クレィジフォユー。@柏木裕介

 舞台はまだまだ続いていた。


 三好が僕を魔法使いだと罵った瞬間、あの屋上の五人の内のセンターの女の子が三好に問うたのだ。


 いったい誰を選ぶのかと。


 どうやらステージ上の司会の男子、石崎くんのスマホがスピーカーみたいだ。


 そう、僕は思い出したのだ、石崎くんを。ガッツいっぱいの男の子だった彼を。


 そして、屋上の五人のセンターの子、有田美月は、どうやらアリちゃんのことだったと思い出したのだ。


 小さな時にサッカーした子で覚えていた。


 確かバレンタインにチョコをもらっていた。


 しかしなんだ…こんなに離れているのに、アリちゃんの鬼気迫る表情がわかって怖いんだが…


 思い出した記憶の中の彼女はいつも朗らかに笑う、活発で可愛いらしい女の子だったのだが…いきなりの冷たい鬼みたいな表情で困惑する。


 この落差きついってぇ。


 本当タイムリープはふざけてる。


 自分で描いたとはいえ、あのコインブラくんの看板のセリフ、ようこそなんて腹立つな…


 ふざけた時代にようこそしたくないんだってぇ。


 二周目タフボーイにも限界あるってぇ。



「ッ…し、翔太くんは誰を選ぶの!」


「ッ…はは、俺は君たちとは関係ないから選ばないよ。俺が選ぶのは…」



「ッさ、佐渡神社! もう忘れたのかしらッ!」


「…え?! あ、いや、それがどうしたんだい、橋下さん。俺が選ぶのは!」



「公民館の離れ!! …です…」


「は、は、はは、何のことかな、佐々木さん。お、俺は!」



「み、宮川橋の橋の下! だッ! ふざけんなッ!!」


「く、俺は、俺は…」



「た、玉石公園のお、おトイレ…! もう嫌ぁ…」


「は、はは。俺…は…俺は…」



 なんだかよくわからんが、三好と女子の思い出スポットなんだろうか。


 一人一人、三好が喋ろうとすると道を塞ぐようにして放ってる。


 三好はオーレオレオレ言っている。


 でも思い出がトイレってことはないだろうし…いや、まさかな…中学生なんだし…


 そんな僕に僕のハテナソムリエ、森田さんがボソリと言う。



「三好はね。お外でするのが好きなの」


「変態ですやん! あ、やべ」



 おっきい声出てもた! みんなこっち見てきた! 変態も! あわわわ。



「ゆ、裕介…」


「いやいやいや。とりあえず話しかけないで」



 こっち見るのやめろ! 仲間と思われたくないぞ!



「なぁ! 助けてくれよ! 俺にも魔法をかけてくれよ!」


「さっきからなんなんだ魔法って! つーかちゃんと説明してこい! 告ってこいや!」



 確かに魔法使いだけども! 煽ってんのかてめぇぇぇ! 二回言うぞごらぁぁぁ! このままだと二回目だぞごらぁぁぁ! それにそういうのほらアレだ、こう、芸術的にっていうか、耽美的にっていうか。なんというか心と心が触れ合うみたいに、なんだよ!


 それなのになんだよトイレって!


 玩具にしてんなよ!


 アタマおかしいのかこいつは!


 そうやって憤りで心をいっぱいにしていたら、何故か森田さんが小さくごめんと言ってきた。



「なぜ…謝った?」


「う、ううん、何でもないの」



 ハテナソムリエなのに、それには答えてくれなかった。その気まずそうな表情で何でもないってことはないだろう。



「おい、翔太。もしかして…劣も噛んでんのか?」


「ぁ…ああ! そ、そうなんだ! こいつの指示だったんだ!」



 こいつ…あっさり仲間に売りやがったぞ…しかも何にも噛んでないのに無茶苦茶か! つーか誰が劣やねん! 劣悪なのはそいつだろ! いや、彼女達は場所しか言ってない上に証拠もない。無茶苦茶だが通りそうで怖い。



「やっぱそうか!」


「変だと思ってたんだ!」


「あの翔がそんなことするはずねぇ!」


「ああ、三年間一緒だったんだ!」



 いや、まぁ…そうね。


 うん…わかる。


 三年間も同じクラブだったからだろうし、僕がコミュってなかったからだろうし……そりゃ三好を信じるか。


 つーかとりあえずまず元カノ達を信じてやれよ…いや、それもどうなのか。


 なんか可哀想になってきたな…どうしたものか。


 証拠なんてないしな……ん? あれ? これ結構ヤバめ? ただでさえ未来に帰れるかの瀬戸際で、虚弱に悪夢に怪我に受験に初登校にリハビリと忙しいのに、その上さらに愛憎からのイジメだって…?


 あかん、そろそろキレそうだ。


 いや、いかんいかん。


 今の僕はタフボーイなのだ。心は。


 そしてタフではないのだ。今の体は。


 怪我で一年とか棒に振りたくない。


 一回休み〼(物理)とか要らない要らない。


 双六したくないんだよ、僕は!


 

「柏木くん、スマホ貸して」


「あっ、はい」



 森田ソムリエに言われるがままスマホを差し出した。ロックなんかしてないぜ! データなんて大してない上に旧型すぎてセキュリティざるだし意味ないからな! 玩具みたいだしな!


 つーか何すんの?



