円谷華フィーチャリング伽耶まどか。@円谷華 1st

 わたしは骨を折り入院した。


 家のベランダから裕くんの家の庭に飛んだのだ。


 骨を綺麗に折るように着地したのだ。


 そして久しぶりに明日香さんと話をした。


 気にしないでくださいと、強く言った。


 お見舞いに来てもらい、健診を受けて欲しいけど、そっちはバッドエンドだ。


 明日香さん、ごめんなさい。





 彼女、薫の病室も入れた。


 302号の大部屋の窓側だ。


 そこからあの金木犀を観察した。


 あとは雲のない、秋の真夜中の出来事。


 それを待つ。


 裕くんのくれた絵のように光る時があるかも知れない。


 どうやってか、わたしに呪いは移ったのだと思う。


 何もヒントがなかったけど、金木犀が繋いだのだ。


 そもそもあの絵は金木犀だったのだ。


 あの木に咲いた花は、白く、葉より大きく、そしてかなりディフォルメされて描いていたからわからなかった。


 対象を見えるようにではなく、思うように描く。


 昔々に聞いた話を思い出した。


 だから銀木犀は、裕くんのアイデアでデザインだった。


 大方、彼女の話をソースにしたのだろう。


 立てる資格なんかないけど、腹が立ってくる。


 いや、嫉妬だ。


 それに、初恋同士だと思っていたわたしが惨めだったのもあった。


 同時に、死ねることが出来たことへの羨ましさもあった。


 だから、わたしは骨折を繰り返し、秋の夜長を待ったのだ。


 でも、そんなことは起きなかった。

 




 ある日、病室に伽耶さんが訪ねてくれた。


 金木犀を携えてのお見舞いだった。


 あれからちょくちょく彼女とは連絡を取り合っていた。


 伽耶さんは、様子のおかしいわたしを気遣ってくれたようだ。


 薫の話を聞いたからか、わたしはどうやら相当動揺していたらしい。


 昔見た落ち込んでいた薫と、重なって見えたそうだ。


 まるで世界にぽつんとひとりぼっち。


 そんな背中に見えたと言う。


 わたしは複雑な心境だった。


 それが顔に出ていたのか、わたしの何とも言えない顔がおかしかったのか、彼女は大笑いした。


 そしていろいろと話すうちに、自分の夢の話をしてくれた。


 彼女は元々女優になりたかったらしい。


 確かに彼女は歳の割に綺麗だった。


 高級クラブでもなかなかいない美人だった。


「結局、親の介護で叶わなかったけどね」


 そう言っていた。


「今は両親も亡くなって、天涯孤独なの」


 そうも言っていた。


「実は私もあんまり長くなくてね。彼氏作れなくてさ。結婚も出来ずにさ。ほんと、私の人生ってなんなのかなって思うのよね。


 だからかわからないけど、診察ついでに、あの木に会いに来ていたのよ。


 薫ちゃん居るかなって。


 そうしたら華ちゃんが居たから最初は薫ちゃんの幽霊かと思ったよ。冗談。金木犀の花言葉って怖いのもあるからさ。ふふっ。なんか華ちゃんって甘えたくなっちゃうわね。なんでかしら」



