テレポーテーション。@柏木裕介
受験が終わったせいか、心なしかもの寂しい感じがいっそうとしてくる、中学校の美術室。
僕が在学当時思いもしなかった事態。
三年ともう少し通ったことになってしまった場所。
放課後、そこに一人でやってきた。
森田さんに送る絵を描く。
そのためにやってきた。
「それにしても、何か嬉しかったな…」
僕はひとりぼっちではなかった。
森田さんもまた未来人だった。
正確な日付はわからないけど、未来からタイムリープしてきたそうだ。
そして、彼女は中学時代しか戻れないという。
一番元気な時代だったからと言った。
青春したかったからだと言った。
ずっと入院していて、未来ではあまり動けないのだと言った。
だから何度も何度もタイムカプセルを送り続けてきたんだ。
彼女はそう言ってはにかんだ。
◆
『柏木くんが私を覚えてないのは無理ないよ』
なんでだよ。
『だって柏木くんも未来人じゃん』
説明になってないぞ。
『打ち明けたのは、今が初めてだけどね』
聞けよ。
『私の方が早く来たからじゃない? こう、歴史修正的な? 私のこと、未来では覚えてなかったでしょ?』
すまん……いや、そうなのか…? というかなんで黙ってた?
『だって未来がめちゃくちゃになるかも知れないでしょ?』
耳が痛い。まあ…かも知れないな…だから僕も迂闊には話せなかった。
『こんなこと初めてなんじゃないかな』
どうやら森田さんにとっても初の第一未来人だったらしい。
『初回特典あるかも』
どこの誰からのだよ。というか何の話だ。
『ふふ。いや、やっぱり受験勉強だね』
試験問題を見て、もう話しても大丈夫だと確信したらしい。
『もしかしたら試験問題が変わってたかもしれないし。だから手書きで問題を作って、終わった分は採点してすぐに燃やしたんだ』
どこぞのスパイみたいなことを言い出した。
どうやらタイムリープ神的な何かを警戒していたらしい。
それと僕の勉強不足も心配だったらしい。
『だからずっと黙ってたんだよ、一応保険の問題も入れてね』
すんません。
引っ掛かる部分は多いが、その献身とも言える森田さんには感謝してもしきれないくらいだ。
だから僕はあまり難しいことは考えずに、目の前の彼女のことをもっと考えようと思った。
皮肉というには烏滸がましいが、華と付き合ったからこそ考える余裕が出来た。
クズだな、僕氏。
というかそもそも何も知らない上にSFだしな。
そして僕が過去に遡った原因については、心当たりがないそうだ。
『もしかしたらやり直したい過去でもあったんじゃないかな』
そう言っていた。
そしてそれは華とのことだと思って、お節介をしたのだと言う。
ヘタレですんません。
そして森田さんは今度のタイムカプセルにはやり直しは願わず、今回で最後にすると言う。
『青春をやり直したかったんだ…でももう充分だよ。姫と柏木くんの仲を見れたしね。それに…ううん、何でもない。大きな…それこそ時空を超えるような手術、頑張って受けてみるよ』
そう言って今度は清々しく笑った。
そこにあったのは、いつか見た軋んだ笑顔ではなかった。
そしてどうやら身体が悪くなるのは高校に入ってからで、大きな病院に入院することになるという。
お腹をさすりながらそう言った。
どうやら子宮に腫瘍が出来たらしい。
女の子の身体も病気も詳しくないから、あまり深くは聞かなかった。
だから最後に絵が欲しいと言う。
そしてその絵は、好きに描いて欲しいと言った。
『たぶん私の欲しいものを描いてくれるはずだよ』
プレッシャーなんすけど。
『前の柏木くんもそうだったし』
そいつ、頭お花畑だったと思うんすけど。
『大丈夫。今もだから』
全然ちげーよ。いや、違わないか…
『あはは。…たぶん柏木くんは帰れないよ。私の座席は一人分だけ』
それは普通そうなんじゃないのか? まあ森田さんのタイムカプセルだろうし、仕方ないかと思う。それに僕は…
『あ、それ言わないでいい。あと当たり前だけど、何も持って帰れないんだ。命しか』
…それはそうだろ。というか怖い言い方するなよ。
『ふふ。私の命って意味だよ。だから絵が欲しくてさ。卒業式の日に未来に帰るからさ。タイムカプセルに入れてさ、その未来で受け取りたくてさ』
何それ、新しい。
『まるでテレポーテーションだよね』
そう…なるのか…? というかプレッシャーなんすけど。
『ふふ。いーま時を飛ぶって歌うでしょ。期待してるね』
そのエスパー、時は飛べなくないか。
『…エスパーは、君だよ…』
なんでだよ…何にも…気づかなかっただろ。
『柏木くんは、それでいいの』
まぁ…プレッシャーはプレッシャーなんだけど、君に絵を送りたいと思った。こんなことでしか気持ちを表すことが出来ないけど。
ずっと支えてくれてありがとう。
『…も、もー…ホワイトデーに聞かせてよ…でも嬉しい私がいるし…もーもー馬鹿…今度もっかい言ってよね……ししし…照れる…〜ツイてないねー紙ヒコーキ先生に命中〜』
森田さんはそう歌って、高校案内のチラシでヒコーキを秒で綺麗に作り。
超上手く風を読んでシュパッと飛ばして。
アリちゃんともめていた華のつむじに思いっきりブルをかまして。
イエス! と叫んで。
大きく綻ぶように笑って。
そして彼女はダッシュで逃げ出した。
◆
しかし…大人げなくないか。
いや、僕も変わらないか。
せっかくタイムリーパーが二人いるんだから、この現象を整えて見直したいけど、帰れないなら考えても無駄か…森田さん、やり切った顔してたし…
「…欲しい絵か…うーん。いや、僕が送りたい絵じゃないと意味がないし…って…あれ…? どこ行った…?」
イーゼルに立て掛けてあった、伽耶まどかの絵がない。
華に送った絵を描く時は、確かにあったのに。
「…どこにも…ないよな…?」
ない。無くなっている。
これは……まあ、越後屋か、越後屋だろうな。
同じ党員だし、友達だしな。
欲しいならあげるさ。
それより絵だ。
何を描こうか。
彼女を思い浮かべながら、歌いながら、手を動かしてみようか。
僕が未来から飛んできたせいで、忘れてるだけで、この身体は森田さんとの思い出を覚えてるんだろうし。
未来と今の僕の頭と、過去と今の僕の身体で。
それらを混ぜて描いてみよう。
未来の病院にいる君に。
病室で退屈してる君に届けと。
あの紙ヒコーキみたいにピタリとブルするように願いながら描いてみるか。
「君と出会ぁった奇跡がーこーのー胸に溢れてる〜…」
時も思いも感謝とかも。きっと空を飛べるはずだからと願いながら描いてみるか。
華には少し悪いけど。
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