ほんまごめん。@柏木裕介

 新年を迎え、三日が過ぎた。


 実家は鏡餅、しめ飾り、お年玉、おせちなど、いわゆるザ、お正月の雰囲気で。


 初詣や、年越しそばこそ食べてないが、いろいろと正月とはどうだったかを思い出させてくれた。


 独り身だと、そういった行事や習慣を疎ましく思ってしまうもんだ。決して蔑ろにしたいわけじゃないが、ディスプレイの中の世界というか。


 ましてや帰省する田舎…つまりここは、母が死んでから売ってしまっていた。だから盆と正月は、思い出すのが辛く、あまり考えないように今までしてきた。


 それと、父母の両親であるお爺やお婆に会った記憶はなかった。両親ともに他県出身な上、駆け落ちだったせいだなと、今では推測できる。


 おせちを食べ、正月特番を見て、お雑煮食べて勉強して寝て。起きてちょっと遅いお蕎麦食べてテレビ見て勉強して寝て。


 この時代はまだまだ年賀状を送り合っていたので、それが来ていて懐かしがったりして。


 そして、突然の不調に苦しんでいたりした。



「裕介、おもち何個?」


「…ぇ、ぁ、ああ何?」


「三個ですよ、明日香さん。裕くんは三個。二個だと少なくて、四個だと多いんです。だから三個です。ね、裕くん?」



「…そ、そうな」



 母が僕に尋ね、僕の代わりに華が答え、僕が華に同意する。これがここ最近のやりとりだ。


 華は年が明けても、うちの子かと言うくらい柏木家に入り浸っていた。


 たまにフラッと二、三時間いなくなることもあるが、母とともに買い物に出たり、料理を教わったり、家事を手伝ったりしている。


 つまり、僕よりうちの子してる。


 でもそうじゃないんだ。


 そうじゃないとはモチの数じゃない。お腹が減ってないわけじゃないし、華の見立ては正しいし。お雑煮はモチ三個が僕にとっては理想だ。


 〜違う違う、そうじゃ、そうじゃな〜い〜


 と、歌ってしまいそうなくらい不調なんだ。


 いや…これは自己嫌悪だろう。



「ほら、正解しました! だから…褒めて褒め…て…?」


「ッ! あ、あ、うん、いや…」


 

 膝を折り、椅子に座る僕の目線まで頭を下げ…もっと下げて撫で撫でをねだる華。顎は膝に触れ、太ももに触れ、さりげなく手も添えてやわやわしてくる。見上げてくる。母に見えないようにゆっくりとサワサワしてる。


 そしてなぜか体が金縛りにあったみたいに動かない。これトラウマ働いてる…からだと思う。


 あひぃ。

 


「あれ? 裕くん、合ってなかった? 三個入りが…好き。だよね?」


「ッ…ぇ? ぁそ、そう、好…きで…す?」



「……おもち三個、好き。ですか?」


「あ、ああ…す、好んぎぅかもしれない…!」



「……なぁに、それ。……かもしれないって何がですか?」


「や、三個、三個だ、雑煮は三個が神」



「………ふふっ。華、正解したから撫でて…? ん…ふふっ、裕くん…くすぐったいよぉ…」


「……」


「…何やってんの、アンタ達は…」



 母が呆れるのはわかる。めちゃくちゃわかるが僕は僕がなんだかわからない。今現在15の昼だが、僕が僕であるためにどうすればいいかわからない。いや、なんか違うな。


 何故か好きという言葉が、矢尻になって突き刺さるんだ! そこからオートで言葉が口から出そうになる!


 くそっ! しかも手が勝手に華を撫でているぞ! 何故かやめられない止まらない! 手のひらに快感など感じるわけがない! こいつ、めっちゃ……ぐわぁぁぁぁ!!


 除夜ぁぁぁ! 除夜はどこだ! どこいったぁぁぁぁ!!


