この子好きだった子だよな。@柏木裕介

 まあ、それはともかくとしてだ。


 漸く未来に帰れると思っていたのだが。


 まだやり残したことが…あるのか…?


 なんかもうそういう概念的なんじゃなくて…単に帰れない気がしてきたな…


 だって心の奥底を吐露したんだからぎゅわんって戻れないか、普通。


 これで戻れないとすると、ここ一月余りの考察が無駄だったと突きつけられたことになる。


 タイムリープさんよぉ。そこんとこどうなのよ。今微妙に鬱なんだよ。これどうしてくれんだよ。


 まあ、おっさんの後悔の涙なんて無価値だろうが…


 うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ。


 はぁ…やっぱり答えてくれないか…



「にしても…懐かしい…匂いだな」



 ここは病院とはまた違った独特の匂いがするな。


 あまりお世話になったことなどなく、記憶も薄いが、何故か保健室だとわかる匂いだ。


 匂いといえば、あれはなんだったんだろうか…


 僕は別に匂いフェチではなかったはずだが…


 クリスマスから貯めに貯めに貯めていた性欲と恋と夢が混ざって、ナイフで削った鉛筆みたいにピンピンに角張って尖ってしまったのだろうか。


 夢と言えば、ミミズみたいな触手が千本くらいいてぐちゃぐちゃに蠢いている巾着のような何かに僕が取り込まれたり、子持ち昆布のような、数の子のようなテクスチャをした天井が迫ってきて、そのまま、まるで俵を絞めるかのように僕を縄で3段に結んできたりと、まさに悪夢としか言えないものもあったが。


 というか運ばれてる時は、僕のボクは大丈夫だったのだろうか。


 キッツう。


 違うトラウマになりそうだ。


 まあ、起きてしまったことに殊更悩む思考は年齢とともに捨てていったが、まあまあキツい。


 泣いた後だとなおキッツい。


 でも、そこまでの性癖なんか僕にはない。

 

 もし深層心理なら手は出せないが…


 性癖といえば、青空が三度の飯より好きな三好はどうなったのだろうか。


 偶然だろうが、三好翔太って名前がもうそうとしか思えない。


 チームメイトの一人にボコボコにやられているのがトゥギャザーされる前に、チラッと見えたのだが。


 いや、まあそうなるだろ、普通。


 あれがサイコの最後か…


 ……帰ろ。



「とりあえず…松葉……松葉杖は…?」



 嘘だろ。


 どこにも見当たらないんだが。


 いや、けんけんは無理だろ。


 何十年としてないぞ。


 しかも、絶対に一回くらいマンホールに反応してパーをしてしまう自信があるぞ。


 足がぁぁぁってのたうち回る自信があるぞ。


 それに例えけんけん出来たとしても骨響いて痛いだろ。体力もたないだろ。右足つるだろ。


 ……越後屋か。越後屋だな。


 あいつ、ほんまわっるいわぁ〜。





 保健室には華と森田さんが来てくれた。


 泣いた後で助かった。


 しかし、二人に松葉杖を聞けど答えず、代わりに口笛を吹きながら僕の両肩を担ぎ、こちらの言い分も聞かずにエイさ、ホイさと逃げるように歩き出したのだ。


 どうやら下校時刻が迫っていて急がないといけないそうだ。


 しかし、誤魔化すための口笛だろうに、上手いのが腹立つな…二人して。


 いや、そうじゃない。


「あのさ、やめてくんない?」


「何を?」


「何が?」



 いや、知ってんだろ。これだこれ。この格好だよ。本当に惚けていないのが腹立つな…二人して。


 むしろこっちがおかしいみたいな顔やめてくんない?


 華もなんか普通だし…


 告白…したよな?


 返事はどうだったのだろうか。


 三好との公園でのあの姿はどうなんだろうか。


 あの日も…青…空…だったよな…?


 とりあえず、ここに来てくれたことを答えにしたいが、何故か森田さんもいる。


 いや、それは後で聞くとして、今はこれだ。



「聞いて。違う。この状況を客観的にか俯瞰してかで眺めてくんない?」


「?…泥棒猫に襲われて…?」


「?…メス犬が発情して…?」



 何言ってんだ。



「違う! 捕らえられた宇宙人みたいで嫌なんだよ! 二人ともいろいろデケ…背が高いからそんな感じになるんだよ! だいたいどこだ、松葉杖は!」



 それに恥ずかしいんだよ! 足プランプランやないか! 地面に足ついてないやんか! 首掴まれた猫みたいやないか!


