空愛嵐。@柏木裕介

「こんな、とこ、登るもん、じゃない、な…あかん、も、無理、あー…しんど…」


「あはは。怪我だから仕方ないよ」



 日曜日の昼過ぎ頃。今日は森田さんとリハビリがてらに、少し足を伸ばして散策していた。


 華はすることがあると、越後屋のところに行った。どうやら写真を撮らせるらしい。



「いや、もともと、僕は、虚弱、だから」


「それ、柏木くんの思い込みだよ。振れる振れる」


「何を、だよ。ふー…登った登った…良い空だ…」



 石の階段に腰掛け、空を見上げ呟いた。


 タイムカプセルで思い出そうとした時に頭の中を過った幼い頃の音声のない記憶。


 それを確かめるためにと、この高台にある神社までやって来た。


 佐渡神社。


 赤い鳥居と小さなお社と二匹の狛犬と掘立小屋のみの神社で、昔甘酒をもらった記憶がある。


 ここの脇に小道があり、そこを抜けるとこの生まれ育った町が一望出来る。


 そこでこの町を見下ろした構図で描いたはずだ。



「ふー…この脇道を抜け…うぶっ?!」



 …なん、で…なんでこんなとこで…お前…うぶっおぇ…



「はい、ここだよ」



 急な吐き気に対応するかのように、森田さんは黒いビニール袋を出してくれた。幸いまだ吐き出してないからと、移動しながらその場を離れた。



「用意…良過ぎないか…?」


「いや、骨折ってさ、普通は心身ともに大ダメージなんだよ? だからこんなとこ登ったら吐くかなーって。それより…」


「ああ…三好と…」


「田淵くんだね。そりゃ吐くよ」



 やっぱりか…具体的な描写は避けるが、なんでこんなとこで男とイチャイチャしてんだよ!


 ポニテにしてるから一瞬華かと思っただろ! 三好ぃぃぃ!



「終わるまで待つか…」


「そだね」


「冷静だな…」


「まあね。私偶に三好くんのスカイラブハリケーンに遭遇してたから」



 わかる。


 まさに青空だし、ラブだし、胃がハリケーンだし。嵐に遭遇したようなものだし。


 でもそれあかんやろ。



「いろいろまずいからその表現やめろ」


「あはは…って、ここ登る時に私言ったじゃん! 本当にいいのって!」


「青空教室だとは思わないだろ!」


「私だって今日とは聞いてなかったよ!」


「……聞いてなかった…?」


「そ、それより隠れよ! こっちこっち」


「あ、おい、わかったから押さないでくれ…登りたてだし、ほんとに吐くだろ…」



 ほんとあいつどうなってんだ…BLを別に否定はしないが…いや、もはやBLではないか。


 なんだっていいか。




 

「ここだ…」


 この北里を囲むようにぐるりと配された低い峰。川が一本大きくうねり、河口へと続いているが内陸部のため、海は決して見えないこの景色。


 この故郷を一望出来るこの場所で、僕は描いた。


 市の絵画コンクール。


 小学生の時、ここに自転車で出掛けて、この景色をちまちま描いて応募した。


 はずなんだけどなぁ…



「どしたの?」


「…ここにくれば…いや…良い眺めだよな」


「んー、私は…そうは思わないかな」


「そうか…?」



 いや、思うだろ。いい景色だし。


 いや、三好カラミざかり見た後じゃ仕方ないか…


 それに、これは一度都会に出たからこその感想か。


 普段ここで何気なく過ごしていて、多感な中学生ともなれば、変わらない日常に違和感を感じたり、ぐるっと四方を囲む低い峰が退屈な牢獄に感じたりするのだろう。


 僕にはなかったが、タイムカプセル製作時、ここを離れたいと言っている子はクラス内にいたしな。


 それより絵だ。記憶だ。


 描いた絵の構図の真ん中にはあの病院があって、きのこたけのこの木が…ああ、これってあれだったのか…ってあんなに整えられてなかったような…?


 それになんか…ブレて見えるぞ…?