 

「元気ないじゃない。顔も赤いし。心なしかげっそりしてるし。今日病院やめとく?」


「いや、行きます…お願いします…」



 くそ。母に言われるまでもなく、顔が赤いのはわかっているんだ。今年に入ってからまともに華の顔が見れないんだよ。くそっ。



「……あんた本当に平気?」


「裕くん、大丈夫…?」


「…大丈夫大丈夫、平気平気」



 平気か大丈夫かと問われたら、体OK、心がNOといったところか。いや、今現在は体もNOだ。


 くそ…この空間から離れたい。せっかく慣れてきた骨折が、ものすごく鬱陶しく感じてきたぞ…いや、僕は冷静だ。平静で、寧静だ。


 今まで生きてきて初めて使ったわ、寧静。


 ぬぇい! せぇぇい!


 何を頭ん中で叫んでんだ、僕氏。



「こないだまで大人っぽかったのにどーしたの。借りてきた猫みたいになって。辛いなら口に出さないとママわからないからね」


「…おー…」



 ママ呼びしても、自分の心と体が乖離で軋んできつくて構ってられないんだよ!



「ダメだこりゃ。後遺症かしら?」


「きっと勉強疲れですよ、明日香さん。裕くん…めちゃくちゃ……頑張ってくれましたし」


「……」



 くそっ、僕のげっそりとした顔と違い、華のツヤツヤした顔がムカつく! これだからハイスペは! 睡眠時間僕の方が上だろ!


 いや…そっか…そうだ、そうだよ。頑張って頑張って頑張って、だから疲れてるんだ。


 きっと疲れてるんだ、僕。タイムリープ疲れも遅れてドッときたんだよ。ほらあるじゃない、旅の疲れとか。年老いた筋肉痛とか。


 そうそうあるある。タイムリープには消費がえげつないものなんだよ。ドクも核使うくらいだし。


 それにこれはアレもあるはず。いわゆる受験ノイローゼってやつだ。自覚症状がないのが怖いよな。はは。そうだそうだ、そうに違いない。


 笑とけ、笑とけ。


 なは、なは、なははは……



「……華ちゃん。ちょっとこっちいらっしゃい」


「? なんですか?」



 なんだかよくわからんが、お冠っぽい声色の母が、和室の方に華を連れてった。


 華は何かしら、あっちに何か不思議なホコラでもあるのかしら? そんな顔してついていった。


 ピシャリと襖が閉められ、正直ホッとした。



「…はぁ……これは……戻ってきてから一番の……特大ブルー案件かもしれない……」



 僕には、先程の痴態とは別で、一つ認めたくない事実があった。


 元旦の日、初夢の日のことだ。


 心の中で、お隣に住む少女に、幼馴染でもある女の子に、親友(笑えない)の彼女に、齢15の女子中学生に、静かに謝ろうと思う出来事があったのだ。


 ………


 あがぁぁぁあああッッッ!!! 


 僕は女子中学生に何ということをぉぉぉッッ!!!


 トラウマ! 寝取られ! 幼馴染! 家隣! 幼馴染の彼女! 初恋! 学校一の美少女! バッドエンド! 何個タグ持ってんだよ!!


 そんな地雷まみれの女の子に何ということをぉぉぉ……ああ、あかん。死にたい。


 除夜ください。除夜だ除夜。どうかタイムリープの鐘を鳴らしてください。



「はぁ…モチ…食お」



 ん……! んま! モチめっちゃ美味いわ! 一個なんてペロリや! 二個目で腹八分届かんくらいで三個目が満腹超えに僕を持ってくんやわ!


 やっぱモチは三個に限るわ!


 こっからたぶん幸せ過ぎて頭お花畑なるんやわ!


 せやから今なら素直発揮して謝れるわ!


 だから聞いてください。


 柏木裕介で、心からの謝罪の言葉。



 華……夢の中でほんまごめん。

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