わたしは耳を傾け、瞳を閉じた@円谷華 1st

 夜の中学校。わたしの母校だ。


 月夜を頼りに探し当てたのは、森田薫のタイムカプセルだった。


 それはまったくの偶然だった。


 裕くんにいつものように振られた後、直感に従って中学校に忍び込んだ。


 タイムカプセルが保管されている視聴覚室の奥の部屋だ。


 鍵? 


 ふふ。そんなの…わけないわ。


 最初は自分の分だけを探すつもりだった。


 そして探し出して、抜き出して、まったく同じ絵だと安心して、ふと他のクラスの分をパラパラと捲っていたら、森田薫の名を見つけたのだ。



「見つけた…けど驚いたわね…」



 タイムカプセルには、金木犀と裕くんとわたしと三好のことが書かれていた。


 しかも彼女はループしてるようだ。


 もしかしたらループしてる彼女がいる限り、これ以上遡れない……?



「…それより…これが…違う世界かしら…?」



 これで運命のレーンを乗り換えたのだろうか。


 そうだ。これ以上過去には戻れなかったけど、森田薫が乗り換えた世界に、今のわたしは生きている証拠だろう。



「…裕くんは…少し違うのかしら…それは…考えてなかったわ…」



 最後に手を伸ばした背中は変わらない。


 けど…あれは…もしかしたら別人なのかしら……そんなこと考えてもいなかった。


 ……。



「…?」



 そうだ。この世界の金木犀はどうなってるのだろうか。


 彼女、薫の残したタイムカプセルの内容からこの世界にもある。


 だけど…あれがない。


 なら、もしかしたら…


 わたしはそう思って窓から夜空の月を眺めた。





 視聴覚室を後にしようとした時だった。


 机に今年の分だろうタイムカプセルが出してあった。


 年号から、今年度開催の15年会だとわかる。


 招待状を作成するためだろう。


 そこに伽耶まどかと書いてあった。


 流石にこの名前は伽耶さんしかいないだろう。


 こっちの中学……? 隣の中学出身じゃなかった…?


 ちょっと気になる。



「ふふ。何て書いているのかしら………」





「……」



 書かれていた内容は、シナリオだった。流石に妄想だろうが、見覚えのあるシナリオだった。


 最後に車で心中する話。


 わたしが演じて、本当にダイヴした話だ。


 そしてそこに笑えない登場人物がいた。



「偶然…よね?」



 映画の時は、出てくる名前が違っていた。その時には伽耶さんはすでに亡くなっていた。


 おそらくこれを見たどこかの高校生…誰かが送ったのだろうけど…名前を変えたのかしら…


 それとも…



「……もしかして…彼女も…?」



 とりあえず、もう一度あそこに行ってみよう。


 あの金木犀のところに。





「傷…?」



 金木犀の幹には傷があった。


 めちゃくちゃに切り裂かれて治りかけて、治らず壊死したような、そんな傷があった。


 誰がこんなことを…どうにもわたしには人の身体のように、生々しく、痛々しい傷に見える。


 飛び降り立てだからかしら。



「…あなたも不憫よね。薫のために力を使い果たしたんでしょう。それなのに裕くんにご執心だなんて…」



 薫のタイムカプセルには、裕君のことが書かれてあった。まあ、ラブレターよね。


 あの子はこの世界で何度もやり直してるみたいだ。


 ふふ。でも届いてないわ。


 いえ、笑うなんて、酷いわよね…


 いや、三好との仲を知ってて言わないのは果たして慈悲だったのか、ただの意地悪だったのか。


 ………絶対性格悪いわ、あの子。


 確信した。


 だって多分裕くんは救ってくれたもん。


 それをわかってて、言わなかったんだわ。


 言えなかったわたしが言うのもなんだけど。


 しかも15年後に暴露する気満々じゃない。


 例え上手くいってたとしても、タチの悪い時限爆弾じゃない。


 もう一度言うけど、絶対性格悪いわ。


 それにしても……この金木犀の傷…


 誰に傷つけられたのかは知らないけれど、薫はここに来てないのかしら。



「ふふ。似たもの同士ね。振り向いてもらえなかった…なんてね…わたしは違うか…」



 そうよね。君はわたしと違うよね。



「それにしてもイタズラが過ぎるわね…可哀想…でもすごく深い傷…これは恨みね。間違いないわ」



 でもよく枯れないわね…



「そうだ。この絵を見て。こんなに素敵なものをデザインしてくれたのよ? あなただって…」



 嬉しくてさ。


 きっとすぐに良くなって、空も飛べるはず。


「いまーわたしのーねがーいごとがー」


 きっと海も渡れるはず。


「かなーうなーらばー」


 きっと虹も架かるはず。


「つばーさがほしーい…」


 きっと、きっと、時も跳べるはず。



「だったらいいな…いいのになぁ…ぐすっ、ぐすっ……ふふ…今日久しぶりに裕くんに逢ったんだけどね…背中だったけど…………よーし! 綺麗に治してあげるから! だいたいのことは得意なのよ、わた……し…?」



 その時何かが聞こえた。


 葉が風に揺れる音かしら…?



「反響…残響みたいな…? あ、絵が…どうしよう…わわっ?」



 大事な絵にわたしの涙が落ちていた。


 慌てたのは、それが光るからだ。


 光る、いえ、違う。


 ポタポタと落ちた涙は花が弾く。


 これは裕くんの仕込みだ。


 くすりと笑みが溢れてしまう。


 そうして光が水の玉に滲んで、一瞬の間、わからなかったからだ。


 月夜や街頭に反射してると思ったからだ。


 本当だ。ぽつぽつと絵の花が、光ってる。


 光る、咲く、咲いていく。


 夜が明けるかのように、しらしらと花が咲いていく。


 それに合わせて目の前の金木犀もポッポっと白い花が咲く。咲いていく。


 燃え移るかのようにして、静かに上に向かって咲いていく。咲き乱れていく。


 見上げれば、いつの間にか雲がない。


 そして月もない。


 いつも見上げた後悔の満月なのに。


 それに夏の夜なのに。


 いつも寝苦しいくらいの暑さなのに、寒いくらい辺りは暗くて涼しい。


 そして今日は裕くんと別れた日だ。


 そういえば、この日にここへ来たことはない。


 この日じゃないと駄目だったのかしら。


 そして、わたしは目の前の存在に、促されるかのようにして、耳を傾け瞳を閉じた。


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