君はデリンジャー。@円谷華

 時刻は午後の10時。


 部屋にある姿見の前で笑ってみる。


 立ち上がりポーズをとってみる。


 膝に手を置いて寄せてみる。


 のけ反ってS字を作ってみる。



「うーん…うーん? う〜ん…はー…う〜」



 唇に指を当てる…


 溜息が漏れ出てしまう。


 額に人差し指をつけ、唸る。回る。む〜。


 わたしは充分にいい身体をしていると思う。


 決して自慢ではないが、良いスタイルに成長したと思う。


 その事実に感嘆としている訳じゃない。


 裕くんには、これを使い、存分に発散して、過去なんて忘れて、毎日の活力になれば本望だ。


 なのに…ない。


 裕くんが、過去に飛んできたというのなら、未来に飛ぶ可能性がないとは言えない。ましてやいつ飛ぶかもわからない。


 その時、目の前の裕くんは今の裕くんではないかもしれない。


 薫ちゃん曰く、記憶を飛ばした裕くんかも知れない。


 もしかしたらと、薫ちゃんは言った。


 私の記憶を無くした柏木くんは、未来から来た柏木くんだったのかも知れないと。


 薫ちゃんは過去、何度も記憶を飛ばされたと言う。


 それはつまりなかったことにされるという事だ。


 ただそれは、本当かどうかわからない。


 まあ、薫ちゃんは運命じゃないから飛ばされても仕方ないとは思う。


 だけど、例えばそうだとするならば。


 わたしがデザインした、癒した、告白された、告白した、キ、キスした、タイムリープした、裕くんではないのかも知れない。


 そしてその時空を飛んだ先で出会うわたしは、わたしじゃない第二第三の華かも知れない。


 それどころか、あの悪夢のように、まったくわたしと会えないかもしれない。


 けど、それはいけない。


 正史じゃない。


 全て却下だ。


 そんなフューチャーには返さない。


 そう、だからわたしが華イチ。


 決して華ツーなんかじゃないの。


 わたし以外わたしじゃないの。


 そう、ここはわたしのワン&オンリーの世界。


 そこにまんまと裕くんがフューチャーから来た。まんまはおかしいか。


 でも、だって、救ってくれた。嬉しい。


 助けてくれた。嬉しい。


 だから、嬉しいのが欲しい。


 そんなことは無いと信じたいけど、未来に飛ばないように、この世界に止めるクサリでクサビで…クビキ? が欲しい。


 そんなことは無いと信じたいけど、もし未来に飛ぶとするのなら、せめて錨が欲しい。


 わたしの心の水底にまで届く錨が欲しい。


 それを思い切り引っ張り上げ、雨にして欲しい。


 そして花を咲かせる如雨露に溜めて欲しい。


 それをわたしに振りまいて虹を架けて欲しい。


 あにゃ…


 今…裕くんとわたしは、なんと絶賛彼氏彼女中。


 そう…つまりわたしを、わたし達二人を、フューチャーを、阻むものはいない。

 

 あるとすれば、ただの受験と法律だけだ。


 明日香さんは気にしなくていいと言った。


 お金もバッチリ。


 だから、何とは言わないが、可能なのである。


 今この瞬間にもベランダから飛び出し、駆け上がり、押し倒し、添い遂げることは、充分に可能なのである。


 先程言ったように、わたしのスタイルは抜群だ。そして、男子が向ける目線に、わたしは厳しくなった。


 憤死。


 自分がそれをもたらす危険な花なのは、もう理解している。外堀を埋めるため、それをガチガチにするために作ったファンクラブ会員も満足させてきた円谷華という花を理解している。


 しかし。


 だがしかしである。


 唯一効かせたい相手には抗体があったのだ。トラウマという名の抗体が。歳の差という抗体が。


 そして何よりわたしじゃないわたし、円谷華という名のゾンビウィルスに一度侵されていたのだ。



 だから押せば…引かれる。


 そして待ってても…何もしてこない。


 興味は間違いなくあるし、特に匂いとか特定しようと目で追ってるのは間違いない。でも嗅いでこない。どことは言わないけど、嗅いでこない。


 デザインが、あと一押し足りない。


 最後の仕上げは、どうも上手くいかない。


 トラウマはどうにか克服してくれたと思う…けど…大人の…裕くんには効かないとか…?


 ……


 何なの?!


 何で何もしてこないの?!


 めちゃくちゃアピールしてるよ?!


 キ、キスしたよ?!


 燃える愛を唇に乗せたよ?!


 肩にも載せたよ?!


 これ以上どうすれば…わたし…


 今の裕くんが大人だからか、あまりに年下に見えているせいなのか、冷たい対応をされる時がある。


 それは…まぁ…その…いい。


 それは、それでいい。嫌いじゃない。


 それに……


 飛び降りた日までは、15歳の裕くん。


 飛び降りた日からは、30歳の裕くん。


 それはつまり、15年物の…裕くん。


 ……深い。


 タイムリープはデリンジャー。


 二度、私のハートを撃ち抜いてくる。


 あにゃ…


 そんな事をぐるぐる考えていたら、ノックも無しにお母さんが部屋に入ってきた。



「華ちゃん、さっきからぐるぐると何してるの? 時折スキップ混ぜてるから下まで響いてるわよ? ママ奇行は嫌よ? やめてよ? 町内でもみんな異変に気付きつつあるのよ? 明日香は今更なんだけど、裕ちゃんと私、常識人だからね?」



 町内? ……関係なくない?