「三好もスマホ貸して。そこまで言うんだから柏木くんとのやり取り、あるんでしょう?」


「そ、そんなの残すなって言われてるに決まってるじゃないか! だいたい…誰だい、君は…? あ…」


「うわっ、一瞬でイケメンマスク被ったし。キモっ…というか柏木くんのスマホにはそんなのないよ? というか見られちゃいけない写真とかあるのかな? んー? 例えばこんなとか」



 森田さんは僕のスマホを一通り眺めた後、自身のスマホを三好だけに見えるようにして差し向けた。


 途端に膝を震わす三好。


 ガクガクですやん。



「あ、ああ、い、いいいつ、いつの間に…」


「あは。この廃神社好きだよね。サッカー部のグルチャに送ってあげ──」



「え?! や、やめろぉぉぉっ!」


「──りゅ。いえーい。ごめんね、姫。ここまでコケにされたら姫だって黙ってないでしょ。私なんかもっとだし」



 何故に華に謝った?


 その疑問と同時に怒号が上がり、ステージの上に多くの男子生徒が登り、三好はそれに飲み込まれた。


 森田さんが言ったサッカー部員だろうか。


 こんなに居たっけか。


 ふと見上げると、屋上の女の子の一人、左端の子が膝をついていた。


 これは…あれじゃないかな。


 この時代まだまだ緩いやつじゃないかな。


 未来の罰則えぐいけど。


 だから森田さんが救ってくれたのは嬉しいが、ソワソワしてしまう。


 すると彼女は機種一緒だからか間違えて自分のスマホを渡してきた。


 これ…やっぱ思いっきりR18超えちゃっ…むがっ! 今度は何だよ! またトゥギャザーかって……マフラー…? 


 やっぱトゥギャザーやんけ!



『「裕くんは見ちゃ駄目だよ」』


 片耳イヤホンからは……華か。

 

 なんか二重に聞こえるんだが…


 じゃあ、このマフラー華がしてんの?


 いつの間に降りてきたんだ?



「っむーむんむむにゃっ!」

 っつーかやめろやっ!



 くそ、足が踏ん張れないからかマフラーが取れない! 断じて虚弱だからでは、あるな。


 この目眩くイベントでおっさんしんどいんだってぇ。


 どうやら締め落とされる感じもなさそうだ…そうだ、落ち着け…ただのいたずらだ。


 ……なんでこんな事を?



『「ほら、裕くん、深呼吸、深呼吸」』



 いや、マフラー取れよ…


 でも変に頑固なとこあるしな…


 はいはい、すれば良いんだろ。


 というかこの状態で普通深呼吸させるか?


 まあ、良いけど。


 すーはー、すーはー、すー…? はー…すー……ぅぐっ…?!


 なんだ…この少し酸味のある…超薄い内臓みたいな…なんか癖に…なんか、なんかこうムラムラムラムラしてくるんだがッ!?


 クリスマス以降無くし続けた僕のボクが元気なんだがッ!? 


 嘘だろ!? 一緒に鳥肌まで立ってるぞ!?


 なんこれぇぇぇ!?


 青空大好き三好に言えないぞぉぉぉ!?


 あ、ダッフルコート着てきて良かったぁ…


 じゃねーよ!



『「すー……君が好きだとー」』


「んむむーむー!」

(叫びたーい!)



 え、あ、な、僕はなにを言って…



『「ふふ。華を溶かす言葉をー」』


「んむーむむむむむ!」

(見つーけ出したい!)



 こ、これ絶対おかしいぞ!? こんな夢の中と同じなんて…夢か?! 夢の中なのか!? どこからだ!? いつから夢の中だ!? この見えない視界に、華いっぱいなんだが?! 


 なわけねーだろ! つーか華! やめろ! くそっ! 取れないぞ! このままだと不味い! 下半身が非常に不味い! あかんて! その扉もあかんて! 両手使えないんだってぇ! 筋肉なソルジャーみたいには出来ないんだってぇ!



「ふぁな! ふぁめおおお!」

 (華! やめろぉぉぉ!)


『「うんうん。勇気で踏み出そうね。何もかも脱ぎ捨てて明日から変えてみようね」』



 違うぅぅ! そうじゃないぃぃ!


 下半身を踏み出しても脱ぎ捨てても変えても駄目なんだってぇぇぇ!


 つーかマスク脱がせろやぁぁぁ!


 このホーミーみたいなやつのせいか?! いつもの夢のやつか?! やっぱり夢が侵食しているのか?! キーを見つけて言わないと抜け出せないやつか?! この疲れた心と体にぃ!? 今だとぉ?! 夢か現実かモリモリ混乱するぞこらぁぁあああ!



『「クレィジフォユー」』

『「クレィジフォユー」』

『「クレィジフォユー」』



 そうか…いつものか…いつもの夢の最後の反響で残響のやつか…!


 ああ、やってやんよ…!


 克ってやんよ!


 イベントの流れとか挨拶とかもう知るか!


 これで夢が覚めてぇぇ!


 未来で目覚めるはずだぁぁぁぁ!!



「はぁなぁぁぁ! 君が好きだぁぁぁあ!」



 僕が叫ぶその瞬間に、突如として視界が晴れた。

 

 そして目の前に虹がかかった。


 そして虹が消えたら笑顔の華がいた。


 そして彼女は何かを呟いた。


 そして僕の頭の中は真っ白に染まった。



「これで…未来に……だろ…」

 


 そして僕は、溶けるように気を失った。

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