ウツボカズラ。@柏木裕介

 放課後、今日は三好の家に来た。


 華は森田さんとタイマン、違った。バレンタインという名の話し合いがあるらしい。


 僕は森田さんとのことは全てゲロった。


 お咎めは…今はよそう。


 三好の家にわざわざ来たのは、呼ばれたわけではない。こいつに用があるわけでもない。



「お邪魔します」


「はーい」


「やめろ。猫撫で声はやめろ」


「ふふ、なんだい、裕介。ボクのこと、きっちり意識してるじゃないか」


「するかボケ」


「ッ…きつい言い方だね…? 裕介も本性を隠してたんだね。嬉しいよっ」



 お前と一緒にすな!


 というか今の僕はお前がカタチ作ったんだろうが!


 この時空で言っても仕方ないけどよぉ。



「ちげーよ。いろいろと違う。とりあえずはよ見せろ」


「まあまあ。慌てない慌てない。部屋に行っててくれよ。最近はコーヒーで良かったよね」



 しかし、るんるんと終始テンションたけぇな…あれ? もしかして僕の貞操ヤバいんじゃね? 今のこいつは無敵だろ?


 こいつの出す飲み物は飲んではいけないな。


 ヤリサーみたいなのは嫌だぞ。


 絶対動画とか写真で脅されるやつだろ。





 そう、写真だ。こいつが持ってる写真に用があったのだ。



「でも珍しいね。裕介がボクを頼るなんて。しかも懐かしいキングっぷりが良き」


「だーってろ」



「ふふ。はいはい、これ。あの頃の写真。この一冊にまとめてあるから」


「…えらい大きいな…」



 手渡されたのは青いアルバム帳で、Lサイズと呼ばれる何かめっちゃ重いやつ。蔵から出てきそうな程古めかしい重厚感を放ってる。


 これは僕と三好がまだ一緒にサッカーをしていた頃の写真が収められたアルバムだ。


 実はこの頃の記憶が曖昧で仕方がないのだ。多分父さんを亡くした時期くらいで、そのショックからあまり記憶がないのか、酷く曖昧だった。


 だから補完するためにわざわざこの食中植物みたいな奴のところまで来たのだ。


 なぜならこいつは僕の写真ばかり集めていた、ということを最近アリちゃんに聞いたのだ。


 怖えよ。


 うちにはこの頃の写真はない。父さんと写っていたのが辛くて捨てたのか、仕事で忙しかったのか、とにかく一枚も無いのだ。唯一あるのは集合写真だけ。スパイクもボールもユニもない。


 遺品整理した時もなかった。だからサッカー自体、本当にしてたかどうかすら怪しいくらいの記憶だった。


 母に聞けば知らないと言う。知らないことはないと思うが、僕がもしかしたら捨てたのかもしれない。


 それに、あのブレた景色、どうも見間違いじゃない気がしてならない。


 おお。懐かしいな…ちゃんと笑ってる。


 なんだ、見れば思い出すじゃないか。


 動いてる映像もちょっと見てみたいな。


 誰か撮ってなかったか?



「ああ、そうだ。動画もあるよ。ちょっと待ってて。あっ…」


「……」



 画面には三好と、多分姉の杏奈が映っていた。顔くりそつだし、姉貴だろう。


 でも素っ裸で映っていた。


 お前の姉貴とのホームビデオは要らないんだよ! 何してんだこいつは! 見せるんじゃねーよ!


 というか…工事はまだだったのか。いや、親が許さないか。当たり前か。



「お前…」


「あはは、ごめんごめん。間違えちゃったよ。すぐトるから心配しないでくれ」


「…」



 撮る? 取る? 捕る? 盗る? 録る?獲る? どれなんだ?! どれも心配だろ! こいつが言うと全部に聞こえてくるぞ…くそっ。


 いや、ツッコまないぞ。


 僕はツッコまないからな!



「ああ、これだよ。これ。この時の裕介はほんと格好良かったよ…今観るときゅんきゅんくる」


「やめろ…お前に言われると微妙だろ」



 今度はちゃんと小さな子供達が懸命にボールを追いかけている動画だった。


 時折入る声援から、撮ってたのは三好の母だろう。


 画質は粗いし手ブレも大きい。


 けど、僕だ。あの頃の僕がいる。


 まあ、でも上手いっすね、僕。


 平気で五人とか七人とか抜いてるし。


 自画自賛するわけではないし、上手い下手はともかく、すごく楽しそうだな…



「はい、コーヒー」


「サンキュ」


「…ボールが視界に入ると、やっぱり何にも見えなくなるんだね…」


「あん?」


「何でもないよ」



 何言ってんだ? 


