ラブれたぁ。@円谷華 1st

 女優になり、伽耶まどかとして活動することに随分と慣れた。


 まるでルーティンのように、テンプレートのように、クソビッチからの大女優開花の流れ。


 ひとまず、伽耶さんの思いは実現出来たと思う。


 なので、その立場を利用して、いろいろと策を弄してみた。


 裕くんの会社に広告の打診をしたり。


 知り合いになった女社長も送り込んでみたり。


 いろいろとそのルーティンに足していった。


 最近のルーティンは女優として成功したら自殺。


 裕くんが青い車に乗ったら自殺。


 それを繰り返していた。


 結局わたしは裕くんを諦めきれなかった。


 それにわたしも30歳で死んでクソビッチスタートなのは変わらなかった。


 それに、気になることが出来た。


 それは、薫物語の最後にあった一文。


『座席増やしてよね』


 あれが引っかかっていた。


 裕くんは、毎回毎回同じ車体番号の車に乗っている。


 それに気づいてから執拗に追いかけるも車は手に入らない。


 気づけば裕くんが先に手に入れている。


 絶対怪しい。怪しいのはSFだ。


 つまり呪いと関係しているはず。


 だから追いかけ続けた。


 そして遂にきた。


 いつもいつも事故死を招くあのクソ車を廃車にしてやれる。


 遠回しに遠回しにして、やっと購入できた。


 おほほと興奮した。


 そしてスタントカーに推薦してやった。


 適当なシナリオも手に入れた。


 伽耶さんとの約束、アクションシーンも昼ドラサスペンスも盛りだくさんのシナリオだ。シャシャ。


 そして崖にゴーだ。わたしもゴーだ。


 シナリオなんてぶち破るから。


 君の青い車で海にゴーゴーだ。


 っていうか、裕くんってちょっとヤンデレだよね。毎回毎回あの車種しか選ばないし…



 でも駄目だった。


 またクソビッチから。


 だけど確認のため、今度は自殺せずに、30歳まで生きることにした。


 そして今度はあの青い車を見つけれなかった。


 だけど、変化があった。


 裕くんはそこまで青い車に執着してなかったのだ。


 だって今回初めて屋根付きの駐車場じゃなかったから。


 毎週のように出掛けていたのに、大人しかったから。


 毎回のように、嫉妬するくらいピッカピカに洗車してたのに、そこまでしなかったから。


 怪しい。嬉しいけど怪しい。


 相変わらず近づけないけど。これはもしかして、呪いは解けた…?


 期待が高まってきた。


 すると、また変化があったのだ。


 なんと裕くんの会社とすんなり都合がついたのだ。


 初めてのことだった。


 もしかしたらと、諦め99%でその日を待った。


 でもいろいろな事情が重なり、裕くんの30歳の誕生日を超えた日に逢えることになってしまった。


 そして……


 プレゼントも用意していたのに、結局無駄で駄目だった。


 でも、裕くんは死んだけど、後輩の子には会えた。そして仕事ぶりを聞いたり、最後の瞬間を聞いた。


 彼は、あの車で死んでなかった。


 死因は、心臓麻痺だった。


 お家の玄関前で倒れていたという。


 痛ましいけど、こんなのは初めてだった。


 間違いなくシナリオは動いた。


 過去一番に近づけた。


 死んで悲しいのに嬉しくて涙が出てきた。


 つまり残された30歳が、裕くんの鍵だ。


 やっぱりあの駄木が要因なのか?


 もしかして、鍵は一つじゃなかった?


 裕くんとわたしの呪いは別?


 確かに私の誕生日はもうとっくに過ぎている。


 それに、これが運命だとは信じてなかった。


 死ぬ運命ならわたしはリスタートしない。


 あの女の子、薫とは違う。


 だけど、万が一リスタートしない場合に備えて、裕くんの葬儀会場で、わたしは後追い自殺をした。


 ずっと好きだったと大声で泣いて叫んで服毒だ。


 ドラマティックに恋して。


 彼を追いかけたいのだ。


 スキャンダルだ。


 違うか。


 ただの迷惑だったね。


 青山さんと後輩ちゃんは、呆気に取られてたな。


 ごめんごめん。


 伽耶さんもごめんね。





 そして、やっぱり始まった。


 だから、次の周回では自分の過去、原点をなぞってみることにした。


 裕くんの呪いはひとまず解けたと思ったから。


 そしてわたしを呪ったのは裕くんだと思った。


 それはそうだ。


 精神は擦り切れ摩耗していたけど、記憶や思い出はしっかりとこの脳に残ってる。


 最初の記憶も。


 裏切ったクソなわたしも。


 だからそうに決まってると…思いたくなかった。


 だけど人を呪わば穴二つと言うし。


 青い車とわたしで、青い車と裕くんで、裕くんとわたしだ? 何か違う…


 もしかしたらタイムカプセルの時に、すでに裏切りを知られていたのかも知れない…


 でも、ならあの遠い遠い春の日の告白は…


 ……まあいいわ。


 一つずつ潰すまで。


 だからわたしは一番最初の街に向かった。


 折れたわたしの人生だ。


 それをやり直してみることにした。


 と言っても身体なんて使わない。


 かわす術も、あしらう術も身につけた。力ずくの誘いもわたしには通用しない。


 知識と未来視と暴力を見事に使い、のし上がったのだ。


 わたしつぇーだ。


 シャーッシャッシャッシャッシャァァ───!


