なんかおかしい。@柏木裕介

 エル。あれはなんのエルかと言うと、華の父、亮平さんが持つ漫画の話だった。


 昔々、衝撃を受けた漫画らしく、どうやらクラファンも参加したと聞いた。


 何のクラファンかは聞かなかったが。


 そこに出てくる女の子がエルといい、主人公をメタメタに愛しているのだそうな。


 華から聞いてなかったのは、どうも見せたくなかったようだ。


 亮平さんも、まさか娘が見ていたとは思っていなかったらしい。


 そして亮平さんは最後に要らんことを口にした。


『男のツンデレさ。今だとそう言えるね。あの時代はそんな言葉はなかったから。まるで裕介君みたいだろ? ははは。おじさんは理解者だ』



 ちげーよ!


 こう、いろいろと理由があるんだよ!



「まったく…少し読ませてもらったけど…ベタベタされると照れたりムズムズしたりするだろ…普通」



 あの主人公みたいに、あそこまで酷いことはないと思うが…時代なのか、ヒロインのギリギリを攻め過ぎていて心が痛くなる。


 あのヒロイン、切れていいと思う。

 




 学校が終わり、いつものように三好改め、翔子が元サッカー部たちを連れ、どこかに行く。


 そう、これはいつものことになってしまっていた。



「さて、今日は部室でいいかな?」

「わ、わかってんじゃねーか」

「そ、そーだな」



 三好を含む、元サッカー部三年……あのイベントでステージに上がった男の子達は、どういう訳か、漏れなく仲直りしていた。



「はは、みんな。あまりがっつくと嫌っちゃうよ? あ、裕介! また明日ね…?」


「…おー…」



 あのイベントの殺伐とした争いが嘘みたいだ。


 喧嘩し殴り合うと仲良くなるなんて、都市伝説かと思っていたが…そんなことあるんだなぁ…


 心〜に冒険を〜夢を〜抱きしめたくて〜


 って感じか。


 僕も殴り合いでもすれば、何か変わっていたのだろうか。



「つか、柏木に絡みすぎだろ…」

「そ、そうだぞ」

「はは。そんなの当たり前じゃないか。彼はぼくの魔法使いだからね。もーみんな妬かないでくれよ」

「や、やや妬いてねーし」

「ちげーし。魔法使いはお前だし」



「……」



 でもあれは仲直りというか、仲良しというか…何か違うな…? 


 改めて後ろ姿を見てみると、仲の良い友達には見える。少し距離は近いか…いや翔子バージョンだからそう見えるだけか。


 三好は言葉遣いを毎回毎回変えていた。多分しっくりくるのを探していたんだと思うが、最近は僕っ娘で固定されている。


 いや、つまりどっちなんだ。


 いや、どっちだっていいか。



「しかし、あいつはいったいいつも何をして…うわっ!」


 

 唐突に目隠しされた。もちろん両肩に圧もある。誰かすぐにわかる圧が。


 

「あんなの見ちゃダメ。裕くん、帰りどこか寄ろ?」


「…華……じゅ、受験勉強しないとだろ。というか怪我人なんだからもう少し遠慮しろよ」



 何でこの子余裕なのよ…社会人時代、大丈夫大丈夫余裕余裕と上司に言われ信じて望んだ資格試験落としたの思い出すだろ。


 つーかあんまりベタベタするなよ! いろいろ反動が怖いだろ! ファンクラブだって目線で刺してくるんだぞ! 特に越後屋が!



「薫ちゃんのテスト、90超えてたでしょ。だから大丈夫だよ」


「いや、毎回同じ問題なのに100取れないのが不味いんだが…」



「裕くんが答え見ないからでしょ!」


「見たら意味ないだろ! というかなんでいつも同じ問題ばっかりなんだよ…」



 問題を作ってくれている以上、文句は言えないからやってるけどさぁ。しかも手書きだしな…頑なにコピー嫌がるし…



「というかいつまで抱きついてる気だ」


「ふふっ、ずっとこのままならサイコー…ね、アイス屋さん行こ? 最オブザ高だっけ? あれ食べよ!」



 アイス屋さん…ジェロットか…あそこは確かに美味しいけど…今は冬だぞ。


 車で買いに行って炬燵で食う、なら是非とも付き合う。でも何よりあそこはなぁ…



「寒いだろ。チョコミントは食べたいが…駅前だろ。コンビニでいいだろ」


「コンビニのは鼻に抜けないって文句言ってなかった? わたしは何がいいのかさっぱりわからな……いや何でもないよッ! そう! さっぱり…して…お、美味しーよ、ね〜…」



