終いのデザイン。@三好翔太&野坂杏奈

 あの日から三日経っていた。


 俺はまた思考がループしていた。


 何が起きた。なぜ起きた。いつから起きた。いったい誰が起こした。誰が仕組んだ。


 元々ハメるつもりだったのか?


 あの華が? あの華に?


 でも、そうとしか思えない。そうとしか答えが出てこない。


 ファンクラブを覗こうにも、華の写真がアップされるだけで、あのイベントの情報がない。



「しかもあいつら…」



 あのビッチ達からの連絡は、あの日から毎日、毎回、一時間のみとなった。それ以前やそれ以降には絶対に返事が返ってこない。


 時間は違えど、〜:00から〜:00までしか連絡が来ないし出来ない。


 まるでアルバイトのように正確な一時間で、しかも五人全員から一気にくる。


 しかもどうでもいい内容で、こっちからの問いには答えない。


 そして一時間経てば、その日は終わり。


 決まって俺の手が空いてる時だけ。


 何がしたいのか。



「ふざけた話だね…」



 勝ち確定の浮かれた気分で臨んだあのイベント。


 なのに結果はこの有様だよ。


 暴かれ、殴られた瞬間にスイッチを変えるかと迷ったけど、卒業まであと三か月ほどの我慢だと言い聞かせた。


 そうだ。俺は諦めていない。俺にざまぁは通じない。あのイベントが華によってもし仕組まれていたとすれば、ますます欲しくなる。


 裕介はあの後どこにもいなかった。だから裕介も関係があるはずだ。


 サッカー部のやつらに集団で抱えられて自宅まで連れられたから、探す暇もなかった。


 心の折れたフリをするんじゃなかった。


 多分だけど、これは見る人から見ればざまぁなんだろうね。


 はは。ざまぁされるような事をする人間が、そんな折れるメンタルしてるわけないじゃないか。


 はは。ループループしてるくせにね。


 だけどもう答えは出た。


 そうだ。浮かれていたのは事実だ。


 だから、敗戦から学び、次に活かして、また丁寧にゴールまで目指せばいい。


 積み上げればいい。



「つまり、エンド、アンド、スタート。裕介…華は渡さない」



 自室のベッドでそんな事を考えていると、突然、ノックも無しにドアが開いた。



「…お前…」


「久しぶりね」



 母とともに出て行った二歳上の姉、杏奈あんなが笑顔でそこにいた。


 あの母と同じ灰がかった黒髪に美人顔。俺に似ているのは認めない。身体は…華やあの子には劣るけど、まあ高校生って感じになっている。


 今日、父の帰りは遅い。散々壊してやったのに…いい度胸してるよな…


 こいつで鬱憤を晴らそうか。





 姉、杏奈は俺の手の届かない距離で、立ち止まった。


 懐かしい距離だ。外では仲良いフリをさせて、追い込んでいたからね。



「何でここに来たんだい。またイジメられたくなったのかな?」



 とりあえず昔のように威圧的には話さない。まだ殴られた頬と腹と足が痛いからね。


 しかし…こいつ…ニコニコして…頭がおかしいのかな。


 出て行った時は無表情だったのにね。


 ああ、そういう事。


 はは。回復したから調子に乗ってるんだね。



「くすっ。見たわよ」


「…何をだい?」



 へぇ。昔みたいに笑うのか。そんなを顔をすると…また疼いてしまうよ。あの汚い母に似てるからね。


 壊したくなるじゃないか。



「優しい優しい人が呼んでくれたの。翔太の勇姿、見ませんかって。ふふっ」


「……へぇ」



 その顔で嬉しそうに笑うなよ、気持ち悪い。


 つまり…仕組んだやつから誘われてか。


 こいつは華と直接の面識はなかったはず…



「…誰に誘われた? 言え」


「ふふ。もう崩すなんてイケメンが台無しよ。ほんと昔からせっかちよね」



 こいつ…殴りつけていたぶっていいよね。まあまだいいよ。



「ああ…? 何でお前が調子乗れるんだ?」


「ふふっ、強がっちゃって。可愛い」



 強がってなんかいない。本当に違う。


 何だ…? 尻軽といい、周りで何が起きてる? こいつは本当にあの杏奈か? こんなに笑顔だったことがあったか?



