すると目の前の銀木犀は囁いてきた。
葉っぱ同士を擦りあってる…音?
それが声に聞こえるのかな。
薫はそんなこと書いてはいなかった。
「お皿…手のひらで?」
そこにぽつりぽつりと流星が溜まる。
銀の露。ヌルっとした液体。
それに映る二人。灰色の二人。
裕くんと、わたし。
小さなわたし達。
あの頃の…お互いの家を行き来していた頃だ。名前のない時の中だ。何も無くさないと…信じていたあの頃の二人だ。
それが映っている。
これは、裕くんとわたしの心を溶かした露だ。
わたしはそれを飲み干した。
言われてないけど、構わないわ。
何よ。飲む以外ないじゃない。
「変な音出して何よ。段取り? 知らないわ。思い出したか? そうね、あの頃は夢を…抱きしめていたわ。これが何よ」
また手のひらで受け止める。
溜まるとまた映る。
光の雨粒は、今度は誰かの記憶に変わった。
「北里の…記憶……?」
いや、この銀木犀に関わった人…いろんな人の記憶だ。佐渡神社の神主さんに…造園業者もいる。
断片的にだけど、無音声映像が流れてくる。
パッパと切り替わる。早い。
流石に全部は追えない。
「傷は…薫が切り刻んで……枝をへし折ったのは…伽耶さん…? …切り裂いたのは…裕くん……? 違う、何を……絵を? あの絵を…裂いたの…?」
裕くんがペーパーナイフ…キリンの持ち手の…あれであのコンクールの絵を裂いた……ずっと…無くしたと思ってた。
……?
でも、これは…世界を渡る前じゃないの?
この世界線にあの絵は…模写だけど、わたしのタイムカプセルにしか…ない。
そして切り裂くのは今日じゃない。
さっき見たのは満月じゃなかった。
つまりあなたは今日からの未来を知っている。
「……あなたも一緒ということ…?」
でも、これを見せて何がしたいのだろうか。
わたし? わたしは円谷華。
初めましてかな、この世界では。
あなたに聞きたいことがあったの。
「何…? 欲張って嘘をつくと…失う代償が…大きかっただろ……?」
いきなり何なの…
でも、それは…そうね。
あの日から振られるまでのおよそ二年間。
609日間の裏切りの日々。
今では遠い遠い過去の記憶だけど、ただ欲張っていたんだろうな…
わたしのタイムカプセルには、いけしゃあしゃあと未来を、願望を、将来を、確かに欲張って書いていたもの。
それに書き直したくても戻れなかったんだから仕方ないじゃない。
それに、わたしにとってはあなたが描かれた裕くんの絵の方が重要だった。
「でも…そっか…ただ欲張ってただけなのか、わたし」
ふふ。何か納得しちゃった。
じゃあ、あの青い車は? 関係なかった?
わたしのことも見たのでしょう?
「ここでは…一台しかみていない…? 峰の中だけ?」
銀木犀は、どうやらこの北里の地しか見れないようだ。
もしかして同じかしら…あの害車と…伽耶さんのシナリオにあった青い車はここに元々あった?
「一つ一つ…切り倒すようにして戻せ…? やり直しはない?」
いきなりまた何なの…
切り倒すって何をよ。
戻すって何をよ。
ふふ。それにやり直しはないだなんて。
普通はそんなの無いのよ。
でも少し怖いわね。
怖さが心を覆ってくるのは、いつの間にか…囚われたまま、生までも欲張っていたのね。
裕くんを死なせたくないし、過去にも戻りたいし、結ばれたいし…なんだか金の斧と銀の斧ね。
あれも欲しいこれも欲しいもっと欲しいだなんて、タイムリーパーあるあるかしら。
そうよ、わたしは全部欲しかったんだ。
「望んでいただろ…?」
そっか…戻すって…望みのままの…過去に…
でもいいの。
ようやく、わたしの大事な斧が見つかったのよ。
わたしの思いの詰まった斧はボロボロの鉄の斧よ。
わたしにとっては、金でもあり銀でもある鋼鉄の斧よ。
見窄らしくてみっともないけど、大事な斧なの。
この世界に来る前は金とか銀の斧ばかり探してたわ。
でも最後に気づいた。
裕くんのラブレターだ。
それを強く抱いて生きるわ。
綺麗に研ぎ上げてみせるわ。
それに貴方に言われて納得したのもあるの。
うん? 何を焦ってるの?
まあいいわ。
探すのをやめた時に見つかるなんてよくある話でしょう? うふふ。
まだまだ探す気だったけど、鞄にも机にも入らない大きな斧を見つけたわ。
その希望だけで充分生きていけるわ。
だから華麗に踊ってあげるわ。
夢の中みたいなものだしね。
何がいいかしら?
社交は…無理か。ベリーでもラテンでも何でもいいわ。
だいたい得意なの、わたし。
「何…死神か? 失礼ね。斧待った死神なんていないわ。ただの殺人鬼じゃない……話を誤魔化すな? 弱虫…? このわたしに向かって…聞き捨てならないわね」
夜の女帝に向かって、なんて言い様かしら。それに斧を見つけたわたしはもう弱虫じゃないわ。
切り倒すわよ。
「勘違いするな? 逃げてるだけ? 逃げてないわ! …納得しただけよ…。それより何よ。なんでそこまで過去に送ろうとするのよ」
すると針先ほどの微小な光を見せてくる。
次第に大きな光になる。
大きなスクリーンだ、これは。
「これは…あの日の流星群…? いや、違う…冬…双子座…?」
空を映した後にゆっくりと視界が降りてくる。
流星も瞬いている。
地面を映している。
そこには引き抜かれた金木犀があった。
引き抜かれてから随分と経って朽ちているように見える。
「ああ、そういうことね……わたしも同じだったから、それはわかるわ」
だったらそう言えばいいじゃない。
男のくせに、情け無いわね。
「本当は、薫を助けて、ただ朽ちたかっただけなんでしょう…?」
それなのに、誰かがあなたを助けてしまった。
そして薫は死んでしまった。
わたしの世界線の話だ。
それをあなたは今見せた。
このわたしに見せてしまったの。
「…………シャ」
そうそう、それも含めて聞きたかったのよ。
正直なところ、タイムリープの謎には興味がないの。
「………シャシャ」
さっきの銀の露は、わたしの心を揺さぶる気だったのよね。
これを見せずに過去に送りたかったのよね。
「……シャシャ、シャ」
一応は可能性として考えてはいたのよ?
ちゃんと確証が得られないとうっかりで殺してしまうでしょう?
そんなの、見せたら、こうなるなんて。
そんなの決まってるし、わかってたじゃない。
「シャ、シャシャ、シャァァ…ああ…わかったの…ふふ…わかった…わかったのよ。シャッシャー……」
んふ。何よ、怯えて。
段取り無視? 知らないわ。
治してくれるって? 聞き違いでしょ。
つまり、裕くんをね。
わたしの最愛を呪ったのはね。
「シャシャシャシャァァァ───」
言い訳なら後でいいわ。
「シャシャシャシャァァァァァァアアア───!!!!」
答えなくていいから死ねギンモクセイッ!!!
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