受験と答えと答え。@柏木裕介

 かつて母校であった高校は、記憶通りだった。


 市立北里高校。自転車だと少ししんどくて、電車だと三つほどいった先にある高校だ。


 大学に進まなかったからか、中学とは違うからか、裏切られたことが強烈だったのか、灰色の記憶のままの高校だった。


 二月の月末。


 今日は受験当日だった。


 ビクビクと怯えていた受験勉強期間が終わり、ビクビクする面子で試験を受けに行き、そしてあっさりと試験が終わった。


 その帰り道、華と森田さん、三好とアリちゃんとで歩いて駅に向かっていた。



「割と綺麗な学校だったよね?」


「そうだねー。ボクは旧校舎みたいなとこが潜めて好きだけど。ないのかな」


「潜むとか言うな。怖いだろ」



 あの高校に、旧校舎みたいなものはない。


 三好は結局そのまま翔子スタイルで受験していた。


 この時代ではまだまだ厳しかったような気がするが、もう大丈夫なようだった。


 一つ大丈夫じゃない問題があるとすれば、こいつの女装が似合い過ぎていたことだ。


 メンタルが強過ぎるせいなのか、性格が悪過ぎるせいなのか、試験当日だと言うのに、もしかしたら未来が変わりそうなくらい男の子達を虜にしていた。


 おそらくこいつはそれをわかっていて、多くの受験生達に色を振り撒いていたように見えた。


 まんまとチャームされた男子中学生達は、皆一様にポーっとしていた。


 中にはチラチラと三好を見てしまい、カンニングを疑われ退室させられた子もいたくらいだ。


 その中にかつて同じ部活仲間だった男の子もいたけど、試験落とすんじゃなかろうか…


 ほんまこいつ悪いわ…



「裕介、今度おすすめの廃墟スポットに卒業旅行に行かないかい? もちろん二人で」


「ねーよ」



 こいつと歩くことに慣れた自分が怖い。背中から突き落とされそうな怖さをたまに思い出す。


 お前と旅行とか俺を殺す気か。


 いろんな意味で絶対イヤだ。



「三好…本当に沈めるから」


「ふふっ、華ちゃんの彼氏は取らないよ。ただ友人として出掛けたいのさ」


「美月ちゃん」


「うーん、嘘だと思うよ」


「…ほんま死んだらいーねん」


「華ちゃんさーそういう悪い言葉はやめて欲しいなーボクはそう思うなー裕介に嫌われるよ〜〜?」


「ッこ…ころ、こ……いつかまんきんでどつく…!」


「わー、裕介ー助けてーこんなエセ関西弁暴力女なんて嫌いだよね?」


「そういうのやめろつってんだろがボケェ」


「ッ、だんだん気持ちよくなってきたよ、裕介」


「こいつ…」



 帰り道、そんな風に真剣にふざけ合いながら電車を待っていた僕らを、遠巻きに他の受験生達が見ていた。


 パッと見は僕のハーレムみたいに見えるのがほんと辛い。今も怖いし、後も怖い。


 

「ね、ねぇ、裕介くん、帰りに打ち上げしようよ」


「…そうな。なんか疲れたし」



 後ろにいたアリちゃんが横に並んできて、誘ってきた。アリちゃんはついに三好から吹っ切れたようだった。



「帰りにアイス食べに行こうよ。私も裕介くんみたいにチョコミントにハマったんだー」


「本当か!」



 また一人党員が増えてしまった。過去ではあまりの市民権の無さから隠れ党員として活動していたが、今世は割と楽だな。


 まあ、あくまでアイスを選べばチョコミントアイスというだけだが。流石に今日は寒いし、海月亭に行きたい。タルト食べたい。



「…裕くん。そんなことより受験…終わりましたよね」


「そんなことだと! …あ、いや、強い、痛い、ちょっと腕もげるからやめて華、華さん」


「ちょ、ちょっと華ちゃん! 裕介くん折る気!? 折角治ったのに可哀想じゃない!」


「美月ちゃん、これにはね。深いわけがあるの。具体的には言えないけど、とっても深い彼氏彼女の事情なの。だから寄り道出来ないの、今日」


「それ…私が鬼って言ったやつじゃないよね…?」


「おほほ…」


「何その笑い方…否定してよ。あんなの裕介くん壊れちゃうよ…薫も何か言ってよ!」


「……え? あ、うん…そうだねぇ…」



 受験に解放され、和気藹々かどうかは微妙だが、みんなが好き勝手喋る中、森田さんはずっと黙ったままだった。



「森田さん…どした?」


「…うん? …ああ、何でもないよ! みんな受験お疲れ様! 明日からは高校生だね〜…」


「気が早過ぎでしょ」


「でもあの内容ならボクは合格かな。何人か落ちただろうしね。裕介はどうだった?」


「お前……まあ…僕は大丈夫…だ」



 合否発表は一週間後だと言うが、それは記憶にない。覚えていない。そんなに結果って早かったか、そう驚いたくらいだ。


 そんな事より、テスト問題が問題だった。


 問題を見て、2分くらいフリーズしていたと思う。ハッとして、慌てて取り掛かったくらいだ。


 なぜなら森田さんが出していた問題とピタリと一致していたからだ。


 試験中、いろいろと考えてしまって、集中出来なかったが、なんとか埋めた。


 そして、今まで不思議だったことがわかった。


 なぜか忘れていた彼女のことだ。


 残念美少女の彼女のことだ。


 趣味趣向や好物や僕の癖などあらゆる事を把握していた彼女。


 やたら用意の良いハイスペックな彼女。


 むず痒い青春をさせようとする彼女。


 華と同じように看護ではなく介護してくる彼女。


 時には華を煽る彼女。


 時には華に煽られる彼女。


 僕と華の仲をお節介ギリギリで応援してくれた彼女。


 強引だけど、心地よい気持ちをくれた彼女。


 そして、今思えば、何度も何度も僕を慰めようとしてくれていた彼女。


 時に荒れ、時に凪いだような。


 まるで広い海のような心で見守ってくれていた彼女。



「柏木くん…? ふふ、難しい顔してどうしたのかな? んー? あ、試験のこと…? あんなに頑張ったんだからきっときっと大丈夫だよ…? それとも…何か未来でも見えたのかな? んー?」


「…」



 森田薫。


 彼女も僕と同じ未来人だった。

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