クロスロード②。@円谷華 1st

 伽耶さんに教えてもらった住所を頼りに、薫の家を訪ねた。


 ご両親はわたしの嘘を信じ、家に上げてくれた。


 小学校の同級生だったと言ったのだ。


 それに伽耶さんの後押しもあった。


 彼女は薫の両親と懇意にしていたらしい。

 

 彼女の部屋で、生前の薫の映る写真やアルバムを見せてもらった。


 そこには大きく笑うお転婆な彼女と、病室で力無く笑う彼女と、両方があった。


 そして、一枚だけ見過ごせない写真があった。


 幼い頃の裕くんが彼女と一緒に映っていた。


 腕を組んで二人笑っていた。


 信じたくなくて、確かめに来たのもあった。


 そんなの聞いてない。


 そんなの全然聞いてない。


 写真をじっと見つめていたわたしに、ご両親は、裕くんのお父さん、司さんの話をした。


 司さんがあの病院で入院していた時に裕くんと出会ったという。わたしは確かその時……怖くて怖くて家から出なかったはず。


 病院に行くのは、とても怖かったのを覚えている。


 ……


 ご両親は、司さんには悪いがと前置きし、薫の幸せそうな姿が今でも忘れられないと言う。


 そして彼女のやりたい事ノートを見せてもらった。


 それは何冊もあり、膨大な量のやりたい事が書かれていた。


 でもそれは、一冊ずつ同じことが書かれているという。


 ご両親は、一生懸命練習したんだろうと言った。


 それらを捲ると気づきがあった。


 他のノート同士を比べてみると、明らかに違う箇所があった。


 これは習熟ではない。書取りの練習ではない。


 だんだんと平坦になる思考。


 ふわふわと曖昧になる感情。


 ぬるぬると境目が混ざる倫理。


 文章の中に見え隠れする心の摩耗。


 やりたいことなのに、明らかに感情が乏しくなっていく。


 これは…


 それと不思議な物語があった。


 薫のご両親は、病院で暇を持て余さないようにと、いろいろな本を与え、物語を彼女に聞かせていたという。


 彼女はそれを聞いて物語を書いていたという。


 ご両親は一冊のノートを渡してきた。


 それは青いノートだった。


 ご両親は辛そうな顔をしていた。


 どうやらその物語はあまり見ていないようだった。


 タイトルは「キンモクセイくん」


 ページを捲ると、それはすぐにわかった。


───進めない戻れない日々───足掻き続ける日々───迷い探し続ける日々───呪い呪われた日々───


 そんな言葉に溢れていたからだ。


 これはご両親には辛いだろう。


 それと時折挟まれる言葉。


「鏡の前で笑ってみる。まだ平気みたいだ」


 ああ、こんなの共感しかしない。


 こんなの10歳の女の子が書けない。


 途中気になる箇所もあったけど、最後まで読んだ。


 そして最後の最後に恋が出てきた。


 ここだけは年相応な女の子の話し方だった。


 ここだけは字が汚かった。


 焦っていたのだろうか。



「───ね、キンモクセイくん、聞いてよ。私は初めて恋をしたんだ。恋だよ恋。こいこいだよ。つまり私は彼と青春をしたいんだよ。わかるかな? 青い春だってば。あおはるだよ。素敵そうな響きでしょ? 巡る秋は寂しいもんね。冬に届かないし。わからないかな。私もわかんないや。つまり私は彼と共に生きていたいんだよ。だってきんきらきんをくれたんだよ? それもさりげなくさ。それで君は助かるんだよ? ついデザイナーさんって叫んじゃったよ。普通絵描きさんだよね? ほんと恥ずかしいなぁ。まあ、この恋は叶わない思いかな。ならせめて君が枯れないならいいかな。


 素敵な人生をありがとね、キンモクセイくん。


 彼との初恋ありがとね。


 でも今度は座席増やしてよね。狭いんだからね。ケチケチしないでブワッと増やしなよね。全力出してよ。男の子でしょ。バカ」


 

 そこで終わっていた。


 これは、キンモクセイくんと薫の物語だった。


 そして死の間際に恋をした女の子の話だった。


 わたしは思った。


 ああ、これはわたしと同じだ。


 これは間違いない。


 彼女もタイムリープしている。


 いや、していた。


 どうやってか、ループを終わらせて死んだのだ。


 そして、ノートに書かれていた一文がヒントだと思った。


 ───彼が一番綺麗なのは、雲のない秋の夜のことだ。


 ───何故か銀色に見える時が一日だけあった。


 ───それは夜更かしする秋の夜長の一週間。その内のたった一日だけの私と彼の秘密の夜だった。



 金木犀が銀色になる話だ。


 これは多分誰も信じないだろう。


 でもわたしは違う。


 ああ、見つけた。


 やっぱりあれだ。


 あのキンモクセイが呪ってるんだ。



 だからわたしは、自分の部屋のベランダから。


 主のいない裕くんのお部屋を見ながら。


 未来に向かってダイヴしたのだ。



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