キャットファイト。@円谷華
薫ちゃんとノノちゃんとわたし。
この三人で、婚活プレイベント(偽装)を仕切っていた。
ノノちゃんとファンクラブはともかくとして、薫ちゃんはすごかった。
学校のほぼ全ての人の人となりと趣向を把握していた。そこにちょっとアレなノノちゃんが加わって、あのクズとクズ周辺を暴いていった。
それと同時に、あらゆる手を打った。その甲斐もあって、このイベント当日には完全に掌握出来た。
生徒を。先生を。学校を。んふ。
それもこれもノノちゃんと薫ちゃんと初期ファンクラブメンバーのおかげだった。
◆
あの日。病院で初めてちゃんと会話するまでは大人しい子だと思っていた。
彼女、森田薫はちょっとアレな人だった。
電波。
多分そういう人だと思った。
だって、わたしにクズと付き合ってるなんて悍ましいことを臆面もなく言ったから。
だから、つい手が出てしまった。
クズにぶちかましてから、わたしのタガはガタガタなのだ。
戸惑うと、迷うと、一番大事なものが掴めないのだ。
それを思い知っていたのだ。
それに、車椅子で裕くんとわーきゃー言ってたし、拒否されて落ち込んでたし、偏向だし、捏造だし、喧嘩売るし。
だから瞬間わたしはぶち切れたのだ。
左頬に向かって渾身の一撃を放ったのだ。
躱されたけど。
カウンターしてきたから躱したけど。
それに合わせてリバーに右を捻り込んだけど。
それに合わされ胃に膝をぶち込まれたけど。
それから裕くんのことをどう思っているのかとお互いトイレの床にのたうち回りながら問い問われ。
するとなんと、彼女は裕くんと初恋同士だと言うではないか。
だからまだ効いてるのに、つい、のたうち回りが止まってしまった。
だってそんな事裕くんから聞いたことない。
胃を抑え、悶絶しながら絶句しているわたしを他所に、彼女は私の必殺のリバーブローのダメージを残しつつも、辿々しくぽつりぽつりと語り出した。
そして彼女の語る幼い頃の裕くんが、まるで手に取るかのように生き生きと伝わってきたのだ。
わたしの心と記憶に齟齬がないのだ。
裕くんの描いた絵も、裕くんのお父さんが死んだ時のぐしゃぐしゃに崩れた海の絵も。
そして裕くんが言うであろうセリフも。
言ったセリフも。
完璧だった。
寧ろ裕くんテストでは負けていた。
一度立ち上がったのに、膝から崩れ落ちたのだ。
信じられなかった。
わたしの知らないことをいっぱい知っていた。知らないことなのに、なぜか信じることができた。
認めたくないけど、認めてしまっていた。
明確なイメージが出来てしまったのだ。
そして時期を聞けば、確かにわたしより前だった。
好きに気づいたのが遅かった。
わたしは、ついに床に手をついた。ダウンだった。この人に勝てるのだろうかと、思いの強さを見せつけられたのだ。
こんなことは、初めてだった。
初めて揺らいだのだ。
そして、そんなわたしを見下ろす彼女は、こう言い放ったのだ。
応援してあげると。
◆
「ふぐゅぬぬぬ…応援するんじゃなかったの…! 信じらんない…! だいたい裕くんも裕くんでちゃんと拒否しないし…! アホー! アホー!」
イベント当日、わたしはクライマックスの山場で突然の裏切りに憤慨していた。
わたしの登場シーンでの裕くんの誘導役は、本来は石崎くんだったのだ。
それを報連相もなく、勝手に代わってイチャイチャイチャイチャイチャイチャとぉ……許せないぃぃ…!
やっとお勤めから解放されるのに!
やっと悪夢がわたし色になったのに!
うなされるくらい華華言ってるのに!
だからこの子達──わたしと代わった壇上の五人──美月ちゃん、紗織ちゃん、藍ちゃん、友香ちゃん、早紀ちゃんに。
辛く当たっちゃうかもしれない。
「ねえ、美月ちゃん。あのクズのことよろしくね」
「は、華ちゃん、騙してたわけじゃないの」
そうだね。美月ちゃんはあのクズのこと好きだもんね。好きな人のお願いって断り辛いよね。だから最初は半グレだったんだよね。
勘が冴えてた、わたし。
ん? なんか違うな…?
ま、いっか!