 跪きなさい! お前たち!


 この世の全てはわたしのモノよ!


 お──ほっほっほっほっほぉぉ───!



 気づけば夜の女帝と呼ばれていた。


 ……


 何してるのわたし…


 裕くんとわたし、逢えないのに…


 何が全てよ! ふざけないで!


 ふざけてなんかないわよ!


 ふざけたいわよ!


 はぁ…多分病んでるんだ…わたし。


 たった一つでいいのに…


 たった一つだけでいいのに…


 それが手に入らない…


 そしてついにあの日になり、銀木犀の絵を持って、だらだらと泥の空に飛ぶ準備をした。


 ベランダに立ち、高層階から下を見下ろした。


 いや、空じゃなくてコンクリートの冷たい海だ。


 青い車と味わった冷たい海の底だ。


 そこにダイヴする。


 そして手にしたこの絵。


 金木犀を白くデザインした絵だけど、わたしにとっては銀木犀だ。


 誰がなんと言おうと初恋だ。


 それを咲かせたい。


 まるで花の咲き誇る季節のように暖かくなりたい。


 そして、あの春の日に告白してくれた裕くんの顔を、目を、瞳を、ちゃんと見るんだ。


 目と目で通じ合うんだ。


 熱に浮かされ色っぽく見つめるんだ。


 あなたが欲しいと言って、すぐさま抱いてもらうんだ。


 そう、だから、戻れないならこの世界線を超えてみせるんだ。


 裕くんが必ず死ぬこの世界はいらないのだ。


 それに、いくら女優として頂点に立っても、夜を支配しても、わたしがメインヒロインじゃないこの世界線は要らないのだ。


 この薫のいない世界線を超える。


 いや、そうだ。あいつが一抜けした時間、それより前に戻ってやるんだ。


 そして殺す…!


 いや死なすから!


 ウシャァァァァ────!


 絶対あの子が何かしたはず!


 これは同じ初恋タイムリーパーの勘だ!


 キンモクセイと二股したままのお前とはちが…!


 ……いや、わたしの方が比べるまでもなく悪いわね…それに浮気じゃないじゃない…しかも木じゃない。捨てただけでしょ。でも助けてくれた相手に裕くんのこと言うなんて絶対酷い女のはず。


 まあいいわ。


 わたしはここからやり直すのよ!



「ライクアーフラーワ───!! あ、間違えた。あ、わわっ、あ…」



 落ちた。


 風つよ。


 踏み外したじゃん。


 締まらないなぁ、わたし。


 これで駄目ならどうしようか…


 一緒に死んでくれないかな…裕くん…


 ふふっ、やっぱり何回巡っても強がっても弱虫なままだなぁ、わたし。


 だってこんなにも胸が痛くて、痛くて、狂いそうで壊れそうだから。


 ああ、見つけてよ、裕くん。


 わたしはここにいるよ、裕くん。


 君に逢いたいよ、裕くん。


 わたしを起こしてよ、裕くん。


 君に触れたいよ、裕くん、


 わたしを探してよ、裕くん。


 叶わぬ思いなら、せめて枯れたいよ。


 嘘。枯れたくなんかないよ。


 ああ、君に届く虹を架けたいよ。


 あのぐちゃぐちゃになった海に虹を架けて渡りたいよ。


 ああ、そうだよ。


 クリスマスに渡せなかった虹色の長いマフラー。


 あれが、世界を渡る橋だったのかな。


 あれが、あなたの元へ帰る鍵だったのかな。


 ああ…渡したかったなぁ。


 初恋を…形にしたのになぁ。


 そんな切ない気持ちのまま、ぐちゃぐちゃになった。


 ……ああ、華だ。


 血の華が咲いている。


 そして最後に見たのは、自分の血の海に浸る銀木犀の絵だった。


 ああ、大事な絵が汚れちゃう。


 駄目、汚れちゃ駄目。ああ、駄目だよ、駄目だよ。


 でも身体が動かない。


 左手だけしか動かない。


 今世の制限時間いっぱいに、手を必死に伸ばしていると、気づきがあった。


 あ…れ…何…?


 花…だけは…血に…染まらな…い…?


 枯れ…ない…って…?


 なん…だろ…う…ゆう…くん…何を…描いて…くれた…の…?


 ぁ、あ…!


 そうだよ…きっと…そうだ…!



「かはっ! はあ、はぁ、あぃ、に、愛に、決まって、るよ…ね、ラブ…れたぁ、だ、きっと……愛、して…る…って…描い…て…はず…ゆう…くん…らし…いん…だ、から…ふふ…」



 そうして絵を強く握りしめて、わたしは微笑んだまま、初めて満足しながら死んだ。

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