タイムカプセル。@柏木裕介

 教室内はざわざわとしていた。隣と話す子や、真面目にプリントを読む子、難しい顔の子など様々だ。


 今日の五、六限はタイムカプセルの製作に当てられていた。


 タイムカプセル、それはこの中学の伝統行事で、卒業式の日に二宮尊徳像の下の台座の裏に保管し、15年後の30歳になった年に案内が届き、当時の担任の先生なども集まって一人ずつ返してもらうイベントだ。


 記憶と違うのは、実際には量や盗難、湿度や温度といった保管問題から視聴覚室奥の部屋に、後日移されるということらしいが。



 谷川先生の配布したプリントに沿って進めていく。


 …一度経験した事のはずだが、この授業も思い出せない。


 プリントに目を通すと、まず始めに1、タイムカプセルは”今”を知ること、と書いていた。


 続けて、2、受け取る”15歳の気持ち”と”見つめなおす30歳”とある。


 そして最後に3、書くだけではなく残す意味を考えよう、と続いていた。


 谷川先生は言う。


 

「えー、自分で書き、自分宛てに送るものなので、書く内容は自由です。皆さんにはまだまだわからないかもしれませんが、記憶…つまり思い出とは常に甘酸っぱいものであり、どんなものでもきっと尊いものとなります。えー、例えば私と妻の話ですが───」



 また始まったな…


 いったい第何章までいく気だ、この先生は。


 人に歴史ありとは言うが、中三には想像しにくくて辛いだろ。しかも孫できるまでとか長いだろ。


 ただでさえこの時代より未来は晩婚化にスパーかかってんのに…


 というか全然覚えてないのはこの先生の長話のせいじゃないだろうか。


 ほら、みんな聞いてないし。


 いや、華はめっちゃ聞いてんな。


 両の耳に手を添え、聞き耳立ててんな。



「えー、「こんな事書いていた」という驚きや「懐かしい」と思う事はとても価値のあるものです。なのでそうした身近な出来事を綴ることは、卒業間近の今を振り返る意味でもとても意味のあることだと先生は思います」



 

 一度目に書いた内容は…いや、やっぱり思い出せない。


 多分受け取れば思い出すのだろうが、それでもあー、これね、書いた書いた、みたいな感じになると思うが…


 しかし、これはどう考えれば良いのだろうか。


 プリントには、将来への希望、自分への期待、こうなっていたいという願望、とも書かれている。


 これなぁ…


 なんというか、華を諦め、地元を捨て、ガムシャラに生きてしまった結果出来上がった価値観を持つ僕が、将来という体験を既に果たした僕が、書いていいものだろうか。



「えー、自分を見つめなおすきっかけにもなりうるものになるので、より明確に…そうですね、目標や将来の自分への決意表明をするような。また、今現在の抱えている不安や悩みも振り返ることができるので、自分を見つめなおすという意味でも非常に有効的です」



 谷川先生、めっちゃ三好見つめて言ってんな…


 わかる。


 それにしても自分を見つめなおすか…


 正直なところわからない。


 その当時も、もしかしたらわからなかったかも知れないが、タイムリーパーだと尚更わけがわからない。



「受け取った未来の自分は、その手紙と30歳の自分を照らし合わせてみて、振り返りや反省をするでしょう。えー、まだまだ想像しにくいでしょうが、もしかしたら30歳で抱いている不安や悩みを笑い飛ばせるかもしれませんよ。それと、今日完成しなければならないというわけではありませんので、皆さん自由に進めてください」



 それ、受け取ってないんすよ…センセ。


 でも多分笑えなかっただろうな…それが怖くて案内状を捨てたんだし。


 そして靴を履いて、玄関開けたまでしか記憶ないし。


 しかもその中学時代の思い出、これ二度目なんだが…どうしたものか。


 バタフライはもう気にしなくていいか…というか出来ないし。もう記憶と変わり過ぎて無理だ。



「裕くんは何を書くの?」


「…いや、まあ…」



 華に尋ねられたが、答えに困る。


 いったい何書こうか…本気でわからない。


 もう一度あのそれなりの幸せ、その生活に戻ろうと気勢を上げて頑張ってきたが、今年に入ってからは目まぐるしく状況が変わってしまった。


〜何日もドーアをたたきーつづけーて〜ふるえてたよ〜けして寒さのせいじゃないの〜さ〜


 曲調も意味も僕の気持ちと全然合ってないが、まさにこんな感じだった。


 それと故郷から出た人間ならわかると思うが、生まれ育った町の居心地はやっぱり良いんだよな。


 一番わかりやすかったのは空気だ。匂いと言ってもいい。毎朝目覚めると未だ感じてしまう朝の空気と部屋の匂いが安心させてくれる。


 15年に渡って染み付いた匂いは、鼻の奥を辿り簡単に脳を揺さぶってくるということだろうか。


 まあ、若干記憶と違う匂いかなと思わないでもないが、やはり五感を刺激する郷愁の匂いと言うか。


 そりゃあインフラの整った都会は住みやすいが、無機質だし、人の距離も違う。それが以前の僕にとっては丁度良かったし、評価が支配する街の方が都合が良かった。



「…裕くん…?」



 華が不思議そうな顔で、でもしっかりと僕を見つめてくる。


 最近は7秒ルールだそうだ。何でも恋に落ちる秒数らしい。撮影のパンやマジで恋するやつならわかる。けどその7秒には具体的な根拠はないそうだ。5秒もか。意味違うか。



「考え中だ…華も集中しろよ」


「…う、うん…」



 この町を出て行くことに決めたのはいつか話した夢の続きを、ってわけじゃなかったしなあ…


 華との未来か…やっぱり真剣に考えねばならないか。まだまだ怖くてたまらないが。


 そうだ。うちの母もだ。あの人なんかやらかしそうで怖いんだよ。


 30歳なんてこの当時ジジババくらいに思ってたけど、全然若いしな…


 というか、何書いても自由なら、もう詩とか絵とかでいいんじゃないか…?


 ……?


 いや……待てよ? 確か…前にもそんなことを…そして何かを描いた記憶がある。


 あん? あの推しウッドくんを…描いたんじゃなかったっけか? 誰かに…腕を引っ張られて…


 あかん、何故か記憶が小学校くらいまで遡ってしまうぞ…いや、あの推しウッドくんとは初対面だったはずだ。


 コンクール取れなかった腹いせに…いやさリベンジに描いたような…微かな記憶も…?


 いや、コンクールの絵は…佐渡神社からの眺めだったはず。


 うげっ、気持ち悪い…この事を考えようとすると吐き気がすごいな…!


 なんでだよ!


 まったく整ってないからか…?


 伽耶まどかの絵も含めて、何か大事な事を……忘れてないか、僕は。

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