全然簡単じゃねーよ。@柏木裕介

 やってきた土曜日。


 学校は休みで、華のファンサービスの日だが、向かう先は中学校。


 足を気遣ってか、遅れて来ていいと越後屋に言われていた僕は、一人、ゆっくりと通学路を歩いていた。


 休日だし仕方ないが、懐かしい通学路に、あの幼馴染二人がいない。


 克ろうと決意した矢先にこれだ。


 振り回されてるぜ、僕氏。


 まあいいんだ。松葉杖の使い方には随分と慣れ、今なら少し走れるくらいにまでなったからいいんだ。


 それに補助は要らないんだ。


 何せ杖二本あるからな!


 無理言って借りたぜ!


 いや、これ楽しいんだって。


 体が小さいからか、フワッと浮き上がる感じが尋常じゃなく楽しい。多分、腕力と体重が釣り合ってない状態なんだろう。


 狂った夢を吹き飛ばすために始めた早朝散歩だったが、今ではなかなか楽しい。



「うー翼の折れたエンジェー」



 つい、父さんの好きだった歌が出てしまうくらいだ。


 こういう楽しい時、無意識に出る歌ってなんなんだろうか。


 というか、今更だが、中学校でそんな事していいのだろうか。





「さいーしょに好きになぁたのはー……声…がする…?」



 学校に着くと、様々な声が聞こえてきた。黄色い奇声や、唸るような赤っぽい声や、嘆くような青い声。


 そんな騒ぎが校舎正面の裏側、校庭の方から聞こえてくる。


 正門から校舎脇道を抜け、校庭を覗くと、多くの生徒がいた。


 今日は休日で、僕もそうだが、みんな制服だ。これが華のファン? 随分と多いな…全校生徒いるんじゃないか…?



「何時からやってんだこれ…というか、良いのかこんなことして…」



 校舎正面にはステージがあり、その上には、向かい合うように椅子が対面に並べられていた。


 それを多数の生徒が取り囲んでいる。


 そのステージには数人の男女が向かい合う形で座っていた。真ん中は…越後屋と…誰だ? なんか見たことあるような男子生徒がいて、その子がどうやら司会っぽい。



「さあ、次は誰の番だー…おおっ! 寺本くんが行ったぁ!」



「友香先輩ずっと前から好きでした!」



 一人の男子が立ち上がり、真ん中まで進み出て、張り切って言った。周りはおおーっと声を上げ囃し立てている。


 なんだこれ。


 言われた友香先輩とやらも立ち上がり、同じように真ん中まで進み出て、その男子生徒に答えようとしている。


 なんなんこれ。



「ちょっと待ったぁ!」



 続けてもう一人男子が立ち上がり待ったを掛けた。


 え、そんなんもアリなん?



「橋下! 俺も好きなんだ! 付き合ってくれ!」



 なんなんこれ?!


 二人の男子はお辞儀をしながら右手だけ差し出していた。


 嘘でしょ? 今の告白した? 衝撃的すぎて飛んでた。これ二択から選ぶの? 選んじゃうの? 選ばないといけないの? 


 つーかなんこれ?

 

 形式はともかく、彼らは真剣だ。


 なんか体がムズムズして痒いんすけど…


 いつの間にか周りはしんとしているし、これやり辛いだろ…橋下友香先輩とやらも…



「二人とも…ありがとう。でもごめんなさい。私、好きな人がいます」



 ああ〜と残念な青い声が校舎に反響してる。そうか…そりゃあ選ばないという選択肢もあるのか。


 いや、なんなんこれ? 


 越後屋がいい顔で仕切ってんな…つーか何これ…合コンか…? 


 というかファンサービスイベントどこいった?


 いやこれこの時期するもんなのか? いやそもそもこんなん学校でしていいのか?



「押し切られましてね」


「谷川先生」



 いつの間にか、植えられた樹木と同化するかのように、緑ジャージの谷川先生が横に立っていた。


 先生は僕の疑問顔に答えるかのように、つらつらと経緯を話し出した。先生の話によると、明日の成人の日の午後に行われる婚活パーティーの予行演習だそうだ。


 え…めっちゃ泣いてる子いるんすけど…



「まあ、PTAや地元青年会、市役所を先に抑えられたのもあるけどね…プレのイベントとして特例で認めましたよ。越後屋さんのところ……強いでしょう?」


「…中学生に何言ってんすか。そのお金マークもやめてください」



 確かに越後屋はこの辺じゃ顔が効く。しかもあいつあんなんじゃなかったら可愛いしな…あんなんじゃなかったら。おそらく猫を被って親も巻き込んだのだろう。



「ははは。ここを出て、他所に住み、結婚もせず、成人式にすら帰ってこない子供達が年々増えていることを引き合いに出されてね。丁寧にグラフ化までして…それとこの形式のカップル達成率の高さなどもね。市の方もこの町の人口流出を止めたい思惑もあり、学校側もなんだかんだで許可したんだよ。ちょっと難しいかな。ははは」


「……そっすね」



 あいつ、そんな事を仕掛けたのか…いや仕組んだのネチャっとしたガチ百合勢なんすけど…そしてまるっきりそれに当てはまる未来の僕氏。



「まあ明日の予行演習としてだから、あまり無茶しないと約束させてのイベントだよ。まったく若者の勢いには戸惑うばかりだよ。ははは…はは…孫と…遊びたかった…」


「……」



 先生のあれは悲しかったんだな…可哀想に…というかファンサじゃないだろ、これ。


 建前が必要だったのかもしれないが、最後の挨拶とやらは何て言えばいいんだ?


 越後屋はあっちでいい顔してるし…華も三好もどこかわからんし。


 というか僕必要ないだろ…約束したから帰らないけども。


 ファンサイベントと合コンじゃ趣きが違いすぎて全然簡単なお仕事じゃねーよ。


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