僕は大馬鹿野郎だ。@柏木裕介
「嘘だろ」
もう何度目かわからない言葉を、チープな台詞を、息をするようにまたもや吐いてしまった。
目が覚めると、そこは見知らぬ…保健室だった。
二つあるベッドのうちの一つ、窓際のベッドで横になっていた。
天井の白さから予測していた未来の病室かと思ったが、違っていた。
なぜなら枕の横にダッフルコートがまるまると畳まれていたから。
なぜなら僕は学ラン姿だったから。
だから嘘だと思ったのだ。
「帰れなかったのか…」
赤赤とした斜陽が差し込んでいることから、時刻は夕方だろう。
念の為と確認したスマホの日付けは、間違いなく婚活プレイベントの日だった。
校庭に目をやると、やはり中学校のようで、あのイベントが嘘だったかのように、今は綺麗に片付いていて、生徒の姿はなかった。
……
まあ、なんだ。
悪夢は見なかった。
だけど、夢であって欲しい事が、どうやら夢じゃなさそうだ。
だってとんでもない事を叫んだし。
キッツう。
二度目の告白とはいえ、ましてやあんな大声で叫んだんだ。
いい大人が、それなりに恥ずかしい。
いい大人だから青春みたいで恥ずかしい。
大人になってから叫ぶことなんて、ワールドカップで応援する時くらいしかなかったしなぁ…
勢いだったし、追い詰められてのことだったし、返事も聞こえなかったし、気絶するし、なんか…締まらないな。
「でも…スッキリしたな…」
多分、追い詰められないと、本気の告白なんてしなかっただろうしな。
それはある意味、悪夢に感謝だな。
複雑な気分だが。
あの過去の、高校一年生の春の日の告白が僕にとっては人生で最初で最後のつもりで。
あの木の下で未来合わせた一生分の思いを乗せて伝えた。
だから二度も告白するなんて、僕には考えられなかった。
それに、今回はあくまでトラウマを克服することに主眼を置いていたのだし。
でも未来を見据えながらも、本音のところでは、心から叫んで彼女に告白したのだ。
僕の心を焼き尽くした、あの頃の君に届けと。
「ああ、そうだ…虹だ…あのマフラーだ…」
虹がかかった時、僕は気づいた。
真っ白に染まる意識の中、僕は気づかされた。
いや、なぜ真っ白になったか今わかった。
最初の過去、初めて告白した時の…春の日の華の表情と、今世の冬の日の華の表情の違いに殴られたからだ。
春の悲しい笑顔と、冬の楽しそうな笑顔が重なり、ガツンと殴られたからだ。
そうだ。
そうだったのだ。
過去の彼女の瞳はやはり悲しみで溢れていたのだ。
思い出してみれば、過去に告白した時も、過去に振られた時も、彼女の瞳は一様に泣いていた。
振られた時など、僕を貶しながらも涙を流して泣いていた。
とても本心には見えなかったが、僕の伸ばした手は払い除けられたのだ。
だから信じるしかなかった。
その涙こそ嘘だと信じるしかなかった。
その放つ言葉だけ本当だと信じるしかなかった。
何故なら、その当時の僕は本当に辛くて辛くて、あの日を最後にするつもりで問いかけたのだから。
それこそ、強がって振ったと思い込むくらいに問いかけたのだから。
でも違った。
彼女はその目で本音を語っていたのだ。
彼女のその瞳は嘘を吐けなかったのだ。
幼い頃のあの不安な眼差しと同じだったのだ。
ただ、僕が間抜けで馬鹿だったことに、今更ながらにガツンと殴られ、意識が飛んだのだ。
「君は…あの時自分から身を引いて…いや…そんなのわかってた…優しい…君のことだ…ははっ…そんなの…そんなの気にしなくたって…良かったのに…君は僕のミューズで…君さえいれば…君がいるだけで…僕はそれで良かったのに…それだけで…良かったのに…ぐずっ…華…華ぁ…」
僕は馬鹿だ。
染みなんて、汚れなんて、君の輝きに比べたら、そんなのどこにもなかったのに。
僕は馬鹿だ。
幼い頃のように抱きしめればよかった。安心させてやればよかった。君が好きだと叫べばよかった。
僕は馬鹿だ。
たとえば君がいるだけで、君がそばにいるだけで、ただそれだけで良かったのに。何より君が大切だと気づいていたのに。
僕は馬鹿だ。
君の悲しい瞳を放って逃げた馬鹿野郎だ。
13年も経って気づくなんて、本当に僕は間抜けな大馬鹿野郎だ。
「うっ、うっ…ひっく、はは…いい大人が…泣くなんてなぁ…情けないよなぁ…うっ、ううっ、あの時…泣けなかったからかなぁ…君が…泣いてくれたからかなぁ…なぁ、華、華…!」
逢いたいよ、君に。
時空の先にいる君に、今逢いたいよ。
きっと、今もなお、僕には光輝いて見えるだろうから。
きっと、今もなお、君は素敵に咲いているだろうから。
君に…君にただただ逢いたいよ、華。
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