なぜか泣き止んだ気がした。@柏木裕介
「はぁ……勝手にしやがれすぎるだろ……華?」
隣に座る、何かをコピった華は、ぼーっとしていた。
タルトは…食べ尽くしてるな。
これからどうしようか…いや、どうもこうも無いか。
隣に住む幼馴染でずっと好きだった人で、元世界で裏切られた人で、この世界で付き合った人。
元世界で告白した時は…あの日は…桜が待っていて、幻想的で…僕は照れて、すぐに目を離して…だからちゃんと見ていなかったな……
やはり、彼女は違う。彼女と違う。
だから…やっぱり嘘はつけない。
「は─……」
「裕介さん…!」
僕の声を遮るようにして、こちらを向き、一秒。
華は真剣な目をして、そう僕に声をかけた。
「……裕介さん…? どした急に…」
「わたし達…いろんなところに出掛けたよね…? 公園とか、川とか、海とか、山とか、ピクニックとか、お祭りとか、お庭で天体観測とか、合同での家族旅行とか…」
「…そうな…出掛けたな…?」
それより裕介さんっていきなり何だ。
「だからね。あれをね。デートに認めちゃえばね。含めちゃえばね。そんじょそこらのカップルにね。積みと歴、誰にも負けないと思うんだ、わたし」
「いや、それは…」
違うんじゃないか?
ちゃんと付き合ったことなどないからわからないが、いや、でも、人の付き合い方なんてそれぞれだろうし…ましてや幼馴染は特殊か…
なら違うことはないのか。
というか積みと歴ってなんだよ。
わかるけども。
「それと…この虹色のマフラーなんだけどね」
「ああ。それありがとうな。ちゃんとお礼言えたかどうか…定かじゃなかった。それに僕から何も返せてなくて悪かった」
「ぁぅっ…」
「え? また急にどした?」
なんだ……その心臓を押さえる仕草は。
おじさんには違う意味でドキドキなんだが…主に命の母的な。
僕の怪訝な目に反応したのか、華はあせあせしながら話し出した。
「う、ううん…あっと〜その…なんっ…えっと…あはは…ああ〜それよりっ! このマフラーはねっ! …中学の一年の頃から編んでたの。毎年迎える…いつかのメリークリスマスに渡したくて。でも完成しなくて。ゴム編みしか出来ないわたしだけど…やっと今年出来てっ! …下手なりに頑張ったんだ、わたし」
「…そっか…ありがとうな…」
過去の僕は…もらってなかった。こうやって違いを見せつけられると…胸が締め付けられてしまうな…
というかそれを絞技に使ったのか…やっと出来たが必殺技の特訓に聞こえてくるんだが…
そして彼女は畳まれた膝上のマフラーに、強く握ったグーを置いた。
そして僕に言う。
「……ねぇ、裕くん。今のわたしを見て。わたしを見つめて。夢でも良いからわたしを見て」
「…夢…?」
なんで夢…? 夢、夢か……例えばこれが夢だとしたら…きちんと付き合うなんて夢みたいな出来事で…僕の気持ちは…
「………」
嘘だからか、自然と俯いてしまっていた。
華の膝上にある虹色のマフラーを見つめてしまっていた。
いや、やはり…正直に言おう。
こんな気持ちで付き合っちゃダメだろ。
そう決意した時、華のゆっくりとしたリズムの歌声が聞こえてきた。
それは父さんの好きな曲だった。
父さんのCDは和室の押入にある大きな青いトランクに、今も大量に入っている。
タイムリープ後は、何故か和室に入りづらくて開けてなかった。
多分、実家で、この家で、父さんを思い出したくなかったのだと思う。
僕は高校二年生までは、ずっと父さんの残したCDを聴いていた。
スマホの音はその当時悪かったから、自然とCDデッキで聞いていた。
もちろんそこに華もいた。
聴きながら絵を描くこともあった。
