全然ちゃいますやん。@柏木裕介

『人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう』



 死んだ芸術家の、そんな言葉を思い出した。


 それまでの僕は、やはり傍観者というか、タイムリープしてきたからか、どこか他人ごとのように自分を捉えていた。


 レトロRPGのキャラを俯瞰して操作するようなゲーム感。


 15年前の自分と同じ道筋を通ることでエンディング、つまりあの案内状をもらった日がゴールになるようにと、あれが僕の人生の幸せなゴールだと思って、クリアするんだと思って、薄い記憶を探りながら、やり直さないように動いていた。


 亡くなった母にしろ、別れた華にしろ、嫌悪していた三好にしろ、忘れてしまった森田さんにしろ、越後屋は…変わらなかったか。


 登場人物は変わらないはずなのに、どこか虫食いのような記憶といろいろな僕の夢。


 それらがごちゃごちゃになって、余計にRPG感が強くなっていった。


 フューチャーダイヴ。


 ドロドロの悪夢。


 告白イベントの馬鹿みたいな規模。


 黒歴史。


 おっ立て酸欠告白。


 三好の激変。


 森田さんの献身。

 

 知らなかったのに、忘れていたのに、何故か言いようのない感情にさせられる森田さんと伽耶まどか。


 それと、小学校の頃の記憶、父さん、サッカー、写生クラブ、コンクール、金木犀。


 逆によく知っていたはずだけど、よくわからない行動を取る、母。


 そして、最愛の人だった、円谷華。


 告白して気づいた、自分の気持ち。


 タイムリープが気づかせてくれた、本当の想い。


 彼女はこの世界にいない。元の世界に帰れたら、会いたくなって、駆け出したかった。


 だから繰り返してくれるなら、タイムリープ神が叶えてくれるなら、同窓会に行きたいと思ってしまった。


 そして唐突に感じた、ぽつんと一人ぼっちな未来人。


──人生に命を賭けていないんだ。


 未来でも僕は命をかけて、人生を生きていなかったと気づいた。


 それからいつでも探していた。どっかに君のカケラを探していた。こんなとこに落ちているはずもないのに。


 通学路、公園、神社、駅、アイス屋、中学校の教室、美術室、星降る夜…こんなとこにいるはずもないのに。


 だから灰に燃え尽きた青春に色を挿す、なんてことはしたくなかった。


 だから早くタイムリープが終わるようにと、心のどこかで、願っていた。


 だからあまり深く、深く関わってはいけないと、関われば関わるほど未来に帰れないと、そう思って、サイドブレーキを引いていた。


 彼女に会えなくなってしまう。


 あの華に会えなくなってしまう。


 どこかでそう思っていた。


 日に日にあのトラウマの日に進み続ける学生時代。今世の華との毎日はとても綺羅綺羅としていた。


 そんな事を認めたくなくて、否定したくて、坂巻くように探していた。


 唐突で、ポンコツで、懸命で、笑顔で、強引で、少し弱くて、どこか怯えてて、強く支えてくれる、そんな今世の華に惹かれていく自分に気づいた。


 その感情にどこか裏切りを、彼女を重ねてしまう罪悪感を、もどかしい思いを、何とかしたくて絵を描いた。


 今年に入ってからは特に過去の、タイムリープした日より前の記憶を辿ろうとしていたのも、どこかあの未来に帰りたくて、帰りたくなくて、そんな感情に突き動かされていたからかもしれない。


 だから、そんな中途半端な気持ちで、華とそういうことは、駄目だと思っていた。



「どうしたの…裕くん…身体…痛い…?」


「い、いや、別に…というかそれ僕の台詞じゃ……お、おい…」


「…えっへへ…ごめんね…ここ…いっぱいイジワル…しちゃった……」


「……」



『初体験の時の事を聞かせろよ』


 かつての会社の先輩がそう言ってきたことを、ふと思い出した。


 確か飲み屋だったと思う。


 仕事終わり、少し付き合えと誘われて行った席でのことだ。


 もちろん僕には経験などないし、トラウマを思い出したくもなかった。さりとてその場の空気もあるし、私の話はいいですからと、聞きたくもないのに先輩の体験を聞くハメになった。


