ついでにぶち殺してあげる。@伽耶まどか
ロケ地は、有名な崖の近くだった。
よしよし。ここはいい絵になりそうだ。
スクラップダイヴの。
ウキウキと撮影日を迎えたが、今日は少し映画のテーマとズレた天気だった。
だけど、加工でなんとでもできるはず。
でも今回の監督は、加工ナシの撮影にこだわっているそうだ。
だから今日の撮影は見送るという。
仕方がない。
なら、少しだけこの害車に乗っておこう。
ここまでは念の為キャリアカーで持って来てもらっていた。
山を越えればちょっとした観光地があるみたいだし、青山さんを連れて行ってあげようか。
「やったー! 嬉しいです!」
「そう? まあちょっとだけね。のんびり行きましょう」
本番まではまだ無茶はできないしね。
◆
〜彼の〜車に乗って〜最果ての〜町…ん?
なんだか青山さんの様子がおかしいわね。
どうしたのかしら。
「ままま、まどかさん、あ、あの、は、速くないですか…?」
「そうかしら。まあ、猫足って言うくらいだから」
スタコラ逃げ走るんじゃないかしら。
やっと捕まえたけれど。
「それにまだ130オーバーくらいよ? ふふっ、さてはフリかしら?」
もー、煽っちゃって。
そういうのには引っかかりません。
「ひゃくさんッ!? フリじゃないですよ!? やだやだやだやだ! 山道怖いですぅぅ!!」
なかなか演技、上手いわね。ふふ。
そういうのには引っかかりません。
「そんなに平地と大差ないわよ。山であろうと鉄であろうとね。道は道よ」
「何言ってるんですか!? ありますよッ!! ま、まどかさん! ココ、コーナーコーナー!! コーナーにこのスピードで突っ込んだら死にますよぉぉぉ!! ブレーキィィィ!!」
「もー、カーブではアクセルでしょう。馬鹿にしちゃって。トルク安定させないとね」
やっぱり初めての運転と思ってるわね。
そういうのには引っかかってあげません。
「いやぁぁぁ! まどかさんんん!! ジーがぁぁぁ! ジーが内臓にかかるぅぅぅ!!」
「ふふ、演技派なんだから。あ、そうそう内臓と言えば後ろにポテチが…」
「前! 前見て! あれ! 対向車! 対向車見て! なんで後ろ向いてんですかぁっ!! 前前前! 死にゅゅ! ぶちゅかる──」
ふふ。ちゃんと肘と腿使ってるし、大丈夫よ。
でも楽しそうで良かったわ。
「もー、ぶつからないわよ。あ、そうだチョコもあるの。チョコレイト、ディスコ、チョコレイト、ディ…あ、キノコな山とたけのこな里があったわね。あなた、どちら派?」
「ど、どっちでもいけますぅぅ! わた、私が!! 私が!! おやつ探しますから! 出しますから! 前見てくださいぃぃぃ!」
この子は人の視界の限界角度を知らないのかしら。
不憫ね…可哀想な気がしてきたわ。
盛り上げないと。
「じゃあ音楽でもかけようかしら。この車CDデッキなのよね…懐かしいなぁ。だからじゃ〜ん。CD10枚ほど持ってきちゃいました〜」
「じゃないですぅぅう!! 両手いっぱいにババ抜きみたいに持たないでぇ! ハンドル持ってぇぇぇ!! 一にも二にもハンドル!! 10時2時! 10時2時!! ハンドルちゃんと持ってでしょぉぉ!? DJ私やりますからぁぁ!! お願いですからもてなそうとしないでくださいぃぃぃ!!」
「もーお客様なんだからのんびり景色見てていいのに〜はしゃいじゃってー」
「速すぎて怖すぎて揺れすぎて観れないんですぅぅぅ! あとはしゃいでないですぅぅ!!」
もー、さっきからお祭り騒ぎじゃない。
はしゃいじゃってるじゃない。
素直なんだから。
わたしも彼が乗っていた車だと思うと……嫉妬しかないわね。
殺意と。
いけないわ。
だからこういう時のためにCDを持ってきていたのよね。
「えっと…何曲目だったかしら…あ、そうそう揺れるといえばこれね」
「私がやりますからぁぁぁぁ!! ジャケ裏見ないで前見てぇぇぇ!!」
「揺れて揺れてこの世界でー愛することも出来ぬまっまー」
「頭! 頭! 頭揺らさないでぇぇぇ!! ヘッドバンクしないで前見てくださいぃぃぃ!! まどがざぁぁぁん〜…お願い"じまずぅぅぅ…」
「も、もーわかったわよ。大丈夫なのに…これ、わたしの心に結構突き刺さる曲ね…というか割とピーキーね、この害車。遊びがあまりないわ」
「ハンドルキコキコ遊ばないでぇぇぇ!! 道狭いでしょぉぉぉ!!」
◆
「酷い目に…合いました…帰りは本当にゆっくり帰りましょうね!! お願いしますよ! お願いしましたからね!!」
「え、ええ、問題ないわ」
「絶対あるじゃないですか…青い車がトラウマになりそ……あ、そういえばさっき同じ車見ましたよ」
「どこで!」
「わぁ! びっくりしたぁ…何でそんなに反応するんですか…あのトイレの…あっちの第二駐車場ですよ。あ、外車会とかあるんですよね。そういうのですか?」
「違うわ…少し待っていて。そうね、あのカフェにいて席をお願い」
「あー良さそうですね。……喉乾きましたし…何か頼んでおき…あれ? まどかさん? どこに…って速ぁ! めちゃくちゃ速いな…9センチなのに…ピンヒールなのに…やっぱり女優さんってすごいんだなぁ…アクションも派手だったし…でもすごい…変わってるんだなぁ…まどかさんって経歴謎が多いんだよね…」
◆
「あれ? もういいんですか?」
「ええ」
「なんだったんですか?」
「…」
やっぱり、彼がいたのよ。
運命だし宿命だから当たり前だけどね。
良い天気だし、きっとドライブね。
美味しいものでも見つけたのかしら。
ふふ。
でも毎回毎回同じ車種だなんて…
ちょっとヤンデレじゃないかしら…
彼ったら一途なのよね…
それにやっぱりまだ駄目だったな…
害車を引き離しただけじゃ無理か…
やっぱりスクラップスーサイド一択ね。
「次の仕事の関係会社の方がね。いらっしゃったの。ご挨拶だけしてきたわ。さあ飲みましょう。ワイン、ワイン…」
嘘よ。彼には近づけないの。広告のお仕事の時でもね。
もう試したわ。
「ああ、ええ? そうだったんですかって駄目ですよ、お酒は! あれ? まどかさん…泣いてませんか…?」
「ふふ。ちょっとね…」
そうなのよ。泣けちゃうのよ。
だって。
わたしの手はあの日のように、空を切る。
わたしの声はあの日のように、届かない。
あの日から彼の背中に届かない。
クソビッチにデザインした日からずっと。
彼に近づこうとすると、あの忌まわしい香りが邪魔をする。
愛し過ぎて近づけない、あの銀木犀の絵が邪魔をする。
でも今度こそ大丈夫。
今世こそ大丈夫と信じてる。
くそタイムリープが。
廃車ついでにぶち殺してあげる。
シャーシャッシャッシャァァ───!
「ま、まどかさん! 殺し屋役が! 出てます出てます! 出てますよ!」
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