上を向いたら君がいた。@柏木裕介
その後もイベントは進行していった。
最初の衝撃でぶっ飛んで忘れていたが、そもそも三好は公開処刑を望んでいたはずだ。
だからこのイベントは、引き起こされるべくして起こされたのだと見るべきだろう。
つまり後ろに越後屋がいる。
あいつ黒いわ〜。ないわ〜。
いや、考えてみればそうか。
あまり敵とか味方とか言いたくはないが、僕と幼馴染以外は味方と呼べるほど親しい人はいなかった。当たり前過ぎて認識すら出来てなかった。
それだけ僕は当時何にも考えてなかったんだろう。
それに別に斜に構えていたわけでもなく、ただただ絵を描くのが好きなだけだった。
何にも知らなかったなぁ。
三好側に華も越後屋もいるなんて。
つまり、完全なぼっちか。
……
そんな僕を置いて、横に立つ谷川先生は奥さんとの馴れ初めからを端折りながらずっと語っている。
先生の言いたいことをまとめると、なんでもないようなことが幸せだったと思う。そんな感じの話だった。
長い。ただただ長い話だった。
なんかそんな歌あったな。
だがしかし、僕はツッコまない。というかそれどころではない。今の僕はガッツがなくなり、項垂れている。
コインブラくんの衝撃だ。
しおしおだ。
15年越しに叶った妄想の、叶わない現実のなんとまあ虚しいことか。照れるとかムズ痒いとかさぶいとか通り越しちゃって、これはくる。心にくる。
そうして、イベントの中心から少し離れたところにいる僕と谷川先生。
そこに森田さんがルンルンしながらやってきた。
多分、校内唯一の味方。
惚れてまうやろ。
森田さんは、先生に挨拶してから僕の方に向いた。
「柏木くんもおはよ! ってどーしたの、項垂れちゃって」
「……いや、まぁ…ちょっとね」
聞かないで。擦らないで。もうやめて。
「立ちっぱなしじゃ辛いでしょ? こっち来て座ろうよ」
「……うぃ」
確かに違う意味で限界だった。
この子まじ天使。
心臓に悪い。ドキドキしてしまう。
谷川先生に断って、森田さんについていく。
何故かざわざわする周りの生徒達。
いや、わかる。今まで学校でどうだったか知らないが、眼鏡を外し、背筋を伸ばし、しゃんと歩く彼女は紛れもなく美少女だろう。
暴走さえしなければ。
ブレーキさえあれば。
残念だ。
ただ一方で、それも魅力に思えてくる不思議。
そんな彼女と歩く、落ち込んでる僕氏。いや受験生の大敵、落ちる厄病神たる僕氏。
このイベントの主旨にも当然合わない。
見たことのある子達もいた。
遊んだこともある子達もいた。
だが、皆一様に冷めた目で僕を見ている気がする。
何見とんねん。気持ちわかるけども。
「元気ないね。本当にどーしたの? そんな変な顔して。癒そっか?」
「誰が変な顔やね……いやいい。ありがとう。あははは…はは…」
もういい。なんでもいいんだ。
笑とけ笑とけ。
それにガッツがゼロだと人はだいたいこんな感じの顔になるんだよ。
数字で言うと600のうち、400くらい減った感じなんだよ。
◆
森田さんに連れられ、ステージ真横に来た。
生徒の壁でわからなかったが、ステージ右側にはパイプ椅子がぶわっと並べられていて、ニコイチずつで三列ほど並んでいた。
そこには多くのカップルらしき男女が座っていて、先程マッチングした男子女子もいる。
その一番後ろの席に森田さんと座った。
これはつまりカップル席ってわけか…
「森田さん、これってファンサービスイベントじゃないのか?」
「あはは、何それ? 姫の? 違うよ。先生に聞かなかったの?」
「いや、聞いた。効いたよ」
効いたし、聞いたけど、聞かされていた事と違いすぎて確認したかったんだよ。
じゃあやっぱり越後屋か。
確認すれば良かったか。
でも何というか、スマホで中学生とやりとりとか超億劫すぎて、ほとんど使ってなかった。
それに一回クリアしてる過去だからか、未来人だからか、未来に帰れるかもだからか、どうも関係を発展させる気になれないんだよ。
いや、元々か。
でも全ては克ってからだ。
しかし、看板は事故だとしても、あいつほんま悪いわぁ〜。ないわ〜。
◆
「さあ、これで最後になりました。元サッカー部三年の皆さんです」
司会の男の子がそう言った。
最後…ならば、三好が最後で、その後僕を壇上にあげて、それから公開処刑だろう。
まあいい。
克るのみだ。
心身ともにとても疲れているが、いいとしよう。
とりあえず学校クラブ一のモテ部と言われていた実力とやらを、さあ眺めさせてもらおうじゃないか。
僕のガッツをついでに回復…しないな、これ。
「あーあ、上がっちゃうか〜」
「…?」
隣の森田さんは、やれやれといった表情でそう言った。
「んふ。気にしないでね。一応忠告したんだけどさ。姫ってちょっとアレなところあるから」
「…なんの話?」
「完堕ち…完勝じゃなきゃイヤなんだって」
「あんだって?」
森田さんの話は要領を得ない。
というか、最近夢のせいか深く考えられなくなっている実感がある。
深く考えた日の夢ほど、狂気の厚みが増していたのだ。それからは思い出したかのようにして、鼻歌に逃げていた。
「ふふ。内緒。見ていたらわかるよ。先生はもうここから居なくなるから」
森田さんがそう言った矢先、校内放送で谷川先生の呼び出しがかかった。
そういえば谷川先生しか引率の先生はいなかったな。
普通こんなに生徒がいたら先生は三人四人居て当たり前だが……越後屋か。越後屋だろうな。だいたいの悪事はあいつだろ。
知らんけど。
先生が去ったのを見届けてから、森田さんは良い匂いをさせて体を寄せてくる。
そして小さな声で耳打ちしてきた。
あかんて。近いって。惚れてまうやろ。
「ここからは彼氏彼女達の事情…いや、情事だよ。楽しもうね」
ジョージ?
それ、谷川先生を指す歌じゃないよな。
ならば、ジョージ、情事…いろごと…?
いや、僕の主観やこのイベントのやり方はどうあれ、今回のこれは生徒にとって青春の一ページで、R15だったと思うが…
感極まった男女でも抱き合うくらいだったし。
そんな事を考えていたら、ステージの上に、三好を含むサッカー部三年の男子生徒数名が上がりきっていた。
ただ、先程までと違って女子は上がっていない。
もしかして……薔薇告白もあんのか?
知り合いにタチの悪いガチ百合もいるしな…あるか。これはこの後阿鼻叫喚か黄色い声か。
恐るべし、過去世界の母校。
決してそういった関係は否定はしないが…
知らなかったな。
知りたくなかったな……!
15年後に知るであろう真実を先駆けた気分だ。今世なら同窓会はいけるかもしれない。いや、そんな友達いないか。でも谷川先生には会いたいな。
なんか谷川先生に会いに来るためにタイムリープしたみたいになってくるな…生きてんのかな、15年後。
腕組みしながら目を瞑りうんうんと唸る僕氏。
「ほら。見て」
「あん?」
森田さんに脇腹を突かれて、顔を上げたら、生徒みんなが校舎の上を見上げていた。
そこには、あの日母と見たお立ち台があった。
そしてそこには、華が華麗に立っていた。
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