マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン。@柏木裕介

 バレンタインデー。


 言わずと知れた国民総選挙の日。いや、なんか違うな。いや、まあまあ近いか。人気投票みたいなところもあるしな。


 選挙前のように、急に優しくなる男子とかもいるしな。普段からやれよ。一年何してたんだよ。


 それは言い過ぎか。


 あまり意識したことはないが、会社員の頃は良く貰っていた。


 告白されることは何度かあった。


 その度に心を痛めてしまう。


 断るのも、結構心にくるものだ。


 お返しはきっちりする方だったが、その場で断った後のお返しはかなり勇気がいったものだった。


 手紙か…


 朝、下駄箱に入っていたのはチョコではなく手紙だった。


【柏木パイセンへ】


 何故か差出人の名前はない。


 だがわかる。


 これ…絶対越後屋だろ。だって文字が呪いみたいな書体だし。フォントファイルに入っていてもあまり出番のない…隷書体じゃなくて勘亭流じゃない。なんだっけか、古印体…だっけか。普通は入ってないか。


 あいつ、いちいち手間暇かけるよな。オタ要素はデザインには必要だったりするが、あいつの場合嫌がらせに使うんだよな。高校の時も…あん? 高校は…されてないのか。


 最近夢と現実が区別つかないんだよな…悪夢は華に告白してから頻度は下がっていたけど…


 その代わりに台頭してきたのが、この時代の夢だった。ただそれは体験していない過去で、越後屋にはなんか高校までウザ絡みされた感じがする夢。


 そういえば、病院で見た夢もそんなような感じだった。


 なんだろうか。


 何かキッカケさえあれば、思い出せそうな。歯痒いな。三好からの動画もまだ全部見てないしな。



「華、これ。中は見せれないけど、一応」


「あ、うん。平気だよ。多分ノノちゃん」


「だよな…なんだろか…うわっ?!」


「柏木くん…おはよ。これ…チョコレイト…あ・げ・る…」



 何かと思えば、森田さんのモーニングバックアタックだった。


 朝から背中にTNTだった。


 耳元に甘く痺れそうな声色と、金木犀の香りが鼻をくすぐる。


 小さくて丸くて赤い箱に黒のリボン。それをお腹に押し当ててくる。


 この格好…完全にアウトなんだが。



「私の…気持ち…いだっ!? あ、姫いたの」



 振り解こうと声を出す前に、華が彗星を〜マウスピース飛ばす一撃ドォンワンツー…はかまさないか。


 森田さんも首をグルンと回して衝撃逃してるぽいし…


 これこの場で断らなきゃいけない…が、このあとわちゃわちゃしそうで言いだしにくい。


 いや、別に告白されたわけじゃないからいいのか。


 いや、気持ちだしな…



「薫ちゃん…わかっててやってるよね?」


「あ、もしかファーストバレンタインだった…? あはははがっ?!…ねぇ。余裕ないの? 冗談じゃん」


「チョコレイトは帰ってから渡すの。大事なのはエンドなの。じゃなくて、わたし裕くんの彼女なの。なんで無視出来るわけ? なんで取り合いみたいな雰囲気にならなきゃいけないわけ?」


「それはね、姫。この国は法治国家なの」


「…いきなり何?」


「彼氏彼女って、何にもどこにも載ってないの。ただの他人同士なの。だから付き合うなんて姫のただの思い込みなだけなの。知ってた? あはは」


「ッ…へぇぇ他人かー…じゃあそれなら幼馴染なんだからやっぱり一番近いんじゃないかな、わたし」


「ッ…じゃーあれも一番近いわけ?」



 森田さんの指差す方には、隠れきれてない三好がいた。


 チラチラこっちを見ている。


 いや、お前は超絶悪いスライムみたいなドロドロした何かだ。


 こっち見んな。



「なわけないでしょ! はぁ…裕くん。ちょっと行ってくるね。ハートブレイクしてくるから。教室で待っててね」


「あ、お、おい…」



 三好は一目散に逃げ出した。それを仕留めに華は追いかけていった。


 早え。


 ショーパン履いてるとはいえ、スカートが揺れてソワソワしてしまう。


 それと確かに三好が手にしていたのはハートの形のチョコだったけど…ブレイクするのはチョコなのか心臓なのか失恋なのかどっちなんだ。どれなんだ。


 というか三好も僕にではないだろ。


 そう信じたい。


 というか人のモノというか人壊したら犯罪だからな…三好ならいいか。


 それよりも話さないといけないか。



「森田さん、ありがとう。でもこれ」


「ううん、わかってるよ。でも受け取って。それでね。ホワイトデーの日にね。あの金木犀のところにね。来て欲しいの。お願い……あの日のことは、黙っておくからさ」


「あの日も何も全部話し───」


「違うよ? 三好くんの家でのこと。ね?」


「…いや、特に何もないけど…?」


「ふふ。そっかぁ。三好くんとエロビ見てたの言っていいんだぁ…しかも二時間くらいお姉さんのお部屋にいたよね。もしお部屋に入った時刻と出る時刻の動画があったなら、浮気って成立するかなぁ…どう思う?」


「…ど、どうでしょうね」



 エロビて…つーか知らねーよ! もうちょっと時間いるんじゃなかったっけか? というかそれ不倫だろ! 裁判だろ!


 そもそも何で知って…って三好か。あいつほんま…つーかなんか最近華が思い詰めてる感じがするから冗談でもやめて欲しいんだが…


 それにただ寝てしまっただけだから…ってほんとに浮気みたいで嫌なんだが…



「ふふ。お返し、期待してるね?」


「……絵でいい?」


「ふふ。うん。大好き…じゃあね」


 

 森田さんは、そう言って自分の教室に向かって行った。


 大好きって…絵で大丈夫ってことだよな? 

 

 勘違いしそうになるからやめて欲しい。


 というか超怖え。


 これ絶対証拠掴んでるだろ。


 あの日は本当にいつの間にか寝てしまっていて、起こされてから高校の話をしただけなんだが。


 杏奈さんは、どうやら母校…僕が行っていた高校に編入したらしく、受験頑張って、よろしくね、後輩くん、みたいな話だけだったが。


 でももしかしたら居ないかも、とも言っていたな。我慢していたのに、なんでやねんとすぐさまツッコんでしまった。


 意味が兄妹ともにわけわからんかったな。


 だから事細かに伝えなくてもいっかと思ってたのに。


 ……思い詰めた華に悪魔の証明か…


 怖えぇ…まさかの告白がこちらからかよ。


 森田さんとの一件を話すのでもまあまあ怖かったのに…


 僕には浮気も不倫も圧倒的に向いていない。


 というか、バレンタインがこんなにも背筋が凍るようなイベントになるとは…


 遠巻きに中学生の青春眺めてほっこりするつもりだったのに。


 そうだ。もっとこう、女の子が勇気出して意中の男の子にチョコをあげようとするも、あと一歩の勇気が足りないどうしようどうしよう。そうだ、わたしの敵はわたしです〜ふぁいと〜闘うきみーの唄をー…って何もかも全然違ったな。


 あかん、余計怖なったやん……都会に出たいクラスメイトにでも聞かすか。放送で流すか。きっとビビり散らかすだろう。


 そういや呪いの手紙もあったな…どれどれ…やっぱりガチ百合からの呼び出しかよ……メッセ最近無視してるからなぁ…


 だってウザさの方向性が微妙に変わってきたんだよ。あいつ媚び売ってくる戦略に切り替えてきたし。どんな戦術でも百合の間には立てねーよ。


 無視だ。無視。あのフォント、ほんとは納得いってないからだろ。

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