 あと僕の両脇からでっかいのがはみ出してんだよ! それに支えられてる感じで嫌なんだよ!



「言われてるよ姫」


「わ、わたしだけじゃないもん! 薫ちゃんもだもん!」


「え? マジ引くんだけど…」



 二本ともかよ…しかも犯人に捕まえられてるとかおかしいだろ…


 いやなんだろうか。おっさんだからだろうか。甘い匂いのする二人に挟まれて、決して嬉しくないわけではないが、素直に喜べない感じが堪らない。


 飛脚…の籠の気分に近いだろうか。


 つーか、すまん、越後屋。


 疑ってもーてた。



「ち、違うよ! ちゃんと裕くんのあるから! そもそも薫ちゃんのアイデアじゃない!」


「あー、はいはい。ごめんねー柏木くん。隠したんだー私がー私だけがーごめんねー」


「ちょ、そんな言い方したらわたしが擦りつけたみたいじゃない! あ! 裕くんの髪触らないで! わたしの彼しゅべっ!? ッつ〜…顎カチ上げなくてもいいんじゃない!?」


「いや、あのさ、あれはない、あれはないよ。焦ったのもわかるけどさ。絞技からの脅迫じゃん。酸欠で倒れたじゃん。しかも匂うぼッッ!? …ねぇ…普通話してる人の鳩尾狙うかなぁ? 丸く収まったの誰のおかげかなぁッ?!」



 それから二人は僕を担いだまま、やり合い出した。


 と、思う。


 だってパシュンパシュンと音だけで何してるか見えないんだよ。


 あのさ、虚弱だからか、近すぎるせいかわかんないけどさ、拳速すぎて見えないんだよ。


 止めたくても両腕使えないんだよ。


 見間違いかと目を擦りたくても擦れないんだよ。


 というか…この子好きだった子だよな? 

 

 同じ華だよな?


 なんだか自身がなくなってくるんだが…


 まあ、そんなことを言ってしまえば、未来人の僕はいったいなんなんだという話になってしまうが…


 そういうものだと納得するしかないのか…


 それはそれでムズいんだが。


 タイムリープ主人公つよつよだよぉ。


 心、そんな簡単に切り替えれないってぇ。



「もう! 薫ちゃんが悪いんでしょ! 流れを無視するかぺッ?!」


「えー、だってムカついたんだもげらッ?! 胸殴らないでよ!」



 しかし…頑張って見ようと試みるが、手の先が…ブレてブレてブレまくって見えないんだが…


 森田さんはともかく、僕の好きだった人は、肘から先が消えたりなんかしなかったのだが…



「だいたいなんで石崎くんと代わっあぺぇッ?! ぎゅぬぬ、報連相はどうしたの!」


「えー、なんのことかにゃばッ?! あははは…ちょっと! 柏木くんの前で胸ばっかやめてよッねッ!!」



 これは…あれだな。


 能力をひた隠す鷲の爪だな。いやなんか違うな。


 いや、そうだ。鷲で合ってる。


 あともう銀の仮面してくれたら違和感なくなる。


 これもう星座で神話でソルジャドリームだろ。


 それくらい流星飛び交ってんだが。


 二人してハイスペ過ぎないか?


 終わるまで目ー瞑っとこか…



「あにゃ?! しょこは摘んじゃ駄目でしょ! なんかピリピリするでしょ! こんのぉ!」


「ひぎゃぁッ?! ちょ、ちょっとこの変態! ビリビリくるから捻るのやめてよね!」



 最後はサンダーなクローか…。


 どこにどう喰らったかは、ツッコむまい。


 しかし…二人ともはぁはぁ言ってるな…


 エルアールからなのに、何故かサラウンドのように聞こえて、艶っぽくて不味い。


 アノッキンノユドーしちゃう。


 〜今ー言えるこーとばは〜


 つーかはよ降ろせや! なんか居た堪れないだろ! プラス脇腹のやわかいのでまた扉開いちゃうだろ! ノックすんな! せめぎ合ってんだよ! しかもお外だぞ!


 僕はカッと目を見開いた!


 小さいおっさんを怒らすとどうなるか教えてやるぞ!


 正解は若い子にはへり下る、だ!



「あんの〜すみませーん〜ちょっと降ろしてもらっても〜いいですかねぇ〜…?」


「「や!」」



「なんでだよ! 松葉杖返してくれよ! もしくは一人で良いんだよ! 補助は!」


「「ぃーや!!」」



 お前ら……お互いさては本当は仲良いな?


 いや、違うな。


 泣いてたの…バレてんな、これ。

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