「…優しい人にね。誘われたの。その優しい優しい人はね。言ったの。一度きりの人生。愛に溶けてみよう…って」


「気持ち悪いよ、お前。で、そのお優しい人は誰だ?」



 お前はあの裏切った母と同じだ。愛なんてない。


 その顔で笑うなよ。



「ふふ。失恋すると辛いわよね。わかるわ」


「無視か……告白してもないのに、失恋なんてしないよ。そんなに煽って何がしたい…なんだ、それは……?」



 唐突に、杏奈はスマホを見せてきた。音声こそ出してないが学校が見える。大勢の生徒が見える。


 そして俺が殴られている。



「これね。その優しい人がくれたの。あなたの暴行ビデオレター。あなたが殴られていたから、もうお姉ちゃん苦しくって苦しくって」


「…お前は…」



 杏奈は、姉は、にやにやとイタズラっぽく笑いながら言う。


 復讐か…?



「ああ、そうだわ。あなたの青空ビデオレターも見たの。もうお姉ちゃん、切なくって切なくって」


「本当に気持ち悪いな。お前」



 グループに流れたやつか。まあみんな見ただろうし、気にしてないよ。


 それより、そのにやついた笑みをやめろ。


 それとも、やっぱりぶっ壊れてるのか?



「うふ。その優しい人はね。あなたとの関係をね。お勧めしてくれたの」


「関係…? …本当に何を言ってるんだ…はぁー…萎えた。もーいいよ。帰れよブス」



「いけないわ。そんな汚い言葉。あなたには似合わない」


「…上から言うなよ。本当に気持ち悪い」



「ふふ…それに…あなたが恋した裕介君にもあなたが愛したあの子にも…もう近づけないわよ?」


「…裕介に恋だって…? 何を言って……ぇ、あ…?」



 俺の質問を遮るようにして、杏奈は一つの動画を見せつけてきた。


 そこは裕介の部屋だった。


 ベッド真横側からのショットだった。


 そして、それ以外の情報を信じたくなかった。



「だってほら。こんなに愛しあってるのよ。邪魔はよくないわ」


「……ぁ、ぁ」



 その動画は少し薄暗かった。


 カーテンを締め切っているからか、いつの時間帯がわからないかった。


 そして、ベッドで絡み合う男女がいた。


 いや、女が騎乗して一方的に男を貪っていた。


 三が日の最終日、初詣の時に華が…着ていた…白黒の千鳥格子の服だった。


 恥ずかしそうに、純情を示すかのように、顔を両手で隠していた。


 だから下半身の淫らで滑らかな動きが、本当の答えに、素直な答えに、どうしようもなく見えてしまった。


 あの華が…自分で…腰を振り、擦りつけて…


 あ、ああ、ああ…


 対する裕介は…前髪で表情は見えないが、頭の後ろで腕を組んで…まるで勝手に動けと命令するかのように…


 あ、い、ああ、ああ…



「あ、あ…そ、そ、それをとめろぉ…」


「あら。私ったらいけないわ。あなたにとっては寝取られビデオレターになるわね。くすくす。ごめんなさいね」



「うぐぅ…聞いてんのかクソアマぁ! 痛っ…おまえ…いいからそれを、スマホを、寄越せ…」



 身体が痛くて滑らかに動かない…違う…思考が動画に持っていかれる…ああ、目が離せない。



「ふふ。あら、手から滑り落ちてしまったわ。勝手に拾って消しなさい」


「……誰に、誰に命令してんだ……ああ、華…裕介、裕介、華…ああ、ああ…」



 ベッドから転げ落ちるようにして、近づいても、スマホを拾えず、両手を床について眺めるだけだった。


 俺の魔法使いと俺の惚れた女が睦み合っているそのスマホには、なぜか触れることが出来なかった。


 同じシーンがループしていることに気づかないくらい、魅せられて、狂いそうなほどに切なかった。



「まだあるわよ」


「…それ……寄越せ…うぐぅッ…??」



 その時、鼻と口に何かを押し付けられた。


 そして遠くに落ちていくような、近くに上って行くような感覚で、俺の意識はなくなった。




 

