いつまでも変わらぬ愛を@円谷華 1st

 まるで綿を踏んでるみたい。


 足元がふわふわしている。


 これはおそらく夢の中だ。


 いや、中間の…狭間…隠世…


 ここが、薫が紛れ込んだ世界なのかもしれない。


 どこからか声が聞こえる。


 微かな声だ。震える声だ。


 やっぱり傷は深いのだろうか。



「見たか…? 何を…永遠を…?」



 いいえ、わたしが夢見ているのは希望よ。


 この絵が光ったじゃない。


 花が咲いたじゃない。


 ラブレターじゃない。


 裕くんの思いじゃない。


 わたしの願いじゃない。


 どんなに時間が巻き戻っても、どんなに季節が過ぎても、変わらないし、終わらないし、終わらせないわ。



「ええ、だったら永遠ね」



 わたしの初恋は。





 瞳を開けると、目の前には銀木犀があった。


 絵と同じ銀木犀があった。


 それを中心に、辺りは一面銀色に煙っていた。


 一面の白く柔らかな光の雨…



「これが煙って見えるのかしら…向こう側がまるで見えないわ…」



 でもまるで途切れない…消せない流星群みたい……ああ、遠い遠い夏の記憶だ。


 懐かしいな。


 天体観測だ。


 星が好きで、裕くんと眺めたなぁ。


 それを覚えてくれていたからこそ、あの日あそこに連れて行ってくれたんだよね……


 展望台付きの…ホテル。


 クズに抱かれた姿を見せつけた。


 わたしの邪悪な企みの……三度目の罪だ。



「こんなのを見せて、何が言いたいのかしら。最後の雨のつもり?」



 すると目の前の銀木犀は囁いてきた。


 葉っぱ同士を擦りあってる…音?


 それが声に聞こえるのかな。


 薫はそんなこと書いてはいなかった。



「お皿…手のひらで?」



 そこにぽつりぽつりと流星が溜まる。


 銀の露。ヌルっとした液体。


 それに映る二人。灰色の二人。


 裕くんと、わたし。


 小さなわたし達。


 あの頃の…お互いの家を行き来していた頃だ。名前のない時の中だ。何も無くさないと…信じていたあの頃の二人だ。


 それが映っている。


 これは、裕くんとわたしの心を溶かした露だ。


 わたしはそれを飲み干した。


 言われてないけど、構わないわ。


 何よ。飲む以外ないじゃない。



「変な音出して何よ。段取り? 知らないわ。思い出したか? そうね、あの頃は夢を…抱きしめていたわ。これが何よ」



 また手のひらで受け止める。


 溜まるとまた映る。


 光の雨粒は、今度は誰かの記憶に変わった。



「北里の…記憶……?」



 いや、この銀木犀に関わった人…いろんな人の記憶だ。佐渡神社の神主さんに…造園業者もいる。


 断片的にだけど、無音声映像が流れてくる。


 パッパと切り替わる。早い。


 流石に全部は追えない。



「傷は…薫が切り刻んで……枝をへし折ったのは…伽耶さん…? …切り裂いたのは…裕くん……? 違う、何を……絵を? あの絵を…裂いたの…?」



 裕くんがペーパーナイフ…キリンの持ち手の…あれであのコンクールの絵を裂いた……ずっと…無くしたと思ってた。


 ……?


 でも、これは…世界を渡る前じゃないの?


 この世界線にあの絵は…模写だけど、わたしのタイムカプセルにしか…ない。


 そして切り裂くのは今日じゃない。


 さっき見たのは満月じゃなかった。


 つまりあなたは今日からの未来を知っている。



「……あなたも一緒ということ…?」



 でも、これを見せて何がしたいのだろうか。


 わたし? わたしは円谷華。


 初めましてかな、この世界では。


 あなたに聞きたいことがあったの。



「何…? 欲張って嘘をつくと…失う代償が…大きかっただろ……?」



 いきなり何なの…


 でも、それは…そうね。


 あの日から振られるまでのおよそ二年間。


 609日間の裏切りの日々。


 今では遠い遠い過去の記憶だけど、ただ欲張っていたんだろうな…


 わたしのタイムカプセルには、いけしゃあしゃあと未来を、願望を、将来を、確かに欲張って書いていたもの。


 それに書き直したくても戻れなかったんだから仕方ないじゃない。


 それに、わたしにとってはあなたが描かれた裕くんの絵の方が重要だった。



「でも…そっか…ただ欲張ってただけなのか、わたし」



 ふふ。何か納得しちゃった。


 じゃあ、あの青い車は? 関係なかった?