「あん? なんだ…?」


「どしたの…霞目?」



 目を擦りもう一度見ると、小さくもイケてるきのこたけのこくんの様子は変わらなかった。



「いや…見間違いか…なあ、森田さん…」


「んー? なぁに?」



 やっぱり変だ。既視感というか、デジャヴというか。悪夢の続きというか。


 今は無いが、懐かしい赤と青のアナグリフ式メガネみたいに、二重にズレ重なって見える瞬間がある。



「あの推しウッド君…病院の金木犀ってさ。ずっとあそこにあったか? 一回…倒れたりしてないかってうがぁぁあッ?! 痛え!! 急に何を…お、おい、抱きつくな…よ…って……」


「…うん…うん、ごめんね、ごめん。あはは、はは…ちょっとこのままにさせて…お願い…お願いします…」



 僕は空を見上げた。


 森田さんは強烈なタックルをぶちかまして来た。そして当たり前だが、右足と松葉杖では耐えきれず、二人して草むらに倒れ込んでしまった。


 そして森田さんは覆い被さりながら、僕の胸でさめざめと泣き出していた。



「……わかったよ。何かは…聞かないけど、ちゃんと華には言うから、気にせず泣け泣け」


「…こういう時は、ぐすっ、2段発進しても、いいんじゃない、かな。ぐすっ、姫出すとかさぁ…あー、もー…馬鹿。ぐすっ、柏木くんのバカ…ほんとばか」



 馬鹿は構わないし、本当だから気にはしないが、なんでまたスカイラブハリケーンで例えるんだよ。


 なんとなくわかるけども。


 これは森田さんなりの、わかりにくい気遣いか…というか泣いた女子の慰め方なんて、愚痴聞くくらいしかわからないぞ…



「…柏木くんの…チビ、ちびっこ」


「違った。誰がチビやねん」


「違うも何も柏木くんじゃん」


「それじゃねーよ。それに今からおっきなんねん」


「ふふ、そうだね…そうなったら…いいね」


「なるっちゅーねん。見とけよ。というかのの字を書くんじゃない。やめろ」


「……ケチんぼ」


「ケチとかじゃないだろ。ケチってなんだ。あ、も、もう泣き止んだんだろ? そろそろ──」


「もうちょっと。お願い。そうだなぁ…あと一年、あと一年」


「長いだろ。スカパンクっぽく言うなよ…はぁ…母さんのか…」


「そ。借りたの。お母様って、やっぱり変わってるよね」


「…まあ、そうな。じゃなくてだな」


「ね。行けるとこまで…行こう…?」


「…何言ってんだ。母さんみたいに話を飛ばすな。インストールすな」


「ふふ、ひどいなぁ…それにほんとのことは…言わないよ。それに冗談だよ…冗談。あ、そういえばこの間お母様がさ──」



 もう、大丈夫か…


 そんなやり取りをしながら、流れる白い雲の行く先を、話しながらも、ぼんやり追いかけ眺めていた。


 見えない未来を夢見てか…今は過去が見えないんだが。


 つーか、森田さんがあったけぇ。


 コレやべぇ。


 金木犀の香りもやべぇ。


 森田さんのTNTもやべぇ。


 やべぇ、華に何て言おうかと直近の未来を想像して凍えそうになる心で誤魔化そう。


 そうだ。今の僕ごとき、さっきみたいに簡単に吹き飛ばされるんじゃなかろうか。


 ただでさえ、華の放つ特定のキーワードとボディタッチで頭の中がぐちゃぐちゃになるのに、これ以上はいけない。


 もし仮にキーワードと彗星がセットだったら思考回路はショート寸前…どころか焼き切れるんじゃなかろうか。一周回ってミラクルなロマンスになるんじゃなかろうか。


 あかん、駄目だ。何にも浮かばねぇ。何が駄目とは言わないが、このままだとあかん。


 いかんいかん寧静だ、寧静。


 ぬぇい! せぇぇぇい!! 除夜ッッ! 


 あ、神社だった。



「あ、ほんとだ。おっきしてる」


「言うんじゃねーよ!」



 三好のことあんまり言えねーじゃねーか…これ。

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