 弟を抱き起こし、ベッドに寝かせて、髪を優しく撫で付ける。


 記憶のままのサラサラ具合に心が騒つく。


 ぐちゃぐちゃに泣いた顔に胸が騒つく。


 弟、翔太は7歳頃から暴力に目覚めた。


 外で取り繕った鬱憤を私で晴らしていた。


 母の裏切りから、ますます私に当たっていた。


 それは両親が離婚するまで続き、私は表情を失った。もうあれから何年も経つのに、私の心は回復しなかった。


 それくらい感情がなくなっていた。


 無表情で過ごしていた。


 優しいあの人に会うまでは。



「ああ…可愛いわ、翔太。翔ちゃん。カップルの痴態に心を燃やし悶えるあなたはなんて可愛いのかしら…そんなあなたに嫉妬してしまうわ…でも心配はいらないの。あなたは私が丁寧に戻してあげる。可愛い可愛いあの頃のあなたに巻き戻してあげる」



 とてもとても優しい人が…言ってくれたの。


 あなたを、私の大事な大事な弟を。



「タイムリープしてあげて…ですって…私達にやり直しをさせてくれる…優しい優しい人なの」



 そう言いながら、弟の情け無いぐじゅった顔を見下ろしていたら、私のすぐ耳元で囁く声がした。



「よくやったね…でも願いはここからでしょ?」


「ッひぃっ! …いつの間に…いらっしゃったのですか…流石です…」



 玄関の鍵は閉めたはずなんですが…


 見守ってくれていたなんて…素敵です。


 しかも音もなく近寄れるなんて…達人です。



「あはは。驚かせてごめんね。心配だったからさ。これ、追加の荷物ね。いろいろ入ってるから頑張りなよー」



 彼女は青い大きなボストンバッグをガシャンと床において、そう言った。


 専用の機材かしら。


 嬉しい。


 だから私は精一杯の態度で、優しい優しいこの人にお礼を言う。



「何から何まで…本当にありがとうございます…お姉様…」



「んふ。気にしないで。一応候補だし…じゃあね。あー……経過報告だけよろ〜躾終わったら私の動画消してね。わかってると思うけど」


「はい。もちろんです。本当にありがとうございました」



 そう言ってお姉様はお帰りになられた。


 お姉様は不思議な方だ。


 いきなり現れ、たった一日で私の壊れた心をドロドロにとろとろに溶かしてしまった。


 あんなもので壊れたと思い込んでいただなんて、烏滸がましい限りだった。


 お姉様は、いろいろなことを心と身体に刻んでくれた。上書きしてくれた。


 10時間以上つきっきりで丁寧に整えてくれた。


 快楽と混沌の果てで、私をデザインしてくれた。


 そしてかつて願った思いを見出してくれた。研ぎ澄まされた想いに名前を与えて、剥き出しにして、チョコレイトのように固めてくれた。


 その名はメルティラブ。


 ああ、離さない。


 甘く溶け出すまで、離さない。


 まだまだ寒い日が続くのに、心はまるで優しくも淡い春の色に染まっていく。



「さて……まずは……脱毛からね。その後…壊さないように、ていねていね丁寧に可愛いがってあげる」



 今日から数日は元父は戻ってこない。


 お姉様が母に手を回し、遠ざけてくれた。


 どうやってかは聞いてはいけない。


 大事なのは、このステージ。



「本当に感謝しかないわ…頑張ります、お姉様」



 ああ、純粋な思いを何にも邪魔されることなく打つけることは…


 ああ、愛しいこの子を想い願うままにデザイン出来るということは…



「あなたも…きっとこんな気持ちだったのよね…お姉ちゃん、とってもとっても嬉しいわ」



 何でこんなにも高ぶるのかしら。

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