 わたしのことも見たのでしょう?



「ここでは…一台しかみていない…? 峰の中だけ?」



 銀木犀は、どうやらこの北里の地しか見れないようだ。


 もしかして同じかしら…あの害車と…伽耶さんのシナリオにあった青い車はここに元々あった?



「一つ一つ…切り倒すようにして戻せ…? やり直しはない?」



 いきなりまた何なの…


 切り倒すって何をよ。


 戻すって何をよ。


 ふふ。それにやり直しはないだなんて。


 普通はそんなの無いのよ。


 でも少し怖いわね。


 怖さが心を覆ってくるのは、いつの間にか…囚われたまま、生までも欲張っていたのね。


 裕くんを死なせたくないし、過去にも戻りたいし、結ばれたいし…なんだか金の斧と銀の斧ね。


 あれも欲しいこれも欲しいもっと欲しいだなんて、タイムリーパーあるあるかしら。


 そうよ、わたしは全部欲しかったんだ。



「望んでいただろ…?」



 そっか…戻すって…望みのままの…過去に…


 でもいいの。


 ようやく、わたしの大事な斧が見つかったのよ。


 わたしの思いの詰まった斧はボロボロの鉄の斧よ。


 わたしにとっては、金でもあり銀でもある鋼鉄の斧よ。


 見窄らしくてみっともないけど、大事な斧なの。


 この世界に来る前は金とか銀の斧ばかり探してたわ。


 でも最後に気づいた。


 裕くんのラブレターだ。


 それを強く抱いて生きるわ。


 綺麗に研ぎ上げてみせるわ。


 それに貴方に言われて納得したのもあるの。


 うん? 何を焦ってるの?


 まあいいわ。


 探すのをやめた時に見つかるなんてよくある話でしょう? うふふ。


 まだまだ探す気だったけど、鞄にも机にも入らない大きな斧を見つけたわ。


 その希望だけで充分生きていけるわ。


 だから華麗に踊ってあげるわ。


 夢の中みたいなものだしね。


 何がいいかしら?


 社交は…無理か。ベリーでもラテンでも何でもいいわ。


 だいたい得意なの、わたし。



「何…死神か? 失礼ね。斧待った死神なんていないわ。ただの殺人鬼じゃない……話を誤魔化すな? 弱虫…? このわたしに向かって…聞き捨てならないわね」



 夜の女帝に向かって、なんて言い様かしら。それに斧を見つけたわたしはもう弱虫じゃないわ。


 切り倒すわよ。



「勘違いするな? 逃げてるだけ? 逃げてないわ! …納得しただけよ…。それより何よ。なんでそこまで過去に送ろうとするのよ」



 すると針先ほどの微小な光を見せてくる。


 次第に大きな光になる。


 大きなスクリーンだ、これは。



「これは…あの日の流星群…? いや、違う…冬…双子座…?」


 

 空を映した後にゆっくりと視界が降りてくる。


 流星も瞬いている。


 地面を映している。


 そこには引き抜かれた金木犀があった。


 引き抜かれてから随分と経って朽ちているように見える。



「ああ、そういうことね……わたしも同じだったから、それはわかるわ」



 だったらそう言えばいいじゃない。


 男のくせに、情け無いわね。



「本当は、薫を助けて、ただ朽ちたかっただけなんでしょう…?」



 それなのに、誰かがあなたを助けてしまった。


 そして薫は死んでしまった。


 わたしの世界線の話だ。


 それをあなたは今見せた。


 このわたしに見せてしまったの。



「…………シャ」



 そうそう、それも含めて聞きたかったのよ。


 正直なところ、タイムリープの謎には興味がないの。



「………シャシャ」


 

 さっきの銀の露は、わたしの心を揺さぶる気だったのよね。


 これを見せずに過去に送りたかったのよね。



「……シャシャ、シャ」



 一応は可能性として考えてはいたのよ?


 ちゃんと確証が得られないとうっかりで殺してしまうでしょう?


 そんなの、見せたら、こうなるなんて。


 そんなの決まってるし、わかってたじゃない。



「シャ、シャシャ、シャァァ…ああ…わかったの…ふふ…わかった…わかったのよ。シャッシャー……」



 んふ。何よ、怯えて。


 段取り無視? 知らないわ。


 治してくれるって? 聞き違いでしょ。


 つまり、裕くんをね。


 わたしの最愛を呪ったのはね。



「シャシャシャシャァァァ───」



 言い訳なら後でいいわ。

 


「シャシャシャシャァァァァァァアアア───!!!!」



 答えなくていいから死ねギンモクセイッ!!!

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