マイマザー。@柏木裕介

 あのハゲの衝撃から何日か経ったある日のことだった。


 夕食も食べ終わって、風呂から出た僕は、目の前の事実に悩んでいた。


 華と森田さんはすでに居ない。


 つまり、親子二人きり。


 そう、悩んでいるのは母のことだ。


 母が最近るんるんなのだ。簡単に言えばあのウェイ系みたいになってい…いや、そこまでではないが、映えを意識しているのは間違いない。


 そのままでは何の問題もないのだが、わざわざ絡んでくるのだ。


 この受験で忙しい時に…


 森田さんが来るようになってからは特に酷くて、酷くウザくて仕方がないのだ。


 母がアッパー過ぎると、息子が苦しむという簡単な方程式を、わかっていないのだろうか。


 そう考えると15だろうが、30だろうが、母への対応は変わらない気がする。


 僕だけだろうか。


 まあ、男だからかも知れないが。


 早くに亡くしたからかも知れないが。


 何よりタイムリーパーだからなのかも知れないが。


 いや、普通は優しくするものなのはわかっている。労わるのも、出来なかった孝行しないとな、とも思っている。


 とりあえず今の僕は無力だ。健診に送り込むくらいしかできないし、そもそも介護されてる身だ。


 というか…



「裕介、裕介。この髪型どうかしら。格好可愛いかしら。薫ちゃんに教えてもらったんだけど、美容室変えたのよ。似合う? 似合うわよね? 似合うって言いなさい」


「……似合うよ」



 ウゼェ…しかも脅し入ってるじゃねーか…


 さっきの孝行しないとな、が足を引っ張って強く言えねぇ。



「でしょ。爆イケでしょ。ウェーイっ」


「……」



 あかん。このおかんあかん。しかも僕と同じでそこまで表情に出ない顔してるから、バカにしてる感が否めない。


 そして明らかに華と森田さんと同列みたいなポジショニングを意識してる。


 ただでさえこちとら中身30歳で15歳やってんのに、リアル30オーバーで15歳とタメはんなよ。巻き込まれた感じで複雑な気持ちになるだろ。


 オーバーエイジ枠なんだよ、今の柏木家は。



「あーこれはバズカるわ」


「…語源、バズーカじゃないからな」



 バズカるってなんだよ。


 バズーカはラッパからだろ。


 母のこのテンション上げは、なんかこう胸の内側がゾリゾリするような恥ずかしさというか気まずさというか、形容し難い何かがキッツい。


 そういえば昼ドラとか恋愛ドラマとか絶対一緒に見たくなかったっけ。


 濡れ場とか母と二人で見たらどんな反応すれば良いかわかんねーよ。


 流石に当時ほどではないが、苦手なものは苦手だ。


 〜あ〜なたの〜お姫様はー、誰ーかと〜腰を振ぅって〜るわ〜とか。


 あれも衝撃的だったな…


 人は強くねーよ。とても弱くはないだろうけど。



「息子が褒めてくれましたってアップしないと。ほら見なさい。華ちゃんのおかげでフォロワがエグち。どうしようかしら。あ、息子居るってカキコするとマイナスかしら」



 SNSか…


 まあ、母も再婚していてもおかしくないしな…過去世界では天涯孤独の身の上だったとはいえ、今世の母は死なないかもしれないし。


 しかし…未来では当たり前の出会い方だったが、母がもしマッチングアプリで出会うとか思うと、結構くるものがあるな…


 再婚か…



「カキコ言うな。エグちも。というかそういうの黙ってやれよ。なんて言えば良いかわかんないだろ」



「裕介の反応を見て楽しんでるだけよ」


「最低か。やめろ。……母さんは…再婚とか考えてないのか?」



「何よ、急に。喧嘩売ってんの?」


「何だその返しは。売るか。その、なんだ。高校出たら働くからあまり僕のことは気にしなくていいからな」



「フッ、ナマ言うじゃない。流石は赤キップ」


「まだそんな事してねーよ。何言わすん…って何だその顔は」



 母は、鳩がユーはショックみたいな顔して。あ、戻った。


 なんなんだ。



「…いや、いいわ。裕介がそう思うならそうなんでしょ。裕介の中ではね」


「その様式美やめろ。嘘じゃねーよ。というか話を変えるなよ。いや…やっぱりいいや」



 何で出会おうが、母が再婚するのは構わないしな。というか未亡人の場合も一応不倫になるのか?


