華ツーと華イチ。@円谷華

 イベントのお片付けを終え、手伝ってくれた人達にお礼をし、気を失った裕くんを迎えに保健室に向かうと、薫ちゃんが先回りしていた。


 薫ちゃんには、帰りは密着したいでしょと言われ、もちろんとばかりにノノちゃんに松葉杖を託していたのだ。


 その代わり後日撮影をせがまれてしまった。けど仕方がない。


 なのに、なんでいるの。


 二人で帰って良いって言ってたのに。


 渋々、薫ちゃんのしーのジェスチャーで黙って近づくと、中から悲痛な泣き声が聞こえてきたのだ。


 そして内容が、内容だった。


 浮かれた気分を吹き飛ばす恐るべき内容だったのだ。



「ね、言った通りでしょ?」


「…わたしが、わたしじゃない…?」



「違わないけど違うよ。柏木くんが柏木くんじゃないの。猛毒の花に犯された柏木くんなの。聞いてる?」



 聞いてない。


 腕を引かれ一旦保健室前から離れさせられても、足がふわふわして現実味がない。


 わたしが…わたしじゃないわたしが裕くんを泣かせた…?


 心の…絡まった心の原因が…わたしじゃないわたし…?



「そんなのありえないッ!!」


「ちょっ、うっさい…! 大声出さないで…! …あの台詞、どう聞いても姫のことじゃないでしょ。これでわかったでしょ?」


「…ッ」



 薫ちゃんから聞かされた通りだった。


 聞きたくなかった。


 裕くんが未来人だったことを聞きたくなかった。


 だって、だって寝言と結びつくと…そんなの…そんなのってないよ。



「言ってしまえば、今の姫は柏木くんにとって…華2だね。そして柏木くんは華1を愛してる…ムカつくけど。あんなクソビッチの何がいいのか…死ねばいいのに」


「ちょっと…それわたしの…ことでしょ…やめてよ…いや…違う…もっと聞かせて」


「んー? 信じないんじゃなかったの?」


「…だって…裕くん…泣いてたんだもん…伝わってきたんだもん…ぐすっ…」



 そうだ。あんなの見たことも聞いたこともない。それほどに愛を感じた。わたしじゃないわたしに、根深い愛を感じたから泣きたいのだ。


 それと同時に、例え未来人の裕くんだとわかっても、わたしの愛が変わらないことがわかったから、ホッとして泣きたいのだ。



「はぁ…もー、わかったよ。良いけど後日ね。じゃあ今日は私に合わせてデザインして。浮かれたり沈んだりは駄目だからね。心は水平に。顔は朗らかに。ほら泣かないの。ね?」


「うっ、うう、薫、ちゃん…でも…」



 心はぐちゃぐちゃだ。


 フューチャーの神様は…味方じゃなかった…? 味方だから裕くんが帰ってきた…?



「まあ、私にも…いや…やる事はわかったでしょ? だから泣かないの。まずは華1から引き剥がすよ。卒業式までに」


「すんっ、すんっ…卒…業式まで…? 進路、わたし達と同じでしょ…? やること…やること…?」



 頭に入ってこない。


 告白は成功したのに…みんなの前で成功したのに…頑張ってきたのに…



「んー…まあ、行ってなかったけどさ。同じ高校は行けないんだよ、私。うんと遠いとこに越すんだよ。だからそれ以上は助けてあげられないんだよ。だからこそ応援してあげてるんだよ。華1を忘れさせないとね、華2さん……ってあれ? 聞いてる?」



 聞いた。


 それで…薫ちゃんは…応援なんて…


 そうだ。今日のイベントも薫ちゃんの指揮の下、成功したのだ。


 ん……? いや、途中裏切ったよね?