 そう軽い調子で伽耶さんは話した。


 どうやら伽耶さんは病魔に蝕まれているらしい。


 わたしは彼女に感謝していた。


 少しでもヒントをくれたから。


 だからなんとかしてあげたいと思った。


 よし、名医を呼ぼう。どこか好きなところにでも連れて行ったり、美味しいものでもご馳走しよう。


 そう思っていた。


 そんな矢先、あのクズが再び現れた。





 そして今度は伽耶さんを襲った。


 わたしと仲良くしているところを見ていたらしい。


 伽耶さんのスマホで、壊れた笑いでリモートしてきた。


 こいつはいつもいつもいつもいつもいつも。


 確かに今回は早る気持ちでボコボコにしたから、追い込みが甘かったのかも知れない。


 まあいい、殺す。


 いや、死なす。


 もう、わたしの倫理は擦り切れている。


 戸惑いなんてない。


 でも、ただ殺すだけじゃ意味がない。


 なぜなら、死はわたしにとって、とてもとても遠い遠い夢の場所だから。


 だから簡単には死なせない。


 わたしのように惨めにデザインしないといけない。


 だから金を使って人を雇った。


 去勢してやった。


 おっぱいをつけてやった。


 全身ツルピカハゲにしてやった。


 黒髪ロングのヅラを被せた。


 さらに金を積んで愛好家に襲わせ調教した。本物の調教だ。


 これで私に似た清楚系クソビッチの出来上がりだ。


 金を使えば裕くんのこと以外は、大抵なんとかなる。


 夜の時代が活きていた。


 習い事が活きていた。


 そして惨めな格好をさせ、這いつくばらせ、伽耶さんに謝らせた。


 でも、伽耶さんは心が折れていた。


 取り繕いながら笑うも、瞳の中は洞だった。


 自分の最後に向かって急速に落ちていく洞の瞳だった。


 ああ、これは過去のわたしだ。


 一番最初のわたしだ。


 何かいい方法はないか。


 珍しく、またやり直すには手放せない感情がわたしにはあった。


 そうだ。越後屋だ。越後屋ノノだ。


 彼女は心折れたわたしにいつも寄り添ってくれていた。


 だけどわたしには鬱陶しかった。


 彼女が中学の頃、散々裕くんに当たっていたのを知っていたからだ。


 わたしが振られた後も、わたしを引き合いに出し、裕くんにねちっこくウザ絡みし、追い込んでいたからだ。


 もっとも、一番最初の時は知らなかった。


 何周目かの時に知って以来、彼女を避けてきた。


 だからクズと越後屋には返してもらおうと思った。


 そして伽耶さんの女優の夢をわたしが叶えてみようと思った。


 金木犀は何の反応も示さないのだ。


 だからもうわたしには何が正解なのか分からなかったから。


 裕くん以外の人のために生きることで、もしかしたら恋に諦めがつくのかもしれないとも思った。


 逆に、わたしが思うことで裕くんは助からないんじゃないのかとも思った。


 だって、わたしがタイムリープしているのだから。


 それに別人となり何周か過ごせば、もしかしたら呪いが誤認してくれるんじゃないかとも思った。


 そんな妄想に取り憑かれていた。





 伽耶まどかのデビューの方法は全て越後屋に任せた。


 すると彼女はライバーを提案してきた。


 声はクズをあてるという。


 スタートダッシュと名声が勝ち取れるなら何でもいい。


 もしも出来なかったら死より辛い目に合わせるだけ。


 二人にはそう言った。


 その間にわたしは伽耶さんに成り変わる努力をした。


 と言っても、習い事ではない。


 伽耶さんの人生をわたしに刷り込むのだ。


 足繁く通うわたしの話を、彼女は虚ろな表情で聞いてくれた。


 そして、彼女の話を、人生を、夢を、存分に聞いた。


 どんな賞を獲りたいか。


 どんな役者になりたいのか。


 どんな作品に出たいのか。


 いっぱい語り合った。


 でも、瞳には何も映ってなかった。


 その時のわたしも、まるで合わせ鏡のように、そうだったと思う。


 だって、あの駄木が何にも反応しなかったから。


 あれが原因じゃなかったのかと落胆し、心が負けそうだったから。


 Vtuberから女優に転身か〜


 伽耶さんは、まるで夢みたいでいいねと力無く喜んでくれた。


 そして彼女は、笑って死んだ。


 本当に笑っていたかはわからなかった。


 いや、わたしにはわかった。


 だからすぐにクズは愛好家に売った。


 すぐにののにはやめさせ、口外しないよう脅した。


 その後すぐ、わたしは整形して顔を変えた。


 流石に、整形のことは伽耶さんには言わなかった。


 そして、整形の際には写真ではなく、絵を渡した。


 わたしは何度も何度も伽耶さんの顔をデッサンしていた。


 裕くんのタッチを真似るように何度も何度も何度も何度も練習していたのだ。


 絵だけは、今まで習わなかった。


 なんとなく嫌だった。


 いや、違う。


 答えなんてわかってる。


 ただそれを口にしたくなかった。


 だけど、あの幼い裕くんと薫の写真を見てから無性に描きたくなったのだ。


 この行為が、虚しいのも意味のないのもわかってる。


 だけど、描きたかったのだ。


 そして彼女の描いた夢を叶えたかったのだ。


 彼女になって彼女が見ることが出来なかった未来を、フューチャーを、わたしは大きくデザインしたくなったのだ。

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