そして心配そうに、早紀ちゃんが美月ちゃんに言う。
「美月…ね、ねぇ、ほんとにこれでいいの…?」
「裏切りを公開されるのと比べたらマシでしょ…進路、今更変えられないんだから…!」
そうなんだよね。この壇上の五人はみんな同じ高校を目指していたのだ。
わたしも同じ。裕くんも同じ。クズも同じ。
円華ちゃんねるでは、真に迫力ある可愛い告白しか載せないからね。安心してね。
「でもまだ足りないかな。配信は止めるから、それぞれ思い出の場所でも語ってもらおうかな」
尻軽ビッチ達は、自らの行いで自滅するのだ。裏切りなんて、駄目なんだよ? 不埒なんだよ? そういうの、一番許せないから、わたし。
「そ、それは…」
「いくらなんでも…」
んーゴニョゴニョと今更…裏切ったのに自分が可愛いとかないわ〜。ふふ。裕くんの寝言使っちゃった。
「大丈夫だよ。他の人にはわからないだろうし、女子生徒全員にはイジメないでって言ってあげるから…できるよね? それに元彼氏達は割と人気あるし、すぐ彼女できるよ。今回のイベントでちゃんと明るみになったし。手酷く裏切られたから、慰めに走るだろうし。安心のサポートだよ。目一杯罵っても大丈夫だから……ね?」
「そ、それは…」
「こ、これ以上は、で、出来ないよ!」
「そ、そうよ! か、可哀想じゃない…」
ん? 今更優しい彼女ヅラ…? 普通裏切りバレたんだから、元彼氏のためにもっと汚れないかな、普通。
「姫様、こいつら反省してないのです。流しますか?」
いつの間にか屋上まで上がってきていた、ノノちゃんがそう言った。
「んふ。それは可哀想だよ。あ、さっきのありがとうね、ノノちゃん」
五人と代わったタイミングで、クズに五人との密会写真を匿名で送ってもらったのだ。案の定どうしていいか分からず、クズは混乱していたという。
「あん! こんなこといつでもおっしゃってくださいまし…いやんいやん…」
「う、うん…あ、ありがとうね…」
だんだん酷くなるな…ノノちゃん。
ま、いっか。
それよりも。
「……ついクズの望みを叶えてしまった…行き過ぎただけだよね? 変態なだけだよね? 変態はまあ仕方ないけどね? 華ね…浮気しといて彼氏の前だけ被害者ヅラとか一番許せないの…みんな優しい彼氏さんだったんだよね? バレなきゃその優しさに漬け込んで裏切り続けたよね? もしそんな事が裕くんにバレてトラウマになって女性不信になったらどうしてくれるのかなぁ…? 何やったかわかってるのかなぁ…?」
「ひぃぃ!」
あれ? まともなことを言ったのに、ドン引きしてるのは何故なのかな…?
「反省───」
「してる! してるよ! 裕介くんに酷いと思って────」
「……裕介…くん…?」
「か、柏木君に、謝るから!」
美月ちゃんはまだ何か誤解してるなぁ。裕くんは関係ないの。クズが近づかなかったらそれでいいの。でも美月ちゃんは別に良かったのに。半グレだっただけで、彼氏いないんだし。
ま、いっか。
「裕くんは関係ないんだよ。あのクズをちゃんと囲ってくれるだけでいいからね。裕くんとわたしに近づけさせないでくれればいいから……ね?」
すると藍ちゃんが何故か震えながら告白する。
「わ、私達! みんな…知らなかったの…騙されて…!」
「…ふふ。聞いたよ。何回も。大丈夫だよ。知ってるの全女子生徒だけだから。写真も動画も、そこにしか上げないから」
そのわたしの優しさを聞いて友香ちゃんが何故か震えながら叫ぶ。
「いやぁぁぁ!」
クズからスマホデータ奪うの大変だったんだけどね。浮かれたら隙だらけって薫ちゃん言ってたし、スマホのダミー用意してデータ抜き取ってくれたノノちゃんにはほんと感謝だよ。
ほんと。
ほんと…気のあるフリ、一番辛かったなぁ…!
うげうげ何回吐いたか…!
そのおかげでしおらしい演技出来たけど…
それにあんな姿、仲の良いフリの姿、裕くんに見せたくないし、見せらんないよ…
フューチャーの神様、骨折どうもありがとう。
裕くんの知らない公園だって、公園ハンター薫ちゃんに聞いてて良かったな〜やたら公園詳しいんだよね、あの子。
「ああ、ごめんごめん。大丈夫大丈夫。大丈夫だよ。ちゃんとすればアップしないし、それに…万が一、万が一にでもアップしてしまっても…ね? ちゃんと消すから…ね? だから……だからちゃんと明るいハーレムしようね。今振られても大丈夫だからね。ハーレムものってだいたい高校生スタートだから。応援するから。ちゃんと円華ちゃんねるで実況サポートするから、わたし」
それを聞いて紗織ちゃんが何故か震えながら拒否しようとする。
「そ、それはもう嫌で──」
「あー…とっても素敵な高校生活になると思うんだ、わたし…………みんなもそう…思うよね?」
だからみんなに、ゲスい証拠写真をスワイプさせて見せながら、近いうちに訪れる未来を口にして、封じちゃうんだ、わたし。
「「「はぃぃ…」」」
「うんうん」
みんな、いい子。
震えて喜んでる。
汚れ役…っていうか、汚れてるから良いのか。
もっともっと期待してるよ。
ぅうーん…! っはぁ〜…これでやっと気が済んで〜…ちょっと気が澄んだよ〜…はぁ〜…
これであとは、告白だけだフューチャー! だね!
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