水もお湯もぶっかけてぇ。@柏木裕介

 一月ももう終わりに近づいていた。


 朝の登校前に、今日も待ち合わせ場所で華を待っていた。


 そろそろ家から一緒でいいんじゃないと伝えたら、軽く溜息を吐きながらやれやれといったポーズをして、華は言った。



「そういうところですよ?」


「どういうところだよ」



 すぐさまそう返したが、返事はなかった。だが、代わりにやれやれポーズをまた被せてきた。


 ちなみにさっきの話だ。


 行ってらっしゃいまで言われた。


 これが察しろ、というやつだろうか。


 寒いんすけど。意味わかんないんすけど。



「まあ…華がしたいならいいか…」



 僕自身は、やっと今世に対して肯定的になってきたところだ。


 仕事だったら、いちいち心を乱していたら、プロとは呼べないし、仕事なんないし、そんなことはなかったんだよ。


 バッドエンドおじさんだったから、なかなか臆病になっていたんだよ。


 仕方ないだろ。


 なんか思い出と違うとこも多いしさぁ。


 三好のことは、完全否定していたから、信じる事にしたが…


 というか、あいつまだ学校来てないけど大丈夫か……いや、義務教育なら大丈夫か。知らんけど。


 三好のことは、被害女性が一致団結すると聞いている。どこに向かってかは知らないが大丈夫らしい。


 自分の事で考えれば、結局のところ、二人を恨んでいたわけでは無く、自分の気持ちを押し殺していただけだったことに気づいてしまった。


 ……


 まあ、何はともあれ、華は、あの子は一生懸命なのだ。


 こんな僕なんかを何故に、なんて思うくらい懸命に尽くそうとしてくる。


 骨折もあるのかも知れないが。


 もはや補助ではなく介護だと思うのだが。


 割愛するが、やり過ぎだと思うんだよなぁ…邪険にするのも違うし、まだまだ嬉しさより戸惑いが勝ってしまう。


 そして今朝のようによくわからない行動をしてくる。


 悪夢は…まあ、置いておこう。


 受験も置いておこう。


 いや、つまり懸命に想いをぶつけてくれたのなら、答えたいと素直に思ってしまったのだ。


 過去の華と重なって辛いところもあるにはあるが。





 朝日が眩しいのもあるが、目を瞑って俯きながら考えていた。


 伽耶まどかのことだ。


 円華ちゃん、コインブラくんは覚えている。いや、覚えていた。


 何せ、15年前だ。見てから思い出す、見たからこそ思い出す、まるで蓋が開くように記憶が飛び出してくる。


 そんな思い出すプロセスをだいたい踏む。


 でも、銀髪の伽耶まどか。


 あれはすぐには思い出せなかった。


 いや、描いた覚えはやっぱりなかったのだが、違う意味で思い出せなかった。


 なぜなら彼女の女優歴の方が長いからだ。


 というのは、たしか彼女は元々Vtuberだった。


 何かのニュースで見た覚えがある。


 デビューは僕が高校の時だったと思う。それから彼女は正体をばらし、女優転生した。


 それがたしか、僕が二十歳かそこらだったと思う。母が亡くなる少し前だったし、覚えている。


 そしてそのニュースを思い出せば、Vtuber時代は銀髪だった。敢えてなのか、技術のせいかはわからないが、作り込みは甘く、可愛いくデフォルメされていたからか、一瞬わからなかった。


 でもあれは整えれば僕のあの絵を祖先に持つと思う。


 もしくは、僕が盗作か同人になる。


 でもそんな記憶もない。


 もしくは、中学か、高校の同級生に未来のVtuberがいるのかもしれないが、あんな子は見たことがない。


 それと、Vtuber伽耶まどかが、転生前に他の代役をオーディションしたのではないか、そんな噂もあった。


 そしてVtuber時代の声は…はっきりと思い出せないが、なんか昔のシンガーに似てるな、そう強く印象に残っていた。


 なんて人だっけか。


 可愛いというより少ししゃがれてて退廃的で格好いい感じの声で…


 なんだか気になってくるな。


 そうだ。最近は華のフォローが凄まじいのだ。


 思い出すのが爽快で怖い。


 献身的過ぎて怖い。


 溺れてしまいそうで怖い。


 だけどこのままではダメだ。駄目になりそうだ。ヒモになりそうだ。


 そうだ、裕介よ。


 思い出せ、取り戻すんだ裕介!


 誰にも頼らず、熱に溢れ駆け抜けた20代の頃の僕を! 


 え? 逆に吐きそうなんだが!?


 なんでだよ!


 そんなことを考えていた時、僕の耳に声が響いた。



「おはようー」



 あ、そうそう、こんな感じこんな感じ。


 〜流ーれるー季節にー君だけー足りーない〜


 みたいな声だ。


 彼女が女優転生した後の声は違ったが、中の人時代はこんな感じだった。



「今日もほんと寒いし風強いよね。制服のヒダが、膝にさらさら触ってくるんだ」



 最初は別人疑惑が出てたけど、声チェンジしてたってぶっちゃけて、女優業をスタートして…破竹の勢いで活躍してたからいつの間にか誰も気にもしなくなって…制服のヒダ?



「受験勉強は捗ってるかい? 裕介」



 さっきからこれ脳内再生じゃなくないか?


 そう思い、目を開けて顔を上げた。


 そしたら、灰がかった黒髪ロングのお肌ツルっツルの美人な女の子が、ニコニコしながら僕を見下ろしていた。


 でかッ!? 近ッ!?


 誰ッ!? 怖ッ!?



「…え、どちら様…?」


「はは。そんな冗談はやめてくれよ」



 ハ、ハスキ〜っすね…


 いや、違う違う…冗談でもなく誰だ、この女生徒…同中のブレザー…制服だしな……


 あ…! 



「…何やってんだ、お前」


「ああ、もしかして寂しかったかい? ごめんね、勝手にお休みしてて」



 そこには、三好翔太がいた。


 喉、掠れてたのか…いや、そこじゃない。



「ちげーよ。そーじゃねーよ。というか、なんなんだそれは…」



 なんでヅラ被ってんだよ! 


 何で乳があるんだよ!


 なんでスカート履いてんだよ!


 セーラー服…着てねれらっちゃれらってなるだろ!


 つーか、こいつ青空だけじゃねーのかよ…


 多分女装だろうが…似合ってんのが腹立つな…こいつ。


 似合い過ぎて違和感がないぞ。


 売り方一つで天下取れるだろ、これ。


 ……もしかしてこれがあのイベントのけじめのつけ方か? ぶっ飛び過ぎないか? 力技過ぎないか? 


 しかしこいつ、無敵かよ…


 いや…まてよ。え…ただの女装…だよな…?


 TSとかふたなりとか去勢とかじゃないよな…?


 三好1/2とか意味わかんねーよ…



「なんなんだって……何かついてるかい?」


「そゆこと聞くんじゃねーよ!」



 疑問に思ったけども! なんかこう、センシティブだろ! そういうのは! アホか!

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