円華チャンネル。@柏木裕介

 華は、腰に両拳を当てて少し足を広げたポーズで、なんというか自信満々な感じだった。


 あれは…見たことがある…褒められた時の…ドヤポーズだ。


 多分、七歳くらいの頃…あまり家にいない父さんが華を誉めて…嬉しそうな顔で…だから…だからあの時僕は……



「あ、これつけて」


「…え? あ、うん……え? なんでイヤホン?」



 森田さんは、珍しくも懐かしい、有線のイヤホンを渡してきた。それからスマホに繋ぎ、開いていじりだした。


 そして周りを見れば、壇上の元サッカー部員以外が、森田さんと同じようにスマホを開いていた。


 なんこれ。何始まんの?



「まあ、あんまり騒ぐとね、おっきな声だと近隣にマズいから…ね? あ、ほら、ちゃんと右耳につけて」



 いや、ねじゃないし、右つけるとめっちゃ近いんすけど…左につけるからいいけど。



「あ、ダメ。左耳はダメだよ。ちゃんと右につけてね。そうそう。むふふー、見て柏木くん。あっこ」


 

 渋々つけた。味方だし仕方ない。


 体を寄せる森田さんの目線を追うと、華がいた。


 さっきと違ってなんか…俯いてプルプル震えてんな…そりゃそうか。みんなの前に立つなんて、昔の華を知ってたらあり得ないし…きっと怖くて心を奮い立たせてるんだろう。


 頑張れ…は違うのか。



「ぷーくすくす。ウケる」


「……何が?」



「なんでもなーい。あ、もう! 外れるでしょ! もうちょっと寄って…あ、いい。私寄るから」


「あ、おい、近い近い。右と左交換したらいいだろ!」


「えー、むーりー」



 ぐっ、こいつは…良い匂いさせて…柔らかくて…あったかいし…小悪魔かこいつ。いや、いかんいかんこの子は学校唯一の味方で天使…いや暴走天使だ。あかんやん。


 そうして森田さんと不毛なやり取りをしていたら、イヤホンから華の声が聞こえてきた。



『ふぎゅぬぬ……すーはー…皆さん、こんにちは』



 それを聴きながら華を見上げてみると、口と音声が合っている。どうもライブっぽいぞ。


 何が始まるんだ? というか出だしは何の音だったんだ?


 そんなハテナな僕に、深く考えさせないようにか、小悪魔はイタズラを仕掛けてきた。



「あ、おいやめろ! やめて。背中サワサワしないで」


「んー? 何のことかなー?」



 森田さんは、やはりブレーキがぶっ壊れているようだ。


 惚れてまうやろ。


 校舎の上の華はプルプルと震えながらも一生懸命に話そうとしている。


 多分あにゃあにゃ言ってんだろう。


 頑張れよ、華。


 なんか、自分のこととかどうでも良くなってくるくらい、応援したくなるな。


 というか、結局なんなんこれ?



『み、みんなみんな一生、懸命で、か、感動しちゃ、った、わたし…!』



 華が…辿々しい…? あ、え、これ…もしかしてR18以上な調教中じゃない…よな…? これ大丈夫なやつだよな?! リアルビデオレターじゃないよな?! くそっ! 元世界の三好がサイコだったからどうしても疑って見てしまう!


 三好はどこだ! って居た!


 っておいぃぃぃ!


 ホクホクした顔してんなよ!


 純愛どこいったてめぇぇッ!


 あかん、それとなんか耳に飛び込む切ない華の声がわんわんと波紋のように頭に甘く痺れて響く…っておい、内転筋を触るんじゃない!


 真昼間から変な気分になんだろが!


 僕に鬱勃起って概念は無いんだよ!


 躾けようとすんな!



「おい、馬鹿、やめろ」


「具体的に何をやめて欲しいか言わないと。んー?」



 ノンブレーキのサワサワする森田さんと、ますますブルブルする華と、ゾクゾクする僕と、ホクホクしてる三好。


 ああ、あかん、あかんて。なんか背徳的であかんて。その扉あかんて。



『た、大切な、お、思いを、こ、心に、と、と問いかけて、伝えて、か、感動しました…!』



 ああ、華が…華があんなにも…顔を…赤らめて……笑顔で……笑顔ってあんな怖かったっけか……?


 ん? なんか思ってたんとちゃうな?



