マイジェネレーション。@柏木裕介

 担任の谷川先生が僕の事情をクラスメイトに簡単に伝え、そのまま授業が始まっていった。


 正直言って懐かしさしかなく、あまり思い入れのあった中学時代ではなかったが、心に響く何かがあった。


 椅子の感触にも慣れ、華の華麗なフォローもあり、あっという間に放課後となった。


 少し職員室に呼ばれたり、保健室に寄ったりとしたが、辿りついた。


 少し寄りたいからと、華に告げてやってきたが、ここだ。



「変わって…ないのは当たり前か…」



 中学校の美術室だ。


 美術部の部室で、三年間通った…思い出の場所だ。



 いつもの…いつもしていたように、左端の窓を少し開ける。


 すると、校庭で下級生達が部活に精を出す声が響いてくる。冬の斜に入る夕陽が心を締め付けてくる。


 このカビっぽいような、少し力が抜けるような、様々な絵の具が混ざったような独特のすえた匂いと、冬の風の匂いが混ざり、舞い上げ、僕を誘う。


 光と匂いと音。


 それらに殴られる脳の記憶。


 ああ、一人15年会をしてる気分だ。


 同窓会の時は部室には入れたのだろうか。


 今みたいな…ノスタルジック…と呼べば正しいだろうか。


 そんな気分になったのだろうか。


 青みがかったセピアような色の情景が今見る風景に重なって浮かぶ。


 その只中にいる。


 というか、当たり前だけど、校庭の子達は今の僕より未来で大人になっているわけで。


 あの婚活パーティーでぶっ飛んでいたが、改めて眺めて見ると、なんだか時間旅行みたいで、不思議な気分だ。


 

「タイムトラベルはー楽しー……この丸椅子とイーゼル…懐かしいな…」



 部室の端っこには、イーゼルが丸椅子と共にあった。


 イーゼルには懐かしい青いエプロンが掛けられていて、両肩がテンパるようにしてカンバスを隠していた。


 大きさは6号…A3ほどを縦に置いてる。


 僕は油絵は描かなかったから、アクリルで描かれたものだろう。


 発色で選んでたしな。


 鮮やかに色付くしな。


 扱いやすいしな。


 美術部員は僕一人だったからこれは…僕の描きかけか。


 モラトリアムの三学期。いや、二学期から描いていたものか。


 何描いてたっけか。


 イベントであんなの晒されたしなぁ…


 なんか…ドキドキするな。


 どっきりどっきりドンドンするな。


 まあ、今更どうにもならないことだけど。


 でも多分華だろうな。あいつはミューズだったわけだし。



「よし…出てこいやッ……? ……誰だ…?」



 そこには肖像画のようなバストアップの人物画があり…誰だこの子…


 華じゃない。


 まあ、創作だろうが…


 だって銀髪だし。


 銀髪のミドルボブのストレート。少し切長の目に鈍い灰色の瞳。鷲のように鋭い鼻。口も顎も小さく、均整のとれたバランス、いわゆる黄金比。


 銀髪の表現…銀色は正確には色ではない。白や灰色に強い指向性を持たせたもの。だからラメを混ぜて偏光させたりするが…


 というかわざわざそんなことしてたのか…


 まあ、かなりの美人だ。美人画…いや、写実に近いイラスト…ポートレート風というか。


 こんなの描いたっけ。


 まあ、タッチを見れば、自分が描いたのだとわかるが…


 確かに一時期、顔の造形ばっかり追求していた時期があった…と思うが。



「でも…なんか…誰かに……」



 絵の背面を見ても何にも描いてない。


 ……?


 僕は…今、何をほっとしたんだ。



「…それ、柏木くんが描いた…ふーっ、理想像だよ…?」


「ルカーッ?! って森田さんか……驚かすなよ…何、忍び?」



 気づかないうちに、めっちゃ近くに森田さんがいた。驚いてコケそうになると、腕をガッと組まれた。


 あ、今日はステルスモードっすか。


 とりあえず近い、近いっす、アネゴ。


 ついルカーッと叫んだじゃないすか。



「忍び…んー、まあ、近いよね」


「嘘こけ」


 

 というか、耳にフーもやめなさい。


 彼女の友達とか、エロ漫画じゃないんだから。そういうの青空三好が専門だから。


 しかし、理想像か…この時期に人物画にハマってたかな…? わからんな…



「ほんとだよ…試して…みる…?」


「アホか。やめろ。何言ってんだ」



「ん"ん…で、でも、ふー…、その子、ふー…、めっちゃ可愛い子だよね…やらしー」


「やらしくねーよ。アホか」



「〜〜ッ……ふー、ふー…酷いなぁ…」


「なんでだよ」



 森田さんは、何故かわからんが、僕にしがみつきながら、上半身を緩く倒して、フーフー息を吐いていた。


 なんだかとてもやらしい感じがする。


 薄い本の感じだ。


 まあ、それはそれだ。


 僕はそれをBGMにしながら、絵を見つめていた。


 考えごとで、森田さんの距離感を払いのけてなかった。


 何かが、何かが繋がりそうなのだ。



 ……ふー? フー? Who? WHO?



「フー…フー…ザ…フー……あ」



 これはあれだ。


 僕の世代で一番有名な女優だ。


 彼女は銀髪のミドルボブではなく、亜麻色の長い髪の乙女だったが……



 伽耶まどかだ、これ。

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