テレポーテーション。@柏木裕介

 受験が終わったせいか、心なしかもの寂しい感じがいっそうとしてくる、中学校の美術室。


 僕が在学当時思いもしなかった事態。


 三年ともう少し通ったことになってしまった場所。


 放課後、そこに一人でやってきた。


 森田さんに送る絵を描く。


 そのためにやってきた。



「それにしても、何か嬉しかったな…」



 僕はひとりぼっちではなかった。


 森田さんもまた未来人だった。


 正確な日付はわからないけど、未来からタイムリープしてきたそうだ。


 そして、彼女は中学時代しか戻れないという。


 一番元気な時代だったからと言った。


 青春したかったからだと言った。


 ずっと入院していて、未来ではあまり動けないのだと言った。


 だから何度も何度もタイムカプセルを送り続けてきたんだ。


 彼女はそう言ってはにかんだ。





『柏木くんが私を覚えてないのは無理ないよ』


 なんでだよ。


『だって柏木くんも未来人じゃん』


 説明になってないぞ。


『打ち明けたのは、今が初めてだけどね』


 聞けよ。


『私の方が早く来たからじゃない? こう、歴史修正的な? 私のこと、未来では覚えてなかったでしょ?』


 すまん……いや、そうなのか…? というかなんで黙ってた?


『だって未来がめちゃくちゃになるかも知れないでしょ?』


 耳が痛い。まあ…かも知れないな…だから僕も迂闊には話せなかった。


『こんなこと初めてなんじゃないかな』


 どうやら森田さんにとっても初の第一未来人だったらしい。


『初回特典あるかも』


 どこの誰からのだよ。というか何の話だ。


『ふふ。いや、やっぱり受験勉強だね』


 試験問題を見て、もう話しても大丈夫だと確信したらしい。


『もしかしたら試験問題が変わってたかもしれないし。だから手書きで問題を作って、終わった分は採点してすぐに燃やしたんだ』


 どこぞのスパイみたいなことを言い出した。


 どうやらタイムリープ神的な何かを警戒していたらしい。


 それと僕の勉強不足も心配だったらしい。


『だからずっと黙ってたんだよ、一応保険の問題も入れてね』



 すんません。


 引っ掛かる部分は多いが、その献身とも言える森田さんには感謝してもしきれないくらいだ。


 だから僕はあまり難しいことは考えずに、目の前の彼女のことをもっと考えようと思った。


 皮肉というには烏滸がましいが、華と付き合ったからこそ考える余裕が出来た。


 クズだな、僕氏。


 というかそもそも何も知らない上にSFだしな。


 そして僕が過去に遡った原因については、心当たりがないそうだ。


『もしかしたらやり直したい過去でもあったんじゃないかな』


 そう言っていた。


 そしてそれは華とのことだと思って、お節介をしたのだと言う。


 ヘタレですんません。


 そして森田さんは今度のタイムカプセルにはやり直しは願わず、今回で最後にすると言う。


『青春をやり直したかったんだ…でももう充分だよ。姫と柏木くんの仲を見れたしね。それに…ううん、何でもない。大きな…それこそ時空を超えるような手術、頑張って受けてみるよ』


 そう言って今度は清々しく笑った。


 そこにあったのは、いつか見た軋んだ笑顔ではなかった。


 そしてどうやら身体が悪くなるのは高校に入ってからで、大きな病院に入院することになるという。


 お腹をさすりながらそう言った。 


 どうやら子宮に腫瘍が出来たらしい。


 女の子の身体も病気も詳しくないから、あまり深くは聞かなかった。


 だから最後に絵が欲しいと言う。


 そしてその絵は、好きに描いて欲しいと言った。


『たぶん私の欲しいものを描いてくれるはずだよ』


 プレッシャーなんすけど。


『前の柏木くんもそうだったし』


 そいつ、頭お花畑だったと思うんすけど。


『大丈夫。今もだから』


 全然ちげーよ。いや、違わないか…


『あはは。…たぶん柏木くんは帰れないよ。私の座席は一人分だけ』


 それは普通そうなんじゃないのか? まあ森田さんのタイムカプセルだろうし、仕方ないかと思う。それに僕は…


『あ、それ言わないでいい。あと当たり前だけど、何も持って帰れないんだ。命しか』


 …それはそうだろ。というか怖い言い方するなよ。


『ふふ。私の命って意味だよ。だから絵が欲しくてさ。卒業式の日に未来に帰るからさ。タイムカプセルに入れてさ、その未来で受け取りたくてさ』


 何それ、新しい。


『まるでテレポーテーションだよね』


 そう…なるのか…? というかプレッシャーなんすけど。


『ふふ。いーま時を飛ぶって歌うでしょ。期待してるね』


 そのエスパー、時は飛べなくないか。


『…エスパーは、君だよ…』


 なんでだよ…何にも…気づかなかっただろ。


『柏木くんは、それでいいの』


 まぁ…プレッシャーはプレッシャーなんだけど、君に絵を送りたいと思った。こんなことでしか気持ちを表すことが出来ないけど。


 ずっと支えてくれてありがとう。


『…も、もー…ホワイトデーに聞かせてよ…でも嬉しい私がいるし…もーもー馬鹿…今度もっかい言ってよね……ししし…照れる…〜ツイてないねー紙ヒコーキ先生に命中〜』



 森田さんはそう歌って、高校案内のチラシでヒコーキを秒で綺麗に作り。


 超上手く風を読んでシュパッと飛ばして。


 アリちゃんともめていた華のつむじに思いっきりブルをかまして。


 イエス! と叫んで。


 大きく綻ぶように笑って。


 そして彼女はダッシュで逃げ出した。





 しかし…大人げなくないか。


 いや、僕も変わらないか。


 せっかくタイムリーパーが二人いるんだから、この現象を整えて見直したいけど、帰れないなら考えても無駄か…森田さん、やり切った顔してたし…



「…欲しい絵か…うーん。いや、僕が送りたい絵じゃないと意味がないし…って…あれ…? どこ行った…?」



 イーゼルに立て掛けてあった、伽耶まどかの絵がない。


 華に送った絵を描く時は、確かにあったのに。



「…どこにも…ないよな…?」



 ない。無くなっている。


 これは……まあ、越後屋か、越後屋だろうな。


 同じ党員だし、友達だしな。


 欲しいならあげるさ。


 それより絵だ。


 何を描こうか。


 彼女を思い浮かべながら、歌いながら、手を動かしてみようか。


 僕が未来から飛んできたせいで、忘れてるだけで、この身体は森田さんとの思い出を覚えてるんだろうし。


 未来と今の僕の頭と、過去と今の僕の身体で。


 それらを混ぜて描いてみよう。


 未来の病院にいる君に。


 病室で退屈してる君に届けと。


 あの紙ヒコーキみたいにピタリとブルするように願いながら描いてみるか。



「君と出会ぁった奇跡がーこーのー胸に溢れてる〜…」



 時も思いも感謝とかも。きっと空を飛べるはずだからと願いながら描いてみるか。


 華には少し悪いけど。

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