学校へ行こう。@柏木裕介

 中学生活最後の三学期が始まった。


 と言っても僕はまだ登校出来ない。


 学校側との話し合いと診断書の結果、僕のやり直し中学三年生の初登校は、成人の日明けからの登校となっていたのだ。


 しかしとりあえず事情説明や、現況報告は必要らしく、お昼頃に母と車で学校に向かった。


 説明を終え、生徒指導室を後にし駐車場に向かっていると、母が尋ねてきた。



「裕介、教室に寄らなくて良かった?」


「いや、行きにくいだろ」



 僕の骨折原因は、病院でもそうしたが、ベランダから落ちたことになっている。


 正確にはダイヴだが、飛び降りたとなれば世間体が悪い上に、母さんを無駄に心配させてしまう。


 しかしながら、落ちたは落ちたで、この受験の時期に縁起が悪い。無茶苦茶悪い。いや、飛び降りもキツいか。


 受験なんて高校受験くらいで、しかもそれほど苦労した覚えがなかった。だから崖っぷち同級生の気持ちなんて考えたことなどなかった。


 だからおそらく厄病神扱いが待っている。僕もナーバスならそうするだろう。実際今崖っぷちナーバスだし。


 その上、華の部屋を覗いた疑惑が母さんの中で更に強まってしまう。


 だがそれでも母の心労を鑑みて、まだマシと思って落ちた落ちたと言い張ったのだ。


 仕方なかったとは言え、その時の母のほらあんたやっぱりといった好奇の目は今でも記憶に新しい。


 覗きを肯定したようなものだし、それはわかる。無茶苦茶わかるが、わかって欲しい。


 そしてフューチャーダイヴよ、すまん。


 庇ってやれずすまん。


 こんなんなるなんてあの時思わなかったんだよぉ。


 タイムリープちゃんが悪いんだよぉ。


 くそっ、なぜかわからんが、悪い女にハマってしまう気持ちがだんだんわかってきたぞ。





 時刻は昼休みが終わったくらいで、廊下に生徒の影はない。


 あんな先生いたかしらとか、美術部ってどこだったかしらなど、母の疑問と完全に同意しながら、適当な相槌を打ちつつ昇降口に向かった。


 校舎から外に出ると、雲一つない青空が広がっていた。



「ねぇ、裕介。あれは何かしら?」


「…記憶にないけど…何だろな?」



 学校内の駐車場に向かう道すがら、母が校舎の裏側を指して僕に尋ねてきた。


 校舎裏と言えば、よくぼっちな少年少女が一人弁当を食べているような、そんな陰気な場所だったはずだ。


 母校であるこの中学校は給食だし、用も馴染みもない場所だ。


 今現在のそこには、ブルーシートのかかった大きいものが二個あった。



「あ、ゴールポストかしら」


「ああ、平置きしたらそんな大きさだな」



 大きさ的にはそれくらいだが、台形じゃないから多分違う。でもどうでもいいから、そういうことにしておこう。


 ついでに近辺を左右上に目線を動かし見ると、三階建校舎の屋上にもフェンス越しにお立ち台のようなものが見える。



「懐かしいわね…」


「懐かしい?」



 母も僕と同じ屋上を眩しそうに見上げながら、そう呟いた。


 母校でもないのに懐かしいとな?