 それと、その当時の先輩と彼女としては思い合った結果至ったわけだし、その彼女のことを話すなんてちょっと僕には考えつかなかった。


 だから冗談ですよと、止めようとしたら急に真剣な顔をするもんだから何事かあったのかと、聞くようにした。


 すると先輩は言った。


 工事だったと。


 何を言ってるんだ、そう思った。もちろん知識としては知っている。身体に穴を開けるのだからそれは痛いだろう。


 しかし、それにしても工事とは。


『俺はな、めっちゃひいた。都合三回も貫通にかかった。それでも学生の時で良かったと思う。今なら多分萎えるな。だってすげぇんだよ。痛がるのが。ぎゃーってよ。殴るし。ほんとまるで工事だよ、工事。年度末の道路工事見る度に思い出すんだよ』


 そう聞いて、ちょっと怖くなったことを思い出した。


 なぜかって?


 だって全然ちゃうやん。


 先輩言うてたこと全然ちゃいますやん。



「ふわぁぁ…あ、ご、ごめんなさい…あくび出ちゃった。えへへ…もう朝かな…」


「チュンチュン言ってるしな…これが…あれか…」



 間違いなく、絵を贈った際は裏切ったような、それでいてどこかスッキリとした感情があった。多分自己満足の境地だったのだと思う。


 そうして、戻れないならば、ゆっくりと時間をかけて過去と決別し、今世の華と紡いで行くものだと思っていた。


 それが、絶対に逝ってはいけない無限地獄に丁寧に丁寧に追いやられ、終始、心の奥底を見透かされているような、まるで生殺与奪を握られているような、そんな気持ちにさせられながら、徐々に時間の感覚がなくなり、華と触れる部分も混ざり合い溶けて曖昧になり、涙も鼻水もよだれも……宣言通り、ぐちゃぐちゃにされるとは思ってなかった。


 思ってなかったんだ。


 あんなの我慢するのは普通は無理だ。さりとて自分から懇願するわけにはいかなかった。そんなことをされても、未だ、未来の華に未練があったのだ。


 でもそこも見透かされていたのか、無駄だった。


『裕くん…一つになろ…君を…ひとりぼっちになんかさせないよ…?』


 それはもう爆発的だった。


 脳の神経が焼き切れるかと思った。


──人生に命を賭けていないんだ。

 

 その言葉通り、それこそ生命が削れるくらい求めたくなったのだ。


 そしてついに、年末から続く脳内をずーっとずーっと痺れさせてきた匂いの源泉に辿りついたのだ。


 その時の華の顔は、イタズラが成功したような、それでいて期待しているような、試しているような、確かめてみろと挑発するような。そんな表情に見えた。


 そしてその後だ。


 問題はその後だ。


『任せて…痛くも怖くもないからね』


 その言葉に、不安になるくらいの自信とエロスとアートを感じさせられた。


 アートとは世間では特によく使われ、意味を広く捉えられる言葉だが、僕の解釈では職人のことを少し指す。


 やはり技術、技量あってのことじゃないと、コンセプト重視の軽い作品ばかりになってしまう。


 フランスにもアーティストとアルチザンといった芸術家と職人を明確に分類する言葉はあるが、根本にあるのはテクネー、技術である。この帰ってきた時代、大量生産の時代から変わり、職人に対する見方は見直される風潮になっていた。未来でもそれは変わらなかった。


 いや、まあ、ちゃうねん。


 そんなん言いたいわけちゃうねん。


 そんな言葉を思い出すくらいやったんや。


 その前も凄かったが、その後の彼女は堰を切ったかのように牙を剥いてきたんや。


 アーティスティックでドラスティックでテクニシャンいやさテクニクシャンで、僕の拙い語彙力では表現出来んくらい、何というか、華は凄腕のマジシャンになったんや。


 〜女の子はー、恋をした時かーら〜、超一流のーマジシャンに早変わり〜


 あれは、ほんまやったんや…


 先輩…もっかい言うけど全然ちゃいますやん…


 工事やのうて、これ開発ですやん…


 貫通されるん、こっちもですやん…


 みんな…凄い体験して…大人になりはったんやな…尊敬してまうわ…も、カラッカラやわ…


 そら生命誕生してまうわ…

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