 今…チョコミン党を腐す発言しなかったか? 未来ではちゃんと市民権を獲得してるんだぞ! まったく…



「それに最近のコンビニのは……いや、何でもない」



 この時代はまだまだ理解者が少なかったか。やれやれ。古来より大手アイス屋に何故あるのか。自販機の変な形のアイスに何故ラインナップされているのか。それをよく考えてから物申して欲しいものだ。



「…ふふっ、何でもない同士、仲良く行こ!あ、松葉杖持ってあげるね。ないないしよ」


「これはうちの子だ」


 

「むー! もーどうなっても知らないから! 裕くんが!」


「なんでだよ」



 華は四六時中テンション高いな…なんなんだろうな…若者のこれは。


 いや、たまに考え込む瞬間があるな…決まって口調を変えてる時だが。


 だから昔みたいで怖いんだよな。





 アイス屋ジュロットは駅前の商業ビルに入っている。


 そのビルの前には駅前ロータリーがあり、そこに華を待たせてトイレに寄った。


 そしてトイレから出ると、華がナンパされていた。


 まあ、そうなるな。そうなるんだよ。


 これ、何回目だよ…だから駅前は嫌なんだよ。



「あの! 円華ちゃんだよね! …ちょっと話良いかな?」


「良くないですけど…」


「あのさ、せっかく会えたんだからさ、そう言わずにさ」



 見たところ高校生かってうちの高校かよ。背もデカいし、何か見たことあるような…


 まあいい。今の僕じゃあ牽制にならないのは知ってる。


 ただ、行かない選択肢はない。



「華! お待たせ。行こう」

「うん!」


「ちょっと、もしかして彼氏さん?」

「いえ、旦那様です。キリッ」



 キリッじゃないよ。オトマトペを口に出すなよ。いやなんか違うな。



「ナチュラルに嘘をつくのはやめろ」


「裕くん、こんなこと言ってくるんだからちゃんと言っておかないと」


「いや、わかる。わかるが彼氏って言えばいいだろ」


「お、おい、こんなチビが彼氏なんておかしいだろ。ああ、偽彼氏か。その役目、俺が変わってやるぜ」



 なんやこいつ…急に態度デカなっとるやん。まあ…わかるけどな…はぁ…どないしよか…このままだと…



「偽…彼氏…? ちょっと裕くん、待っててくれる? それに全然小さくないのに…もうちょっと小さくてもいいくらいなのに…」


「何の話だ。というかやめろ。そんなの構わなくていいから行くぞ」


「駄目! お願い、ね? すぐ済むから」


「はぁ…なら遠くで見とくから」


「えー」


「えーじゃない」


「もー…大丈夫なのに…でも心配してくれて嬉しい」


「あ、うん、そうね」



 そっちじゃないんだよなぁ。





「お待たせ! 行こ」


「うっす」


「それやめて」


「あ、はい」



 あのチャラっとした男の子は、可哀想に地面とキスしてた。


 こいつ、最近躊躇しないよな…


 あだ名、彗星ちゃんにしよかな…



「…えへへ…何にしようかな。今日の気分はイチゴかな〜わたしは真っ赤なストロベリーアイス、君に決めた! なんてね」


「そうな。カモフラになるな」


「? あとプリクラ撮りたいなぁって…」


「骨治ってからにしたい」



 まあ、嘘だ。そのブラウスに散ってるの気になるだろ。どんな顔したらいいんだよ。



「や。骨折バージョン撮りたい。またいつ折れるかわからないもん」


「怖いこと言うのはやめろ。しかもバージョンってなんだよ……わ、わかったからその顔はよせ」



 そのしゅんとした顔でチラチラ見るんじゃない。小学校の頃を思い出すだろ。


 いや、苺飛沫が邪魔するな。思い出せないな。



「やた! あ、マフラー一緒に巻こうね」


「今はよせ。松葉杖とマフラーでどうやって歩くんだ……そもそもマフラーはおひとり様用だ。これ長いから可能だけどさ……というか…前から思ってたけど、何本あるんだこれ」



 その僕の言葉に、華はピタリと止まる。


 なんだ?



「……気づいてたの…?」


「いや、気づくだろ。編み方微妙に変わってるし、肌触り違うし、長さも微妙に違うし、何よりエンドの色が違う」


「く、詳しい……い、いやぁ…あの、れ、練習したらのっちゃってさーもー愛ゆえって言うかー職人に目覚めたって言うかー…ほ、ほらそれより行こ行こ! アイス溶けちゃう!」



「いや、溶けないだろ。わ、馬鹿、押すな!」



 職人に目覚めた…? 趣味ないからわかんないけど、そんなもんなのか…?


 それにしても華といい、森田さんといい、三好といい、何か変なんだよな…


 つーか三好はいっか。1/2でも1/3でもあいつは何でもいっか。

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