 それよりこの表情だ……楽しそうで…でも…それなら簡単に…すっぱりと止めるか…?


 確かに一定の成果を出せば、熱意が下がる性格で、そうなった時は無理矢理奮い立たせていたが…それは華を諦めたからこそ身についた部分もあるか。


 この小さな頃の記憶がない、なんてことは無い。無いが、どうも画面の向こう側の別人感が強い。


 自分のことなのに、足元がおぼつかない。


 画面の中の僕は、足裏を上手く使いまくってんのに。ルーレットとかバンバンかましてんのに。


 イキってますなぁ…


 あーボール蹴りてえ!


 蹴れば思い出したりしねーかな…ダイヴするんじゃなかった。


 やっぱりアレが全て狂わせてる気がするな…


 何度目かのシーンが終わると、不意に三好がこけるシーンがあった。



「懐かしいな…この時ボクは怪我をしたんだ。どう見ても足を掛けた相手がいないのにね。みんな役者だなとか嘘吐きだとか言ってたけど、明らかに何かに引っかかって転んだんだ。一時期は狼少年なんて言われてさ。でも裕介だけは信じてくれた」


「ああ。思い出した。覚えてる。…何かを……拾った覚えがあるぞ…」



 なんだっけか。確か丸い…グニグニとした…誰かにあげたんじゃなかったか…? いや、華が欲しいって言ったような……?


 つーか狼少年なのは間違えてないからな。


 あ、三好と僕が肩組んで笑ってる。その当時こいつはまだ純朴で素直な…いや、もう想像できないな。笑えないな。



「今思えばその時から…ボクの心は…はは、そ、それでこれがどうしたんだい? 懐かしむためじゃないんだろ?」


「ああ…いや、これ…動画全部貰ってもいいか? あとアルバムは貸してくれ」


「コピーでいいならいいよ。全部あげるよ。アルバムは貸すよ。ボクの大事だし返してね。それと交換ってわけじゃないけど、姉さんに会ってくれないかい…? 少し話したいんだってさ」



 三好の姉、杏奈さんは、小学校の頃よくしてくれた女の子だったと思う。よく笑う…いや、少し暗い表情だったような…あかん、さっきので上書きされてもた。



「いいけど…姉貴って、お母さんについて行ったんじゃ…なかったか?」


「ふふ。ボクの事が好き過ぎて、戻ってきたんだよ」


「そういうことか……とりあえず近親相姦は沼らしいからな。気をつけろよ」


「ボクはデータを移しておくから姉さんの部屋で待っててよ。二人きりが良いみたい。すぐ帰ってくるから。適当に座って待ってて。隣の部屋だから」


「聞けよ……え? 二人で?」


「なんかボクには内緒話なんだってさ。酷いよね。それとも…ボクと同じ部屋で──」


「その圧はやめろ。行ってくる」



 お前と何にも無しで会話とか怖くて堪らないだろ。


 それより初対面近い姉の方がまだマシだ。裸見たから気まずいが。



「行ってらっしゃい。ああ、いつか聞かせて欲しいことがあったんだ。裕介がサッカーを辞めた日のことで。また教えてくれよ」


「?…お、おう。思い出したらな」



 ちゃんとアルバム見ないと思い出せないな。サッカー辞めて、絵を描き始めた、くらいの記憶だ。


 細かいシーンは覚えてないぞ。





 入った部屋の中は、何というか、簡素なものだった。机、ベッド、以上。


 ミニマリストか…すごい殺風景だな。


 しかし、女子高生の部屋って、そんな簡単に入っていいものだろうか。


 考え過ぎか。


 それにしても話って何だろうか。もしかしたら三好の…相談か…?


 といっても何にも答えられないぞ。


 むしろ知らない事だらけなんだが。


 全然知りたくないんだが。


 うわ、めっちゃ嫌なんだが…まあ、データ移すまで仕方ないか…


 つーか、この時代死ぬほど遅かったよな…忘れてた。迂闊に全部くれなんて言うんじゃなかったな…


 ただ待つとか眠いな…暖房効きすぎだろ。


 アルバム見ながら待つか…ふぁ。


 それにしても…なんか…監禁部屋みたいだな…床以外何から何まで全部真っ白だし…ふぁ。


 まあ、そういう人も中にはいるか…

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