 いや、それよりこの事件だ。


 どうすれば……いや、違うよ。まだ致命的じゃない。またぐしゃぐしゃにすればいい。デザインし直せばいいんだ。


 というか、華イチと華ツーってなんなの。


 裕くんに整えろって言われるから、それ。



「…華ツーって言わないで…外堀は完璧だ…し…うん。うん、頑張る、わたし…!」


「そうそう。でもなんか…なんなの? 急に嬉しそうにして…」



 そうなのだ。いくら裕くんが未来人でも、わたしじゃないわたしと積み重ねていても、あんなに求めて止まないくらいわたしを愛してるんだ。


 夢に出ないくらいに。


 酷いことをされても。


 時空を超えても。


 そんなのって超時空シンデレラじゃない。


 持ち直しちゃう、わたし。



「…あにゃ? え〜そんなことないよぉ…もう裕くん…そんなにわたしのことを…❤︎」


「ッ…まー…姫じゃない姫だけどねー。私のしなくちゃならないミッションもこれで見えたね」


「ミッション?」



「そ。全て姫のための私のミッション」


「…言っておくけど…薫ちゃんの入り込む余地ないから」



 彼女は時折見透かすかのように振る舞って、よくわからない納得の仕方をする。


 騙されないから、わたし。



「だからそんなことしないよー。まー柏木くんから求められたら考えちゃうけどねー」


「求められないから!」



「なら試してみましょ」


「え…?」



「だって信じて疑わないんでしょ? 試しに一緒に抱えてみようよ。それに私遠いとこ行くんだよ? もう逢えないんだよ? 最後に思い出とかやっぱり欲しいでしょ?」


「…それは…いくら初恋同士でも駄目! それに今日は記念日だから…!」



「まーそうなんだけどさ。じゃなくてね……このまま華1に勝てると思ってる?」


「え…? 勝てるっていうか…じゃなくてわたしのことじゃない! すでに勝ってるじゃない!」



「いや、華1ってさ。つまり傷で毒なんだよ。そして柏木くんってさ、ヤンデレなんだよ」


「…ヤン…デレ…?」



「そ。よく観察してたからわかってるでしょ? 心が…姫に向いてないことくらい。んー?」


「ッ…」



 薫ちゃんは、しこたまわっるい顔をした。


 まるで、悪い仲間になろうと手招きしてるみたいだ。


 ヤンデレはよくわからないけど、告白の瞬間、確かに裕くんはわたしを見てなかった。


 飛び降りてからここまでもそうだった。


 いくらASMR魔法を使ってもそうだった。


 瞳の奥は優しくも悲しかった。


 見たくないから見なかった。


 いずれ戻ると思って見なかった。


 薫ちゃんかと思ってたけど違ってた。


 そうか…あれも…これも全部…わたしじゃないわたしを見てたんだ。



「…でもそれは……」


「そ。悪の華だよ。配信と学校でいくら告白成功してもさ。クズを始末してもさ。愛されないと意味ないじゃん?」



「そう…だけど…でもわたし一人で何とかす──」


「無理…! 姫は呪い…舐めてるのかな…?」



 薫ちゃんは両肩を掴み、強い目でわたしに唸る。


 飄々といつもしているのに…怖い。


 無理。これは聞いていた通りだ。


 呪い、彼女はそう言っていた。


 だから応援するって。


 でもほんとか嘘かはわからない。


 それに彼女が全て話しているのかどうか、わからない。


 でもさっきの裕くんの本当の告白を聞いた後だと…


 もしかして…普通より難しい…?



「…薫ちゃん…わたし…」


「…ね。だから前にも言ったとおり、姫の為ならなんだってしてあげる。先生も生徒も周りも完璧に把握してたでしょ? 今日のイベントだってそう。彼女にもなれたでしょ? まあ、ちょっとシナリオ変えられたけどさ。あまりやり過ぎると反動が思わぬカタチで帰ってくることもあるからさ。まあ良いけどさ。でも今さら疑わないでしょ? 高校からは姫の望む未来にしてあげるから。ね? なんたって私は…」


「未来人…」



「そ! こないだ見せた年末ジャンボのクジもあげるからさ。他にも三年分しかないけど、バラバラでいろいろあるからさ。全部あげる。あ、うちのパパママの分は駄目だけどね。豊かな家庭生活の準備しましょ。ね? あ、もうマンション買っちゃう? 一軒家が良かったっけ? 可能性広がるよね〜もちろん名義は柏木家でも円谷家でもいいんだよ? 私は卒業とともに遠くに行くからさ。ね、お願い。今だけ側にいさせて。一緒に華1倒そ? ね?」


「…お金とかじゃない…」



「わかってるよ。それに多分柏木くん、この町出ちゃうよ? いくらクズを潰しても、教えた通りの未来になるよ? いいの?」


「嫌だ」



 裕くんとはこの町で結婚して子供を作って育てて生きて行くんだ。


 主役は裕くんとわたしで、脇役のいないストーリーだ。


 幼馴染エンド一択だ。


 その為には何でもするって…何にでもデザインするって…決めたんだ、わたし。



「…わかった…わかり…ました」


「んふ。じゃー早速明日から花嫁修行ね。お母様も懐柔して…お料理とかー家事とかーお金儲けとかー…あ、トレーニングは続けてるよね? それ以外にもあんなことやこんなことも教えてあげる。夜の生活って大事だしね」


「それはいらないからッ! …お料理と家事と稼ぐのだけ教えて」



 そっちは大丈夫。もう問題ないから。



「ふふ。オッケー。まあ興味があればいつでも言ってね。振り向いてもらえないのに抱かれても虚しくて満たされないからさ………多分」


「……うん…うん? …薫ちゃん…?」



「あは。こっちに目を向けて貰うためには何でもしなくちゃって意味だよ。華1って強敵だからさー。私なんかを見てる暇ないよ〜…寄ーり道なんかしてたら〜」


「置いてーかーれーるよーって置いてかれないから! それと華イチってやめて! もんめみたいで嫌なの!」



「ふふっ、負けーて悔しー華1もんめーか。いーじゃーん。もんめってのがまたいいね」


「よくわからないけど何か嫌。…わたしじゃないわたしに絶対負けないからわたし…ってなんだかよくわからなくなっちゃう…もー…わたし以外わたしじゃないで…いっか…」



「当たり前だけどねって…当たり前じゃないんだよね…いや、ほんと記憶あったらあったで厄介だね〜…良いのか悪いのか…はぁー…」


「…そうだね…敵は…記憶かぁ…はぁ〜…」



 記憶、記憶、記憶かぁ……上書き? 書き換え? 置き換え? 入れ替え? それに強烈な印象…? 猛烈な影響…? 激烈な…刺激…?


 いけない。


 またデザインしないといけない。



 そうして、複雑な気持ちをひた隠すために口笛を吹き、わたし達は裕くんを担いでスタコラサッサと歩いてお持ち帰ったのだ。


 途中、ブチ切れたけど。


 途中、プチ怒られたけど。


 でもなんか…なんか昔みたいで嬉しい。


 それはともかくとして、薫ちゃんに合わせれるようにはなった。やり合うの三度目だし、あれくらいならもう問題ないかな。


 いや、慢心ダメ絶対。


 積むよ、華。


 積みまくるんだよ、わたし。


 なんてったって、メインヒロインなんだから、わたし。


 負けた負けヒロインに、今は負けてるけど負けたくない。わたしじゃないわたしに負けないからわたし。


 あにゃ〜ややこしいよぉ。

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