「お父さんは?」


「パ、パパは……いいのよ。あんな人知らないわ」



 まだ揉めてるんだ……お父さんも可哀想にな。


 何したか知らないけど。


 何があったか知らないけど。


 お母さんもPC燃やしちゃダメだと思う。


 普通、常識人はPC燃やしたりしない。



「奇行って…お母さんでしょ。わたし、そんなのしないし。したことないし。出てって。今大事な…そう、帰路に立ってるの、わたし」


「そうなのよね…あなたの中ではそうなのよね…客観視できないとタチが悪いわね…どこで間違えたのかしら……やっぱり明日香ね……とにかく! 華ちゃんがウロウロぐるぐる回る時は大抵碌でもないの。それは自覚してよね? もうすぐ高校生なんだから。あとパソコンはパパが悪いのよ。まったく…なんてものを調べてるのよ…」



「もーわかったから。愚痴なら出てってよね」


「絶対わかってないわね…もー裕ちゃんになんて言おうかしら…ママも立場あるからやめてね。いいわね?」


「もー! わかったから!」



 美人ママさんだなんて煽てられて調子乗って町内会の役員とか引き受けるからそんな事になるのに。


 何だったっけ……


 そうだ。お父さんだ。


 雑にとか……あの小さな身体で雑になんて、お父さんが持っていた漫画通りの展開になる。


 それに薫ちゃん曰く、旬は今なのだそうな。

 

 Sサイズの裕くんは今だけ。


 そしてわたしはLサイズ。


 つまり今のわたし達はSLコンビ。


 それを楽しみたい!


 この胸にぎゅむッと掻き抱き包みたい!


 大きくなったら頭に顎をのせて欲しい。


 それまではわたしがのせる。


 タイムリープ深い…


 未来視…しゅごい…


 というかあの組み合わせなんなの…カボチャとワインって合うのかな…今度薫ちゃんに聞いてみよう。


 まあ、あんなにムチムチじゃないけど、わたし。顔丸くないし。腰とか括れてるし。胸とかおっきいし。足とかスラッと細いし。


 まあ、あんなに裕くんはちっちゃくはないけど。小さくなかったけど。むしろ。


 とりあえず…カチューシャして、ポンポンを持って、あれを真似ればいいと思う。


 わたしはベランダに立ち、裕くんのお部屋に向かって叫ぶ。



「裕介く〜ん! だ~い好き〜!!」



 速攻スマホが愛のメッセを捉えて震えた。



『やめろ。いろいろまずいからやめろ』



 照れてる。


 そしてお母さんがすぐにまた来た。


 だが無駄である。



「華ちゃんさっきの何?! そういうのはやめなさ…あ! この子鍵を! ちょっと華ちゃん! 華! 開けなさい! ご近所に迷惑でしょ! 聞いてるの! 華ちゃん! この間だって! 急に出ていって! 中学生なんだから! 惚けてもダメよ! ママ泣いちゃうわよ!」



「聞いてる聞いてるー」



 またするけど、はーいっ❤︎っと送信。


 浮かれたわたしを阻める人はいない。


 お母さんの嘘の牽制も通じない。


 この物理的距離、これもたまらない。


 男子寮と女子寮に置き換えて妄想できる。


 でも昔の女の子ってすごいなぁ…あんなところで着替えられないよ。


 それに部屋に行くのに履いて行かないなんて選択。


 やっぱりあそこまで捨てないといけないのか…


 でもこの距離だし、暗いしいける。でもこの季節は寒いなぁ。ニーハイタイツなら…邪道だけど許してね……あ…


 クローゼットの中か…


 開けるの怖いなぁ…やだなぁ…


 けど魔法を口にし開けるのだ!



「フュ──チャ───ッ!」


「華ちゃん何?! それ何の気合い!? いいからドア開けなさい! こうなったら裕ちゃんに叱ってもらうからね! いいの! 華!」



「むしろお願いしまーす」


「やだこの子…無敵…! ああ、手遅れかも知れない…パパぁぁ〜ごめんなさい〜聞いて欲しいの私ぃぃこの歳でおばあちゃんは嫌なの──」


「…うるさいなぁもー」



 やっと行った。


 最初からお父さんと仲良くしてればいいのに。


 それに美人ママの肩書きに拘られても困る。美人グランマでもいいじゃない。


 それに裕くんとはそういうのまだなんだから。


 なんなの? 煽ってるの?


 わたしだってそういうのは興味あるし、何とは言わないけど疼く。


 でもまだ★と❤︎だけしか使ってないし、あれは悪夢を追い出すために行った側面もあるのだ。良薬口に苦しなのだ。


 それに、最初はちゃんとお互いを思いあって、心を通わせて、暖めあって、それから耽美的で芸術的でナメクジのように……


 いや、今大事なのはそれじゃない。


 そうじゃない。


 気合いを入れたのには訳がある。



「また編んでる…」



 クローゼットの中には、編んだ覚えのない虹色のマフラーが、丁寧に畳まれた状態で……またあった。


 なんなの…



「ふー……裕くんのあの日を真似ていつも白目で寝てるわたし……編んだ覚えのない…つまりゾーン……はい、犯人はわかりました。これは…あれですね………」



 華……おそろしい子〜〜!


 ウェ〜イ!


 きっとやっぱり夢の中でさえも、愛が止まらないんだ、わたしぃっ! 

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