何でもうお膳立ってんだよ。@柏木裕介
「何これ」
「何って…記念日にはケーキでしょ」
「明日香さん…ありがとうございます!」
家に帰ると、ケーキがあった。懐かしい海月亭のチーズケーキタルトだった。
いや、そうじゃない。
「…何で知って…って越後屋か…」
松葉杖窃盗犯は越後屋で合っていた。どうやら家まで届けてくれたそうだ。いやなんか違うな。
あいつ一人の単独犯ではなかったが、やはり一枚噛んでいた。実行犯だ。ちっこいのに二本も可哀想に。
いや、んなことねーわ。
まあ、母は彼女に聞いたんだろうな。
「違うわよ」
「違うのか…ん?」
そうだよな。聞いてからケーキ買いに行く時間とかどこにあるんだ、そう思って箱を見たら、日付が昨日だった。
…まあ…いいか。
このケーキを見ても吐かないし、いいか。
タルト生地、サクサクよりちょい水分回ったしっとりが好きだし、いいか。
隣の幼馴染兼出来たて彼女がめっちゃ食べたそうで嬉しそうだし、いいか。
◆
そう、華は僕の告白にイエスと答えてくれていた。
華と森田さんに担がれながらその事実を知ったが。
森田さんは笑って祝福してくれた。
祝福という名の流星は瞬いていたが。
彼女は、家まで送ってくれてから帰っていった。
そして華が母に僕達のことを真っ先に話したのだ。
断じて、肩が攣りそうだったわけではないが、僕より彼女は早かったのだ。
僕が先にセイするはずだったのに。
すると母は記念日だねと言ってくれた。
だけど、何故かすでにある三つのタルト。
……まあいいか。
何というか、あまり実感が湧かない。
実際、彼女に告白した。
トラウマも克服したと思う。
でもそれは…華は華だが…
こんな気持ちで付き合っていいものなのだろうか。
まさかの僕の方が嘘告してしまいそうで怖い。
復讐ならともかく、そんな事考えたことなんてなかったな…
〜ベートーヴェンに〜恋して〜ドキドキするのはモーツァルト〜
みたいな。
そんな心境になってしまう。
意味わからんか…僕も…わかんねーよ。
しかし…心が引っ張られるな。
思考が仕事脳からわずか一月で、恋愛脳に見事に変わっているのがわかる。
仕事しないで中学生に放り込まれたらこんな思考になるんだな…いや、トラウマもあったし、未来まで流されて生きることにしていたからか…バタフライもあるしな…
世のタイムリープ諸兄方はどうされているのだろうか。
知識無双や陽キャ転生で現世をバッタバッタと切り裂いていくのだろうか。
いや、普通しねーよ。そんなの。
まあ、僕の場合、だいたい悪夢のせいだろうけど。
◆
母と華と僕の三人でテーブルを囲み、お茶をする。
もう夕方なのに、食べて良いのだろうか。
今の僕は胃も小さいのだが。
タイムリープ前はあっさりラーメン派に鞍替えしていたのだが。
しかも晩御飯の匂いはしない。
流石にタルトだけってことはないだろうが…
まあ、このタルトはそこまで大きくないし、今日は脳が疲れたし、身体も疲れたし、泣き疲れたし、もういろいろさまざま疲れたからよかろうもん。
「タルトと言えば、裕介。ちゃんと帽子つけなさいよ」
「……言えばじゃないよ。タルト全然関係ないだろ」
「帽子って何ですか?」
帽子って…避妊だろ。華もきょとんとしてるだろうが。しかも説明とかこう…このチームだと難しいだろ。
「母さんの話は聞かなくていいからな。というかそんな無責任なことしねーよ」
「フッ、裕介はわかってないわね。若さゆえの行き過ぎた愛を。アナーキストの初期衝動を」
「遠い目して何言ってんだ。アナーキー関係ないだろ」
ここにはタイムリーパーしかいないし、アナーキーって対象単位がデカ過ぎだろ。国だろ、国。
「兎にも角にも、今はアナーキーインザ柏木家なのよ。瞳からも亮平さんからも任されてるの。だから帽子買ってきたから勝手にしやがらないでよ」
「……わかったからその包み方はやめろ。というか親に用意されるとか居た堪れないだろ…華が帰ってからにしろよ…」
15歳なんてまだまだ子供だってことだろうし、難しい言葉で混乱させようとしてんだろうが…そういう事言われるとグレるだろ、普通。
よくグレなかったな、僕氏。
あーいや…結構躱してたか…母さん、ちょっと変わってたしな…いや、ちょっとかな…
ちなみに亮平さんと瞳さんは華の両親、円谷夫妻のことだ。
そういえば最近何か揉めてたような気がするな。とても仲の良い夫婦で、珍しかったな。
違う、そうじゃない。
それよりもだ! 大事な話なのはわかるが、気まずいだろ! というか親子でこんな会話したくないんだよ!
