ついでにぶち殺してあげる。@伽耶まどか

 ロケ地は、有名な崖の近くだった。


 よしよし。ここはいい絵になりそうだ。


 スクラップダイヴの。


 ウキウキと撮影日を迎えたが、今日は少し映画のテーマとズレた天気だった。


 だけど、加工でなんとでもできるはず。


 でも今回の監督は、加工ナシの撮影にこだわっているそうだ。


 だから今日の撮影は見送るという。


 仕方がない。


 なら、少しだけこの害車に乗っておこう。


 ここまでは念の為キャリアカーで持って来てもらっていた。


 山を越えればちょっとした観光地があるみたいだし、青山さんを連れて行ってあげようか。



「やったー! 嬉しいです!」


「そう? まあちょっとだけね。のんびり行きましょう」



 本番まではまだ無茶はできないしね。





 〜彼の〜車に乗って〜最果ての〜町…ん?


 なんだか青山さんの様子がおかしいわね。


 どうしたのかしら。



「ままま、まどかさん、あ、あの、は、速くないですか…?」


「そうかしら。まあ、猫足って言うくらいだから」



 スタコラ逃げ走るんじゃないかしら。

 やっと捕まえたけれど。



「それにまだ130オーバーくらいよ? ふふっ、さてはフリかしら?」



 もー、煽っちゃって。

 そういうのには引っかかりません。



「ひゃくさんッ!? フリじゃないですよ!? やだやだやだやだ! 山道怖いですぅぅ!!」



 なかなか演技、上手いわね。ふふ。

 そういうのには引っかかりません。



「そんなに平地と大差ないわよ。山であろうと鉄であろうとね。道は道よ」


「何言ってるんですか!? ありますよッ!! ま、まどかさん! ココ、コーナーコーナー!! コーナーにこのスピードで突っ込んだら死にますよぉぉぉ!! ブレーキィィィ!!」


「もー、カーブではアクセルでしょう。馬鹿にしちゃって。トルク安定させないとね」



 やっぱり初めての運転と思ってるわね。

 そういうのには引っかかってあげません。



「いやぁぁぁ! まどかさんんん!! ジーがぁぁぁ! ジーが内臓にかかるぅぅぅ!!」


「ふふ、演技派なんだから。あ、そうそう内臓と言えば後ろにポテチが…」


「前! 前見て! あれ! 対向車! 対向車見て! なんで後ろ向いてんですかぁっ!! 前前前! 死にゅゅ! ぶちゅかる──」



 ふふ。ちゃんと肘と腿使ってるし、大丈夫よ。

 でも楽しそうで良かったわ。



「もー、ぶつからないわよ。あ、そうだチョコもあるの。チョコレイト、ディスコ、チョコレイト、ディ…あ、キノコな山とたけのこな里があったわね。あなた、どちら派?」


「ど、どっちでもいけますぅぅ! わた、私が!! 私が!! おやつ探しますから! 出しますから! 前見てくださいぃぃぃ!」



 この子は人の視界の限界角度を知らないのかしら。

 不憫ね…可哀想な気がしてきたわ。


 盛り上げないと。



「じゃあ音楽でもかけようかしら。この車CDデッキなのよね…懐かしいなぁ。だからじゃ〜ん。CD10枚ほど持ってきちゃいました〜」


「じゃないですぅぅう!! 両手いっぱいにババ抜きみたいに持たないでぇ! ハンドル持ってぇぇぇ!! 一にも二にもハンドル!! 10時2時! 10時2時!! ハンドルちゃんと持ってでしょぉぉ!? DJ私やりますからぁぁ!! お願いですからもてなそうとしないでくださいぃぃぃ!!」


「もーお客様なんだからのんびり景色見てていいのに〜はしゃいじゃってー」


「速すぎて怖すぎて揺れすぎて観れないんですぅぅぅ! あとはしゃいでないですぅぅ!!」



 もー、さっきからお祭り騒ぎじゃない。

 はしゃいじゃってるじゃない。


 素直なんだから。


 わたしも彼が乗っていた車だと思うと……嫉妬しかないわね。


 殺意と。


 いけないわ。


 だからこういう時のためにCDを持ってきていたのよね。



「えっと…何曲目だったかしら…あ、そうそう揺れるといえばこれね」


「私がやりますからぁぁぁぁ!! ジャケ裏見ないで前見てぇぇぇ!!」



「揺れて揺れてこの世界でー愛することも出来ぬまっまー」


「頭! 頭! 頭揺らさないでぇぇぇ!! ヘッドバンクしないで前見てくださいぃぃぃ!! まどがざぁぁぁん〜…お願い"じまずぅぅぅ…」


「も、もーわかったわよ。大丈夫なのに…これ、わたしの心に結構突き刺さる曲ね…というか割とピーキーね、この害車。遊びがあまりないわ」


「ハンドルキコキコ遊ばないでぇぇぇ!! 道狭いでしょぉぉぉ!!」





「酷い目に…合いました…帰りは本当にゆっくり帰りましょうね!! お願いしますよ! お願いしましたからね!!」


「え、ええ、問題ないわ」


「絶対あるじゃないですか…青い車がトラウマになりそ……あ、そういえばさっき同じ車見ましたよ」


「どこで!」


「わぁ! びっくりしたぁ…何でそんなに反応するんですか…あのトイレの…あっちの第二駐車場ですよ。あ、外車会とかあるんですよね。そういうのですか?」


「違うわ…少し待っていて。そうね、あのカフェにいて席をお願い」


「あー良さそうですね。……喉乾きましたし…何か頼んでおき…あれ? まどかさん? どこに…って速ぁ! めちゃくちゃ速いな…9センチなのに…ピンヒールなのに…やっぱり女優さんってすごいんだなぁ…アクションも派手だったし…でもすごい…変わってるんだなぁ…まどかさんって経歴謎が多いんだよね…」





「あれ? もういいんですか?」


「ええ」


「なんだったんですか?」


「…」



 やっぱり、彼がいたのよ。

 運命だし宿命だから当たり前だけどね。


 良い天気だし、きっとドライブね。

 美味しいものでも見つけたのかしら。


 ふふ。


 でも毎回毎回同じ車種だなんて…

 ちょっとヤンデレじゃないかしら…


 彼ったら一途なのよね…


 それにやっぱりまだ駄目だったな…

 害車を引き離しただけじゃ無理か…


 やっぱりスクラップスーサイド一択ね。



「次の仕事の関係会社の方がね。いらっしゃったの。ご挨拶だけしてきたわ。さあ飲みましょう。ワイン、ワイン…」



 嘘よ。彼には近づけないの。広告のお仕事の時でもね。


 もう試したわ。



「ああ、ええ? そうだったんですかって駄目ですよ、お酒は! あれ? まどかさん…泣いてませんか…?」


「ふふ。ちょっとね…」



 そうなのよ。泣けちゃうのよ。


 だって。


 わたしの手はあの日のように、空を切る。


 わたしの声はあの日のように、届かない。


 あの日から彼の背中に届かない。


 クソビッチにデザインした日からずっと。


 彼に近づこうとすると、あの忌まわしい香りが邪魔をする。


 愛し過ぎて近づけない、あの銀木犀の絵が邪魔をする。


 でも今度こそ大丈夫。


 今世こそ大丈夫と信じてる。


 くそタイムリープが。


 廃車ついでにぶち殺してあげる。


 シャーシャッシャッシャァァ───!



「ま、まどかさん! 殺し屋役が! 出てます出てます! 出てますよ!」

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