わたしは耳を傾け、瞳を閉じた@円谷華 1st
夜の中学校。わたしの母校だ。
月夜を頼りに探し当てたのは、森田薫のタイムカプセルだった。
それはまったくの偶然だった。
裕くんにいつものように振られた後、直感に従って中学校に忍び込んだ。
タイムカプセルが保管されている視聴覚室の奥の部屋だ。
鍵?
ふふ。そんなの…わけないわ。
最初は自分の分だけを探すつもりだった。
そして探し出して、抜き出して、まったく同じ絵だと安心して、ふと他のクラスの分をパラパラと捲っていたら、森田薫の名を見つけたのだ。
「見つけた…けど驚いたわね…」
タイムカプセルには、金木犀と裕くんとわたしと三好のことが書かれていた。
しかも彼女はループしてるようだ。
もしかしたらループしてる彼女がいる限り、これ以上遡れない……?
「…それより…これが…違う世界かしら…?」
これで運命のレーンを乗り換えたのだろうか。
そうだ。これ以上過去には戻れなかったけど、森田薫が乗り換えた世界に、今のわたしは生きている証拠だろう。
「…裕くんは…少し違うのかしら…それは…考えてなかったわ…」
最後に手を伸ばした背中は変わらない。
けど…あれは…もしかしたら別人なのかしら……そんなこと考えてもいなかった。
……。
「…?」
そうだ。この世界の金木犀はどうなってるのだろうか。
彼女、薫の残したタイムカプセルの内容からこの世界にもある。
だけど…あれがない。
なら、もしかしたら…
わたしはそう思って窓から夜空の月を眺めた。
◆
視聴覚室を後にしようとした時だった。
机に今年の分だろうタイムカプセルが出してあった。
年号から、今年度開催の15年会だとわかる。
招待状を作成するためだろう。
そこに伽耶まどかと書いてあった。
流石にこの名前は伽耶さんしかいないだろう。
こっちの中学……? 隣の中学出身じゃなかった…?
ちょっと気になる。
「ふふ。何て書いているのかしら………」
◆
「……」
書かれていた内容は、シナリオだった。流石に妄想だろうが、見覚えのあるシナリオだった。
最後に車で心中する話。
わたしが演じて、本当にダイヴした話だ。
そしてそこに笑えない登場人物がいた。
「偶然…よね?」
映画の時は、出てくる名前が違っていた。その時には伽耶さんはすでに亡くなっていた。
おそらくこれを見たどこかの高校生…誰かが送ったのだろうけど…名前を変えたのかしら…
それとも…
「……もしかして…彼女も…?」
とりあえず、もう一度あそこに行ってみよう。
あの金木犀のところに。
◆
「傷…?」
金木犀の幹には傷があった。
めちゃくちゃに切り裂かれて治りかけて、治らず壊死したような、そんな傷があった。
誰がこんなことを…どうにもわたしには人の身体のように、生々しく、痛々しい傷に見える。
飛び降り立てだからかしら。
「…あなたも不憫よね。薫のために力を使い果たしたんでしょう。それなのに裕くんにご執心だなんて…」
薫のタイムカプセルには、裕君のことが書かれてあった。まあ、ラブレターよね。
あの子はこの世界で何度もやり直してるみたいだ。
ふふ。でも届いてないわ。
いえ、笑うなんて、酷いわよね…
いや、三好との仲を知ってて言わないのは果たして慈悲だったのか、ただの意地悪だったのか。
………絶対性格悪いわ、あの子。
確信した。
だって多分裕くんは救ってくれたもん。
それをわかってて、言わなかったんだわ。
言えなかったわたしが言うのもなんだけど。
しかも15年後に暴露する気満々じゃない。
例え上手くいってたとしても、タチの悪い時限爆弾じゃない。
もう一度言うけど、絶対性格悪いわ。
それにしても……この金木犀の傷…
誰に傷つけられたのかは知らないけれど、薫はここに来てないのかしら。
「ふふ。似たもの同士ね。振り向いてもらえなかった…なんてね…わたしは違うか…」
そうよね。君はわたしと違うよね。
「それにしてもイタズラが過ぎるわね…可哀想…でもすごく深い傷…これは恨みね。間違いないわ」
でもよく枯れないわね…
「そうだ。この絵を見て。こんなに素敵なものをデザインしてくれたのよ? あなただって…」
嬉しくてさ。
きっとすぐに良くなって、空も飛べるはず。
「いまーわたしのーねがーいごとがー」
きっと海も渡れるはず。
「かなーうなーらばー」
きっと虹も架かるはず。
「つばーさがほしーい…」
きっと、きっと、時も跳べるはず。
「だったらいいな…いいのになぁ…ぐすっ、ぐすっ……ふふ…今日久しぶりに裕くんに逢ったんだけどね…背中だったけど…………よーし! 綺麗に治してあげるから! だいたいのことは得意なのよ、わた……し…?」
その時何かが聞こえた。
葉が風に揺れる音かしら…?
「反響…残響みたいな…? あ、絵が…どうしよう…わわっ?」
大事な絵にわたしの涙が落ちていた。
慌てたのは、それが光るからだ。
光る、いえ、違う。
ポタポタと落ちた涙は花が弾く。
これは裕くんの仕込みだ。
くすりと笑みが溢れてしまう。
そうして光が水の玉に滲んで、一瞬の間、わからなかったからだ。
月夜や街頭に反射してると思ったからだ。
本当だ。ぽつぽつと絵の花が、光ってる。
光る、咲く、咲いていく。
夜が明けるかのように、しらしらと花が咲いていく。
それに合わせて目の前の金木犀もポッポっと白い花が咲く。咲いていく。
燃え移るかのようにして、静かに上に向かって咲いていく。咲き乱れていく。
見上げれば、いつの間にか雲がない。
そして月もない。
いつも見上げた後悔の満月なのに。
それに夏の夜なのに。
いつも寝苦しいくらいの暑さなのに、寒いくらい辺りは暗くて涼しい。
そして今日は裕くんと別れた日だ。
そういえば、この日にここへ来たことはない。
この日じゃないと駄目だったのかしら。
そして、わたしは目の前の存在に、促されるかのようにして、耳を傾け瞳を閉じた。
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