愛しさと切なさと。@柏木裕介
今日の華は、朝からずっと思い詰めた表情だった。
チョコレートの数は学校一を誇っていた。休み時間事ごとに呼び出され、その度に都会のデパ地下にいる帰省客ばりにお土産袋を下げて帰ってきていた。
その度に辛そうな顔をして、力無く笑っていた。
彼女がモテるのは過去世界から知らなかったわけじゃない。
幼馴染だから。お隣さんだから。彼女だから。いろいろと今の僕と華の関係を表す言葉はある。
なのになぜ、僕の存在を無視されるのか。
そりゃそうだ。
そもそも華と僕はスクールカーストで言えば天と地だ。恋人として釣り合っているとは到底思えない。
30歳にもなると、そんなくだらないことに囚われたりはしないが、華はどうかわからない。
優しい彼女のことだ。例え僕のことを悪く言われても、殴ったりなんか…三好と森田さんとナンパ野郎と……結構…殴ってるな…?
あれ…? 優しいかな…?
いや、ファンを殴るわけにもいかず、何も言えず溜め込んでいるのだろう。
思い詰めた表情してるし…
昔付き合っていた頃を思い出してしまう。
どこか暗い感情を胸に秘めていたように思う。
まあ…最後まで気づけなかった自分に笑うしかない。ほんとに自分のことばかりだった。
たらればでしかないが、出来れば今世は支えてあげたい。
華の曇る顔は見たくないんだ。
例え、彼女じゃない彼女に心が囚われたままだとしても。
◆
帰り道もまだ暗い顔のままだった。
何でもある、そうも言っていた。
華も相当疲れているのだと思った。告白を断ることが辛いのはわかる。されど、言い辛い事もあるだろうからと、愚痴りたい時にでも言ってくれればいい、そう思って軽い調子で流した。
それを察したのか、家に帰るなりポンコツ探偵っぷりを見せつけてきた。
わざとなのはわかる。
こいつ…気を遣って…
あれれ〜はやりすぎだと思うが…
もっと惚け方はあると思うが…何故あれでバレてないと思えるんだ。
そしてその後の不審な動きから、どうも視野が狭いと言うか…何に不安を抱いているのか…
そうか。今日はバレンタインだ。
夕食後、手作りのチョコケーキをくれるとは聞いていたが、そうか…それか…。
不味くても気にしない、などと直接的にはよー言わん…
うーん。
「華。そのままでいいから聞いてくれ。決めつけや思い込みはどうしても視野が狭くなるし、気付けるものも気付けなくなってしまうから──」
「それ裕くんが言うの?!」
なんか途中で止められてもた。
「え? なんで怒ってんだ? さっきから様子がおかしいけど僕は気にしないって言おうと…」
「ありがとっ! …でもそれを自分に向けて欲しいんだけど…でも向けると…はぁ…ううん。わかった。視野を広げてみるね。解釈とか拡大してみるね。それとおかしくないから、わたし」
「いや、全然おかしいが? それと解釈は拡大しちゃいけないと思うが…?」
それ、戦争とか始まっちゃうやつだから。
◆
夕食を終え、一息ついていたら、華が唐突に言ってきた。
「もう一ヶ月だね」
「あ、ああ…って何が?」
「付き合ってだよっ! もー…もー!」
「そ、そだな。ちょっといろいろありすぎて…すっかり忘れてた」
「…仕方ないけど……ちょっとくらい──」
「なんてな」
「え?」
いや、覚えてる。流石にタイミングもあるし、こちらから一ヶ月だね? なんて言う文化と度胸は僕にはない。
「これ。この足じゃ出歩けないから何かを選んで買うのも出来ないし、ネットで頼むのも何か違うって思って。気にいるかどうかわからないけど、華に贈りたかったんだ」
華に手渡したのは、B5サイズほどの小さな絵だ。この時代のスペックには腕も発想も足りないとは思うが、彼女に絵を贈りたかったのだ。
「……わぁ」
「華に…心を込めた贈りものなんてこれしか浮かばなくってだな…マフラーも頑張って編んでくれてたし…家で出来ることなんて、僕には描くことしかないから、ちょこちょこ描いてた。烏滸がましいけど、腕には自信はない…」
僕が描いたのは、海上にあるかのように見えるまん丸の大きな月の絵だった。
月夜の晩で、ぽっかりと浮かぶ月に、虹を青海波のように何本も描いて、そこに月光が降り注ぐようにした。
その月明かりで、虹が銀色がかって見える。そんな絵だ。
虹を青海波みたいに描きたかったんだよな…縁起がいいし…意味も…いや、重いか。
夏の夜の風景で、そこに浮かぶ青い月を描いた。
これは夢ではない。
僕のトラウマの風景だ。
二人で行った…いや三人か。
一人で帰ることになったあの旅行。
それを思い出しながら描こうと思った。
寝取られた夜、星を見に行ったのに、印象深かったのは月だった。
あの時見上げた月さえ描ければ、今世を肯定出来ると思ったんだ。
まあ、こんなことは言えないが、許してくれ。
情け無くも弱い僕を許してくれ。
こんな行為こそが失礼だとはわかっている。そんな事に意味などないと知っている。多分別の人と付き合ったのならそんなことはしない。
けど、君は君だ。華だ。
僕が心から愛した女性だ。
まだまだ怖いけど、今世の君を心から肯定したいんだ。
だからどうか貰ってくれ。
僕の弱さと君の強さが溶け合って出来たこの絵を貰ってくれ。
華はしきりに角度を変えて眺めている。
日本画のように、見る角度で綺羅綺羅と反射する仕様だ。岩絵具を使ったわけではないが、表現は出来たと思う。
「……」
「その虹。全体的に銀色に見えるのは絵の具にラメを少量ずつ……華? だ、駄目だったか?」
華は、ポロリポロリと玉のような涙を溢した。そしてあにゃあにゃしながら慌てて絵を上に持ち上げた。
そしてそのままのポーズで、感想をくれた。
「ううん、違うよ。素敵だよ。素敵。とっても綺麗…ありがとう。すっごく嬉しいよ…」
「そ、そっか。良かった…はは、ふー緊張した」
どうやら喜んでくれたようだ。絵を贈るなんて…イキった感じにならないといいなって、えらい緊張したぞ…
そしてまだまだそれを天にし、見上げながら、華は小さく呟いた。
「指パッチン…したかったな…」
「…あんだって…?」
「愛しさと切なさで、出来ないよぉぉ…そんなに心…強くないよぉ…ぐすっ…えへへ…でも超嬉しい」
「いや、されても困るからな」
ポール的な喜び表現はいらないんだが…雨あられって意味か…? お前の表現、わかりづらいんだよ。
まあ、喜んでるなら、いいか。
「受験終わったらしてあげるね」
「何でだよ。やめろよ」
合格発表の看板の前で、彼女がそんな事を得意げにしてきたら反応に困るだろ。それにちゃんと返されても困るだろ。周りも困るだろ。落ちたやつに殴られ…ないな。
それに、そんなのされてねーよ。
やっぱり彼女とは違うんだよな…
ただ少しずつ、君に魅かれてる。
はは…僕は最低だな。ほんと最低だ。
裏切った気持ちになるなんてな…
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