こういうのは…何というか男の方が繊細なんだよ!
あと拗らせ魔法使い舐めんなよ!
「あ、あの明日香さんお話が! そ、その…ちょっと向こうで…」
「直々にか…これが娘との……フッ、いいわ。再度聞きましょうか。あなたの未来設計とやらを」
「誰なんだよ」
母さんは合点承知な顔して華と和室に向かい、また前のように襖がピシャリと閉まってしまった。
あっちの和室には父さんの遺影があるから、なんか嫌なんだが…
そもそもこういうのって、モロバレ最初にするもんなのか?
偶然に発見され、それとなく注意を受けたりするんじゃないのか?
経験ないからわかんねーよ。
というかうちの母がわかんねーよ。
つーか早すぎだろ! 15歳で15年前だぞ!
そんなエッチなコトするわけないだろ!
◆
「いいわ、ノーヘルで」
「真逆過ぎるだろ。何言ってんだ…高校行けないだろ…どんな親だよ」
和室から戻ってそうそうに、母はそんな事を言い放った。
華を見るにテレテレしていた。なんというか…猫の毛繕いみたいな照れ方だな…
「何言ってんの。ちゃんと向こうの許可もあるわよ。どうやったかは知らないけど。だから赤でも青でもましてや黄でも渡っていいわよ。でも別のバイクを盗んでは駄目よ。走り出しても。あとわかってると思うけどペーパーとはいえ、スピード違反は駄目よ。エンストも。あ、パンクはいいわよ。ザ、クラッシュも」
「ニュアンスでだいたいわかるけど15だぞ。しないし、してもフルフェイスだろ、普通。それとその例え酷すぎるからやめろ」
「司さんなら笑って笑って笑い飛ばすわよ」
「まあ…そう…だよな…」
音楽好きの人だった。
すると華は顔を逸らしながら、両手を差し出しこう言った。
「お、お巡りさん、わたしがやりました…」
「お前まで何を言ってんだ。というか誰がお巡りさんだ」
「た、逮捕がいいです、わたし」
「ほんと何言ってんだ」
「ふふ。思い出すわ…司さんと……俺のとこ来ないか? 俺の胸を締め付けるエンジェルマスターベイベーって……あ、そうだ。今日は晩御飯はあっちで食べるから後で来なさい。そうね、二時間で充分でしょ」
「…おい、ちょっと待て。気になるフレーズもあったが今はいい。それよりいつからだ。これはいつからの話だ。それより報告が先だろ」
タルトといい、晩飯といい、何でもうお膳立ってんだよ! これは誰の手のひらの上で……越後屋か。越後屋…か?
いや、おじさんとおばさんに報告が先だろ!
「あんた達長いんだから、いつだって良いじゃない。一年二年くらい誤差よ。じゃあ後は華ちゃん……しっかり積むのよ。ユーコピー?」
「ア、アイコピ…!」
そして母はスキップしながらお隣に向かった。
何をコピったのかは知らないが、このまま置いていくとか…気まず過ぎるだろ…
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