クロスロード①。@円谷華 1st
もう何度目の人生だろうか。
何度タイムリープしても、彼が死ぬ。
そして、決まってあのクソビッチにデザインした日からやり直しだ。
どうやってもその日より過去に戻れない。
一番最初、一度目はパニックになりながらも、あのクズにすぐ引導を渡し、そこから実家住まいを続けた。
わたしは折れたままだった。
そして15年会の案内状が届いた日だった。
彼は交通事故で、死んでしまった。
どうやら古い車の所為だった。
二度と会えないだろうと、マンションから飛び降り死んでから、逢えた。
悲しい顔だったけど、背中だったけど、会えたことに奇跡を感じ、感謝し、満足した日から13年。
予期せぬ再会は、物言わぬ骨となった姿だった。
だからわたしは衝動的に自殺した。
すると、また同じようにあの悲しい背中から始まってしまった。
瞬間的に手を伸ばそうとした。
声を出そうとした。
でもわたしの手はまた空を切った。
そしてわたしの声も届かなかった。
香りの鎖に縛られて、動けなかった。
混乱しながらも、何となく仕組みがわかった。
だから今世は彼を追いかけた。
死を止める、あるいは死の瞬間を見極めるために。
13年に渡る自宅警備員知識を使い、株価無双し、蓄えを増やし、同じマンションに住み、彼を見守った。整形で顔を変え、彼のためにと四六時中見守った。
それと同時にあらゆる格闘技や学問を学び、知識と技能を蓄えた。
彼を守るために頑張った。
折れたわたしの生きる目標だった。
わたしの知らない彼は一生懸命だった。
ひたすらに汗を掻き、ひたすらに仕事をし、危ないくらい盲目的に仕事をしていた。
ハラハラしながら見守っていた。
幸せだった。楽しかった。
彼のそばにいる奇跡を、改めて感謝した。
そして、彼は、裕くんは彼女を一人も作らない。
言い寄ってくる女性はいるのに。
もしかして、わたしのことを?
そんな妄想すらしてしまう。
いや、傷つけた傷の大きさが酷いんだ。
でも、わたしには慰めることも出来ない。
何故か近づけないのだ。
そして……彼は死んでしまった。
また青い車のせいだった。
その日は彼を車でつけていた。運転技能は必死に身につけた。何かある際には間に入る為だった。
そして事故の瞬間、咄嗟にアクセルを踏もうとしたけど、金縛りにあった。
あの香りの鎖だ。
そして、わたしの目の前で、彼は死んだ。
唐突に無くなった幸せに、呆然としたまま運転し、わたしもそのまま事故で死んだ。
そしてあの日から始まる。
それから何度も死んでしまう。
どうやっても30歳で死んでしまう。
同窓会の案内が来る日は、裕くんの誕生日だった。
耐え切れずに自殺してもあの日に戻る。
クソビッチになってからも裕くんを執拗に追いかけたりしても近づけない。
周りを使い、おばさんに頼んで引き止めた時もあった。けどおばさんと一緒に死んでしまった。
おばさんの病気も早期発見してもらったけど駄目だった。
思いつくあらゆる手段を使ってもダメだった。
それに、わたしが近く関われば関わるほど、裕くんは早く死んだ。
もう何度打ち明けようとしても出来なかった。
もう夢の中でさえも笑えなくなった。
そしていつも足が竦む。
決まって金木犀の香りが鼻につく。
まるで、彼に触るなとでも言うかのように。
◆
次の周回では、違うことを考えた。
香りの鎖は間違いなくある。
いつも認識した後に、銀木犀の香りのように、淡く記憶から消えてしまう。
だから調べようとも考えもつかなかった。
けど、数多のタイムリープを繰り返すうちに、認識できるようになった。
感情が平坦になってきたからだと思った。
わたしはクソビッチになったその日に、すぐにクズをボコボコにし、逆らえないようにしたあと、裕くんが地元から去るまで待ち、あの絵の銀木犀を探しに出た。
でも、どこにもなかった。
あったのは、青々とした金木犀だけだった。
裕くんが描いたのは銀木犀だったはず。
でも、背景と構図と昔聞いた話から、この病院横の金木犀で間違いない。
わたしは何か勘違いをしているのだろうか。
金賞の絵は、コンクールの絵は、間違いなく銀木犀だった。
幼い頃、もっとちゃんと聞けば良かった。
それに、花言葉は初恋の銀木犀だ。
わたしへくれた、裕くんの思い。
ずっとそうだと思っていた。
だからわたしはあのマンションから飛んだのだ。
そして叶った。
彼に出会えた。
けど、叶ったけど、叶わなかった。
初恋は実らない。
そういうことだろうか。
金木犀を見上げて、話しかけた。
何故邪魔をするのか。
何故裕くんを殺すのか。
当然だけど答えてくれなかった。
ある日、その金木犀の根本に座って俯いていると、一人の女性がやってきた。
とても綺麗な大人の女性だ。
どうやらこの病院で昔働いていたらしい。
今は隣町に住んでいて、折を見てここに来ているそうだ。
彼女は、昔この木に恋した女の子の話をしてくれた。
とても走るのが上手でお転婆で素敵な笑顔の女の子だったと、その子がいろいろな事を思い付いては実行し、病院のスタッフを困らせていたと、微笑みながら教えてくれた。
そして、その子がこの金木犀を救ったのだと言う。
違う。
金木犀と銀木犀の違いはあれど、この木が助かったのは、裕くんの絵だ。
それを伝えると、ああと納得していた。
その子が仲良くしていた男の子がいたと言った。
とても仲良く、一緒に絵を描いていた男の子がいたと言った。
お互いに好きを交換してきたと、その女の子から恋バナ自慢を聞いたそうだ。
たった一週間だったけど、遠くから見ていて、イチャイチャしていて微笑ましかったと。
そう言って、彼女はとても穏やかな表情で懐かしんでいた。
何それ。
言い様のない感情が、死に狂っていたわたしの胸の奥に芽生えたのがわかった。
死を繰り返すうちに平坦になっていた感情に、尖った刃が芽生えるのを自覚した。
だから、その女の子のことを詳しく聞いた。
彼女の名前は森田薫。薫ちゃん。
とてもとても可愛い女の子だったらしい。
わたしは会ってみたくなった。
もしかしたら何か知っているのかもしれない。
その子は今どこに、そう彼女に聞いた。
彼女は小さく俯き、語りだした。
もう亡くなったのよ。
その子が小学生の頃に。
だから、本当は走った姿は見てないのよ。
その初恋の男の子には、遠くに行ったって、嘘ついちゃったの。
だっておいおい泣くんだもの。
だから強く抱きしめてあげたのを、今でも覚えているわ。
この木の下でね。
その女性、伽耶まどかさんは金木犀を見上げて、優しくそう呟いた。
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