この町を去る時には何も持たず、いつしか音楽に、歌に、曲に、興味を失っていった。
広告の仕事で必要な時は他の奴に任せていた。
だから10年くらい、流行りなんてちゃんと聞いてなかった。
母さんが死んでからトランクを引き上げていたけど開けてなかった。
でもタイムリープ前、また思い出すかのように聞いていた。
あの同窓会の案内状を受け取った時も聞いていた。
あの時聞いていたのは、華が今歌っている曲ではなく、華が編んでくれたような[虹色の長いマフラー]のフレーズが入っている曲で、男女が別れた後を綴った歌だった。
だから今、目の前のマフラーがまさにそれに見えてしまった。
いや、病院で受け取った際も、無意識のうちにそう思っていたのだろう。
華はそんなつもりはなかったのだろうが、今のこの瞬間、背中を押された気がした。
だから、華が歌い終わるまでは待とう。
彼女にきちんと言おう。
でも、華はその歌をゆっくり歌う。
トランクの中の曲を優しく歌う。
原曲と違い、穏やかに歌う。
語りかけるように、僕へ向けて歌う。
いつしか僕は顔を上げていた。
見上げた華は、こちらを真っ直ぐ見つめて歌っていた。
彼女はどこか寂しそうな笑顔で、歌い揺れていた。
そして気づけば一緒に歌っていた。
「〜ゆっめをー見たーいから〜」
「……1秒でも…」
「ふふ。離さないーで〜、つっよ過ぎるくーらいー」
「溢…れ、てる…」
「想いーに今を賭けようー………だからわたしは今に賭けてるんです……柏木裕介くん。裕くん。裕介さん。わたしは君が好きです」
歌い終わり、華は最後にそう告白してくれた。
「どんな君でも……好きなんです。ずっとずっと前から好きでした」
さらに告白に告白を重ねてきた。
そしてどこか困った顔をしながらこうも続けた。
「…だからわたしを見て、裕くん。太陽のように強く咲くから…降り注ぐから…包み込むから…どの世界でも、どの時代でも、どの時空でも…ただ一つだけの、たった一つしかない華を見て………んっ」
そして彼女は、僕の両肩に虹色のマフラーを掛け、優しく引き寄せてから、キスをしてくれた。
僕はなんにも動けなかった。
記憶とは違う華と。
記憶の中の君とはしたことなどないのに。
何故か記憶と重なって見えた。
「ああ…嬉しぃなぁ…嬉しいよぉ…付き合えて…嬉しいなぁ…えへへ…」
「…華……お前…」
でも、なら、なんで。
嬉しいなら、なんで、なんでさっきからそんなに悲しそうな笑顔なんだよ。
そんな顔してんじゃねーよ。
瞳の中は嘘吐けてねーよ。
ああ、泣いてんじゃねーか。
過去のあいつの…あの日の涙みてーじゃねーか。
いや…お前は、あいつは、いつだって変わらないのか。
ああ、君は君のままなのか。
僕が大人になって歪んだだけなのか。
ああ、泣いていたのは僕も同じだ。
彼女の瞳に映る僕も泣いていた。
ああ、そうだ。
届かない思いなら…せめて。
せめて枯れたかったんだ…本当は。
そして気づけば二人、胸が痛いくらい抱き締め合って泣いていた。
二人、枯れるまで泣いていた。
その時不思議と17歳の僕が、泣きじゃくる僕が、なぜか泣き止んだ気がした。
◆
ちなみに泣き止んだ時に気づいたのだが。
その時不思議と15歳のボクが、思春期の僕のボクが、なぜか咲き誇っていた。
気のせいではなかった。
気のせいにしたかった…!
瞬く間もなく極度に反応してしまい、それを鎮める手立ては僕にはなかったのだ。
骨折という足枷で、逃げるに逃げれなかったのだ。
僕は…最低だ。
だから罪悪感で死にたくなった。
やはり彼女は僕にとっての死神なのかもしれない。
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