「ぷふ。こんなくらいかな。睨んでるから止めたげる。いい絵録れたし。ほら」


「睨んで? いい絵って…というかなんなんだ、いったい…って何これ…動画?」



 意味不明な森田さんが差し出したスマホには、今現在の華の横顔が映っていた。


 このバストアップのアングルは……華の左側からで少し下から舐めるような位置だ。そしてブレてない事から、三脚だろう。ここからではよく見えないが。


 ようやく震えがおさまった華は深呼吸してから口を開いた。


 

『すー、はー。すー、はー…。だから、わたしも、わたしにも聞いて欲しいことがあります…!』


「うぉっ、何これ…いきなり画面が埋まっとる」



 華の台詞に合わせて右から左に白文字でコメントが流れている。全部「なーにー」と書いてある。画面が埋め尽くされる。


 なんか見たことあんな。



「配信だよ。円華ちゃんの」


「配信? まどかちゃん?」



 森田さんが言うには、どうやらこの配信主は円華ちゃんというらしい。つーか華が円華ちゃんとして活動してるってことか…? なんで? 鬱ビデオレターは? いや要らない要らない。欲しくない。



『わたしには好きな人がいます…!』



 華の、いや円華ちゃんの言葉に、今度は「だーれー」と画面一杯に文字が飛びかう。


 なんこれ? もしかしてこれがにこにこしたやつか? 切り抜きしかあんまり見たことないが…



 周りの生徒達がスマホ操作しまくっている様子から、どうも目の前の生徒たちがリアルタイムで書き込んでいる気がする。


 チラリと見た三好は満足げな顔だった。あれ? 公開処刑は? この流れだと僕要らなくないか?


 そんなぼっち・ざ・置いてけぼりのことなどつゆ知らず、画面の中の彼女は熱を持って言葉を紡いでいた。



『それは………三年二組にいます…!』



 「うおぉぉぉー」とか、「ざわざわ」とか、「来るぞ…!」とか、画面いっぱいにそんなコメントが流れてる。


 もしかして今からリアルでもネットでも同時に告白すんのか…? しかも身バレまでして…


 すごいな…なんか…なんか応援したくなるぞ!



『でもその前に! 彼女達からの話を聞いてください!』



 画面の中の彼女はそんなことを言った。画面いっぱいのえー、だ。


 僕もえーだ。なんだよもーだ。


 一瞬で僕も入れ込んでいた。


 それくらい画面の中の彼女は切実に可愛くて美しかった。


 それくらい、あの頃と同じで、近くて遠く感じた。


 手の中の彼女はとても近くて、現実の彼女は校舎の上だ。


 これは、過去をなぞってるんだな。


 ……いや、克る、克るぞ!


 というか全然思ってたんとちゃう。


 三好を見ると、何故かあいつもポカーンとしてる。


 なんでやねん。


 くそが! なんか腹立つだろ! お前の舞台だろうが! ちゃんと整えろよ! ああイライラする!


 まどかちゃんが可哀想だろ!


 ……あれ、いま僕何を思った…?


 なぜ…伽耶まどかと被った…?


 顔なんて全然違うのに…


 くそっ! リアルとネットと夢と過去と未来で何がなんだかわからないぞ!


 その時ふと視線を感じ、上を見上げたら、華が目を見開いてこっちをガン見していた。


 心臓が掴まれたかのように体が硬直する。


 狂気を孕んだ夢で見た、底のない真っ暗な瞳に見えた。


 そして、華はすぐさま奥に引っ込んだ。


 こっわ。


 いかんな…夢が現実を侵食するなんて…


 華がそんな顔するはずないのに…



 そして華の代わりに五人の女の子が出てきた。その女の子達は、何かを決意しているかのように、口をまっすぐに結んでいる。


 次は何ライブだ…?



 すると、ステージに立つ三好が、先程と真逆の表情で焦ったように校舎屋上に向けて語りかけた。



「ちょ、ちょっと待ってくれ! 美月! お前今日休むって…」



 焦るとか珍しいな。というか小学校の時…見た以来か。


 しかも突然の不倫現場みたいで困惑する。


 あれ? もしかしてお前も騙された口?


 どうなってんのこれぇ。


 すんなり克らせてくれよぉ。


 すると、森田さんが見せてくれていたスマホの画面が屋上から切り替わり、三好…というか、ステージ上がそこに映し出された。


 アングル的には…顔出し看板からのショットか?



「ふっふー。今からだよ、柏木くん。君をメタメタに救うから…ね?」



 どういう意味かさっぱりわからんことを、ぐふふとした悪魔のような顔をしながら、森田さんは楽しそうにそう言った。

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