純情な感情。@柏木裕介

 それは唐突に始まった。


 校舎屋上の五人の女子達は、一人を除き、なんとステージ上の元サッカー部員の彼女達だったのだ。


 そして一斉に彼氏達に別れを伝えたのだ。


 地声で。


 そしてその後、全員が三好に告白したのだ。


 円華ちゃんねるで。


 そしてその後元サッカー部で元カレに成り下がった男子達は三好に詰め寄ったのだ。


 大声で。


 喧嘩腰で。



「ちょ、ちょっと待った! おい! 翔太どういうことだ!!」


「俺の彼女が何でおまえを…藍! 何でそこにいる! 翔!」


「おい…これ、もしかして…友香ちゃん! どういうことだよっ!? 俺別れねーよ!」


「紗織、お前まさか…本当なのか? おい三好! お前あいつに何をした!」


「は、はは、知らないよ。俺は何も…何も知らない…」



 そりゃそうなるわいな。


 森田さんは横でケラケラ笑ってるし…生徒はスマホでサッカー部の内紛撮ってるし…


 屋上の女の子達の必死な感じから嘘じゃなさそうだし…つまり…どゆこと?


 とりあえず僕も聞きたい。


 三好に聞かせて欲しい。


 華に告白されたとは何だったのか。


 一緒に告白しようとは何だったのか。


 というか、このあと華は三好に告白するのだろうか。


 このイベント的には「ちょっと待ったぁ」を言うタイミングが今まさにだと思うが、全然華は出てこない。


 そういえば、さっきの華は、あの頭にこびりついて離れない貼り付けたような笑顔をしていなかった。


 寧ろ威嚇みたいな笑顔だった。


 底のない真っ暗な洞のような瞳だった。


 あれはなんだったのか。


 というかほんと何なんだよ。


 このイベント内容だから、三好が華に告白し、その後で「ちょっと待ったぁ─!」をすれば良いんだと思ってたのに。


 その後告白し、大勢の生徒の前だから華も嘘はつけず、本当の純愛ルートに入り、振られて終われると思ったのに。


 そして未来で目覚め、ああ、僕はこれで未練を断ち切り、過去に決着をつけたんだな…よし、僕の本当の戦いはこれからだっ! と仕事に行くはずだったのに。


 仕事といえばさっきの勘違いは、多分次の現場で伽耶まどかに会えると思っていたからだろう。


 今時…今じゃないな。未来時か。未来時、珍しくストイックな女優だったし、どんな役も熟す、実力派だったし。ファンだったし。


 というか、ちゃんと失恋してぇ。


 克りてぇ。


 急速に萎えて、ガッツがどんどん減っていくんだが。


 そんなしおしおな僕に森田さんが耳打ちしてきた。


 どうやら元サッカー部三年だけは女子からの告白で、屋上からだと聞かされていたのだと言う。


 しかも、三好以外の元サッカー部三年は、賑やかし要員と聞かされていたらしい。


 しかも、告白されるのは、三好ただ一人と聞いていたらしい。


 いや、合ってる。全員振られるがなければ確かに合ってる。



「表はね」


「その言い方だと裏があるってことだろ…いやもう聞きたくないし、ドギツい青春は要らない」



 そんなことより僕だ。僕は? 本当に締めの挨拶だけに呼ばれたのか? そりゃああんな学生生活だったんだ。誰も何も僕に言わないのはわかるけども。


 ステージの上はわちゃわちゃしてて…収拾つくのか、これ。


 それに、その裏って今見てる目の前のやつだろ。もうなんか可哀想だろ。中学生なんだし。



「裏は本当の裏。結構やりまくりだよ。上の五人と三好」


「いや聞きたくな…やりま?! え、な、なら三好の…純情は…?」


「は? あいつにそんな感情ないよ?」


「さ、三分の一も?」


「ふふ。ないよ? 全然ないよ? あとそれ誰にも伝わらないよ?」



「ヤ、ヤンデレ主人公純愛ルートは…?」


「何馬鹿なこと言ってるの…柏木くん、何言われたか知らないけど、もしかして三好の言葉信じてたの…? はー…もー…いっつもなんだから…ふふっ。というかどっちかと言えば……ううん、にしても見てよ、あの三好の顔。イケメンのすっとぼけ顔。出来てないっての。映える。ドッキリ成功〜あは。死ねばいいのに…」


「……こっわ」



 あいつ…純愛じゃなかったのか…てっきりそこだけには嘘がないと思ってたのだが…


 ただのクズでゲス?


 僕の空回りでげす? 


 なんだかよくわからなくなってブラックさんみたいになってしまうぞ…というか証拠がないのに、何故に三好は反論しないんだ?


 それに…



「あの三好以外の男子は…可哀想だろ」



 おままごとみたいな付き合い方しかしたことのない僕でも、やっぱり可哀想だと思うのだが。



「あのね、柏木くん。尻軽な女の子なんて要らなくない? 浮気する男もさ。それを知らないまま付き合うのとどっちが幸せかな?」


「…そ、そっすよね」



 それこの未来人に無茶苦茶刺さるんすけど…なんだかんだで間男、僕なんすよ、旦那。


 その罪悪感で三好を疑わなかったのだろうか。



「一応男子には忠告したんだよ? トラウマになったら可哀想だし。相手にされなかったけどね。女子は姫に任せたけど、まさか全員引っ張ってくるとは思わなかったし。振るとも告るとも思わなかったし。何やったのかな。むふふ。後で聞ーこぉっと」



 う、嬉しそうっすね。おじさん、若者の喧嘩とかドロドロしたやつとか居た堪れないんだが。


 それにその言い様だと華がコントロールしてるみたいに聞こえるんだが…


 あの華だよ? ポンコツ探偵だよ?



「おい! 黙ってないで何とか言えよ! おかしいと思ってたんだ! お前と帰る日があった時だ! 何の相談してたんだよ!」


「知らないって言ってるじゃないか! だいたいお前らが大事にしてなかっただけだろ!」


「お前今認めたな! 認めただろ!」


「し、知らないぞ! 俺は知らない!」



 決して彼女を馬鹿にしてるわけじゃないが……三好があそこまで大きな声を張り、取り乱してるとすれば……もう越後屋でいっか。


 というか昼ドラみたいなの昔から苦手なんだよ、僕は。


 そうしてステージをボーっと眺めてたら、三好が手を伸ばしてきた。



「ゆ、裕介! お前も何か言ってくれないか!!」



 何をだよ。


 何か言わなきゃいけないのはお前だろうが! まずはあの子達が先だろうが!



「…とりあえず告白の返事しろよ。待ってんだろ」



 くそがっ! 幼気なおっさん騙しやがって! はよしろや! めっちゃ寒い中待っとるやんけ! ほら、あんな風に…後ろを向きながら…ブルブルと……? 


 何やってんだ……?



「なぁ! 俺に魔法をかけてくれよ!」



 何言ってんだ。


 確かに魔法使いだけども! 煽ってんのかてめぇぇぇぇ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る