達人。@越後屋のの

 焦燥に駆られ、小走りで路地裏を抜けるです。


 モヤモヤした正体が知りたいと、私は素早くシャシャっと駆け抜けるです。


 気分は怪盗なのです。



「ちょっとーのの〜遅いぞー」


「本当性格悪くてその上運動音痴とか? あはは…ののちゃんは可愛いなあ」


「ぜーはっ、ぜーはっ、うるさい、です、よ、はっ、はっ、も、ちょっと待って、死ぬ、です、休憩、するです」



 体力馬鹿の加代とそつなく何でもこなす茉莉にいつものように愚痴られます。


 私はPなのですよ! 体力担当じゃないのです!



「しっかし、結構遅くなったな。真っ暗だ」


「結局ジュロット行くんだもんね。仕方ないよ。ツンツンしながら買うとかもー可愛いなぁ」


「るっさい、ですよ、そんな、じゃない、です、はぁ、はぁ、鼻を、突き抜け、るです、あそこ、のチョコ、ミントは、し、死ねる」


「…ま、美味しいしな」


「ね」



 パイセンの家の近く。小さな公園までやっと着いた。息を整えて、隙を見せないようにしないといけないのです。


 でもこの辺ってこんなに真っ暗だったです? 灯りが…家の灯りが全然ない?


 加代と茉莉はこの辺にあまり来たことないから知らないでしょうけど…


 あ…誰か来たです。



「こんな時間にどこへ? 後輩さん達。もうご飯の時間だよ?」



 現れたのは森田先輩だった。


 この人…家は反対方向なはず…この場所とこの時間に何を…?



「森田、先輩…どこでもいいのです」


「ふふ。柏木くんの家に行くのは駄目だよ? 今日はバレンタインだからさ」



 そんなこと知ってるです。


 私はただこのモヤモヤの正体が知りたいのです! 


 …なんでそんな事わかるです?


 すると茉莉が前に出て口を開いた。



「森田先輩って柏木先輩狙いじゃないんですか?」


「んー? それあなた達に言う必要あるかな?」


「だったら私達の邪魔もやめてくださーい」


「そうだそうだー」


「そ、そうです! 私達はただパイセンの処に会議に行くだけです! なんで邪魔するです!」



 すると森田先輩は無言でプレッシャーを掛けてきた。


 後ろに通さない、圧。


 姫様と同じ…強者特有の圧を感じる…だと…?


 姫様と一緒の時は感じなかったのに…


 そう思って見つめていると、森田先輩は少しだけ寂しい顔をしながら意味のわからないことを言ってきた。



「んー…? そうだな〜…海に行きたいからかな〜」



 馬鹿にして! 答える気がないじゃないですか! 腹立つです!



「……勝手に行けばいいです。茉莉、加代。強引に行くです」



 二人は黙ってこくりと頷く。


 流石幼馴染達なのです。


 すると森田先輩は右手を突き出し、指パッチンしながらつぶやいた。



「なら仕方ないね」



 すると月明かりに照らされたツインズみたいに瓜二つの少女が、左右から現れた。



「子猫ちゃん達。二人の邪魔はさせないわ」


「ボクもね。させないよ」



 真っ黒クソ野郎じゃないですか! なんで森田先輩と?! いつの間に…? しかも二人? 何が起こるです?

 


「女装子先輩が…二人〜?」


「しっかし似すぎだろ」



「あは。似てるでしょ? 三好くんのお姉ちゃん。杏奈だよ。終わってるって意味で姉妹だよ。諦めないならちょっと遊んで行きましょ。人気のないところ、三好くんがよく知ってるからさ」


「ああ、ボクに任せてよ」



 ひぃぃぃ! こいつの毒牙にかかった奴はうちの学年にも居たです!



「お、犯されるです…!」


「うーん、女装前の先輩だったらな〜一回くらいアリだったんだけどなーんー記念受験かー悩む〜」


「茉莉…お前……」



 この人には昔から嫌悪感があったです。姫様に言われたから調べたし、あのイベントも躊躇なく実行したし…でも昔から…昔から苦手なのです。


 うん? 記念受験って何です?



「はは。そんなのしないよ。ボクはサポートだよ。シャドーでもいいけどね」


「翔ちゃん。それは烏滸がましいわ。価値観を変えてあげるだけでいいの」


「んふ。越後屋さんは大丈夫だよね」



 森田先輩はそんなことを言ってくる。意味はわかるけど、誰でも良いわけじゃないのです! それに、今回は違うのです!



「そ、それを確かめに行くです! だから邪魔するなです!」


「んー…? うん? そっち? 姫じゃなくて? …何か…変わった…? んん? 誰か暗示でもかけた? 解けかけ? いや…なわけないか。でも今日は大事な日だからなぁ…ならせめてこれを見せてあげるから、確かめてからにしてみたら?」



「……何です?」


「ふふ。動画。見ればわかるよ。こっちにおいで」



 動画…何か嫌な予感だけがするです。私の小さな小さな心臓が、ドッドッドッって鳴ってるです。


 その音に呼応するかのようにして、片方の真っ黒クソ野郎は情け無い顔をしながら、森田先輩に詰め寄った。



「も、森田さん…はぁ、はぁ、ボクにも…はぁ、はぁ、そ、それを、バレンタインだし、いいだろう?」


「全然よくないよ。三好くんは駄目。杏奈、あとは任せたわ。しっかりね」


「はい、お姉様。翔ちゃんったらまた鬱勃起したいんでしょう? いけない子ね…でもその切ない表情が、はぁ…お姉ちゃん堪らないわ」



 何言ってんですか?! この人達の会話が全然わかりませんけど!? 兄妹でしょ!?



「この人達、何なのです?!」


「あーののちゃん、この人達、達人だよ〜茉莉は見ない方がいいと思うな〜」


「でも達人ってことは達人動画だろ? のの! 行ってこい! 肥やしにしろ!」


「結局どっちなのです!?」



 いや、私はここ北里に代々続く、越後屋の娘。越後屋ののに撤退の二文字はないのです! 逃げたら一つ、ママンの折檻になるのです!


 それは嫌なのです!



「森田先輩。いいでしょう。私もPを目指す女…その動画、くまなく採点してやるです! ただし! 面白くなかったらすぐ道を開けるです!」


「いや、そういうのじゃないけど…なら、全部見てね」



 森田先輩は、何故か呆れた顔でそう言った。

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