「ぁ…何でもないわ。そうだ、お買い物! お買い物行かなきゃ! 今日は七草粥にしなきゃね! 行くわよハリーハリー」


「この足で急かすとか無茶苦茶か。というかそのリアクションで何でもないってことはないだろ」



 その僕の言葉に、母は頬を膨らませ、ぷいっと横を向いた。


 やめろ。誤魔化せてない。どこに拗ねる要素あった。意味わからんことすな。そしてその女の子ムーブみたいなのインハイ高めで腹立つからほんとやめろ。



「……詳しくは華ちゃんに聞きなさい。ほら行くわよ。午後から仕事あるんだから」


「華が? 母さんが懐かしむものを?」



「ええ。それと裕介…ちゃんと…ちゃんと積むのよ。あの子いろいろとアレだから…もうほんと…ってあんまり人の事は言えないか…若さね…フッ…」


「フッじゃねーよ。話をポンポン飛ばすのやめろ。というか教える気ないだろ」



「いずれ……あなたにもわかる時がくるわ」


「その言い方ずるいだろ。何でもいけちゃうやつだろ。未来に責任投げるやつだろ」



「私ったらいっけなーい。てへっ」


「やめろやめろ。頭コツンやめろ。しかも学校でとかマジやめろ」



 どうでもいい謎と切り裂くような羞恥だけ与えて、母はそれ以上は答えてくれなかった。


 華か…


 今日で一週間連続の初夢なんだよな……はぁ……富士も鷹も茄子も、続きの四五六もその他の様々なものも、何故かみんなみんなデフォルメされた華に変換されてしまうし…


 日を追うごとに、酷くなってんだよ。


 追いかけているのか追いかけられているのか、騙し絵みたいにわからなくなり、最後はシュルレアリスムじみた狂った風景のようになって、ただただ呆然と眺め続けている夢だ。


 ダリの作品は誰にもわからない。ダリにもわからない。なんてあったな…僕にもわからないよ…ははは。


 でもやっぱりこれ、おかしいよな……?


 今だってそうだ。校舎を見たり、校庭を見たりしてもそうだ。さっき歩いた廊下だってそうだ。


 その風景の中にいつもそこに君がいる気がして、探してしまう。いや、教室にいるのはわかってんだけど、探してしまう。


 〜ノートの落書き〜いつも、そこに、きーみがいたー〜


 みたいな。こんな感じのほろ苦くも甘酸っぱいような……でもないな……ある意味妄執だこれ。


 謎を残したブルーシートを眺めながらそう思った。


 ん? もしかしたらあれが、先生方を疲れさせるイベントの何かかもしれないな。


 でも一月にあるイベントなんて、成人式…くらいだよな? 書き初め…は小学生だし。


 けどあんなに張り詰めた表情で晴れの舞台を谷川先生は語るだろうか…?




 

 その日、越後屋ののが、我が家を訪ねてきて、そのイベントの正体が判明した。


 正直、最初はこんな子だっけ感が強かった。


 彼女からのメッセは、だいたい絵の催促だった。しかし僕には描けない。いろいろ怖くて描けなかったのだ。


 だから断ったのだが、彼女は諦めなかった。しつこかった。


 華と勉強中にも来るから、仕事ならそんな情熱や図々しさを発揮する奴は大好きだがと、溜息混じりに少しこぼすした。


 それからはやんだ。


 だからだろうか。


 やたらネチョッと絡んでくるのは。



「ねーねー聞いてんすか会長ぉ? あ、すんませーん元会長っすねぇ。今までごくろーさんでっすぅ。次はわたしが会長なんすよぉ? 何せ姫様から直々にぃ! 指名されちゃいましたからぁ…ぅぇへへ…しかも! 元会長は出禁! あべし! いったい何したんすかぁ? まー興味ないんでどうでも良いっすけどぉ。そういえば今学校じゃあ、こんな時期に落ちたせいかぁ、一浪ってあだ名ついてるっすよぉ? だから一浪先輩っすねぇ。劣先輩より良いんじゃないっすかぁ? そりゃ姫様にも愛想つかされちゃいますわぁ〜というかわざわざノノが来たって言うのに媚びたり労ったり盛り上げたりあるっしょ? 相変わらず絵以外はほんと駄目駄目っすねぇ〜大人しく絵を描いていれば評価上がるのにぃぃ。それ無くなったら先輩にいったい何が残るんすかぁ〜うぷぷ〜」


「……」



 あーこんなんこんなん。そういえばこいつ、こんな奴だった。


 何言ってるかわかんなかったから耳閉じて流してたわ。


 しかし…確かに現時点での僕の評価はそうなのかもしれないが、最後同人ゴロみたいな言い方したなこいつ。



「とりあえずさっきの件…元会長として終わりの挨拶よろしくっす。一浪先輩でも出来る簡単なお仕事っすから」



 どうやら先生方の懸念していたイベントとは華のファンサービスイベントみたいなものらしい。


 よく許可降りたな…


 そして何故か主催者は僕になっていた。


 もちろん僕は知らなかった。


 なんでやねん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る