 わからん。まあ、母が幸せならなんでもいいか。



「ふー、仕方ないわね。そうね。…昔の偉い人はこう言ったわ」


「急になんだ。もういいって言ったろ」



 立ち上がってぐるぐるしだしたぞ…探偵ものか…?


 それ今流行ってんのか…?


 チェリーいつまでもアップビートォ〜しか知らないぞ…


 母はピタリと止まると、抑揚のない調子で言った。



「法律と戦ったが、勝ったのは法律さ、と」



「何言ってんだ。全然意味違うのに結構な不倫やらかしたみたいに聞こえるだろ。しかも負けてるじゃねーか」



 またパンクかよ…いや、どっちのことだ…原曲…いや…事故の方だな。つーか名曲にそんな意図ねーだろ! 何の話をしてんだ!



「ふふっ。そんなのしないわよ。司さんとはずっと一緒よ」


「最初からそう言えばいいだろ。しかも法律でとかそういう言い方はないだろ」



「冗談よ。ちょっとした照れ隠しじゃない。もし彼がいなかったら、私は授業中に銃で自分の頭をぶっ飛ばしていたかもしれない、みたいなやつよ」


「どんな照れ隠しなんだよ。さっきから物騒なんだよ」



「つまりよ、裕介。それくらい私は司さんに集中砲火されたのよ」


「もう何でもいいよ…それよりもう少しわかりやすく言えよな。いつもわかりにくいんだよ」



 まあ言わんとしていることはわかる。わかるが、いつもながら物騒な言い回しが多いだろ…そんな事より、好きとか恋とか愛とかいろいろあるだろ…


 いや、母とそんな会話は無理だ。


 待てよ…? これはもしや母なりに気を遣ってくれてんのか…?


 なんだ。


 そうだったのか。


 タイムリープによって初めてわかる母心か…



「もぉ。仕方ないわね。司さんは私にとって、そこまでの男だったのよ。だからあんなに乱れたのよ」


「そうじゃねーよ! そういうのは言わなくていいんだよ!」



 そういうのはわかりたくないんだよ! 母心じゃねーじゃねーか! もっと違う気をつかえや! グレるって言ってんだろが!



「あれは、あなたが生まれる…丁度十月十日前のことだったわ。初めて会った司さんにテイクオンミーされたのよ」


「だからやめろ! 行きずりで授かり婚じゃねーか! 息子に聞かすんじゃねーよ!」



 というか顔を赤らめるんじゃない! テーブルの角をスリスリしながら言うな! しかもテイクオンミーって…ナンパじゃねーか! それに古すぎるだろ!



「あら、素敵な言い方ね。それ良いわね。散々デキ婚なんて言われてね。周りから反対されて。だから私は司さんについて行ったのよ。連れてぇ〜逃ぃげて〜よぉ〜って」


「それに繋ぐなよ…もう馴れ初めはいいからって何の話しだ…ほんと…」



「クリープ。司さんは自分のことをそう言っていたわ。でも私にとっては王子様だったの。だから私は司さんとは別れないわよ」



 最初からそう言えよ…


 ならとりあえず稼ぐ仕事につかないとな…


 しかし、父さんが自分でクリープか…自虐が酷いな。


 どう訳すかは人それぞれだが、僕は陰キャのことだと思う。


 普通はキモいとか変態って意味だが。


 しかしそれでよくナンパしたな…一目惚れで駆け落ちだっけか。



「……ん? つまり母さんは…っておい、何してんだ」



 スマホのバイブヤバいくらい鳴ってんな。何を投稿したんだ…?



「あ、裕介。見て。明日香さん年齢の割にとっても可愛いですって! こんなにも! どうしようかしら…」


「どうもこうも何で身バレしてんだ! 照れ隠す前にそれ隠せよ! チョロインなんだから絶対会うなよ! 絶対だぞ!」



 写真かよ! この地方は知らないが、都会とか怖いんだぞ! 女社長の体験談とか! 女社長の友人の体験談とか!


 リアル人妻ものだぞ! 魔法使いには毒なんだぞ!



「ふふ。大丈夫よ。ほら、ここ見なさい。飛鳥にしてるから」


「……」



 内容によってはその名前不吉すぎるだろ…というか内容被ってんだろ。


 ダメじゃねーか。


 まあそんな意図は母にはないと思うが…



「もーそんな不安そうな顔して。仕方ないわね。ならA、S、K、Aっと…」


「やめろ! 不安しかなくなるだろ!」



 わざとじゃねーか!


 いらん心配事増やすなよ…


 ただでさえ、最近周りの様子がおかしいってのに…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る