新年の初リライト。@円谷華

 部屋の中には、愛しい人の小さな寝息だけが静かに響いていた。ハッピーニューイヤーした途端に、わたしを残したまま裕くんは寝てしまったのだ。


 酷いよぉ。



「なら………仕方ないよね」



 一度寝たらこの人何やっても起きないって知ってるんだ、わたし。



「…ん、しょ、んーしょ…やっとこっち向いた。ふふっ…」



 めちゃくちゃ眉間に皺よってる。


 そんな裕くんも、可愛い。



「でもそんな顔してはダメです。陽だまりが裕くんなんです。はーい、やわやわ伸ばしましょうね〜」



 この眉間の皺を親指でくっくと優しく左右に伸ばせば、食い縛ってる歯の力がふわ〜と抜け、頬がゆるゆるになる。


 この瞬間がとっても好き。


 つい、頬をプニプニしてしまう。



「最初から無い方がいいんだろうけど…あ、また手に力入ってる…はーい、にぎにぎをゆるゆるにしましょうねー。リラックスリラックス。怖くない怖くない」



 裕くんは横向きで猫みたいにちょっとだけまるまって寝る。これはいつも変わらない。その時に太腿に両手をパーにして挟んでしまう。


 別に冷え性じゃないけど、昔からの癖だ。


 それをベランダから飛び出して以降、ぎゅっぎゅっと強く握っていて、太腿の間に入れない。しかも強く握っているのに冷たい。これは今までと違うとこ。


 だから両手を使って、やわやわと解きほぐす。はい、お花が咲きました。はい、すぐにお股に滑り込みました。


 ふふっ、知ってました。


 だからわたしの手も一緒に間違えて滑り込んじゃう。ほらあったかい。



「やっと…冷たさと固さと青さが無くなりましたね…ふっふっふ。順調です」



 裕くんの前髪をかき上げながら、おでこに手を当て熱を感じつつ、観察する。体温は36.7度。匂いは今日も同じ。わたしも同じシャンプーだから同じ。


 あの拒絶された時、吐き出した時、倒れた時、裕くんの顔は真っ青だった。体なんて冷たくて冷たくて。


 やはり見られたのだと確信するも、裕くんの状態が酷くて、拒絶も辛くて、わたしはパニックになりそうだった。でも昔を思いだした。いつも助けてくれてたのに、わたしが助けないでどうする! って。


 急いで拭いて全部脱がしてベッドに寝かせてあっためないとって。


 あっためるなんて、その方法しかないって。


 あったまったら……その…元気になるなんて。



「ん…」



 よそう。思い出したら戻ってこれなくなっちゃう、わたし。明日香さんにも見られたし…恥ずかしかったなぁ…


 プロレスのフリしたら誤魔化せたけど。



「…ま、まあ裕くんわたしのだし、わたしは裕くんのだし、いいですよね……少し照れちゃいますけど」



 というか…記憶喪失じゃないのか…うーん。スマホのメモ帳を開いて書き出した予想を消す。



「記憶喪失はぺけ…あとは…」



 だとすると、薫ちゃんの話と重なってくる。認めないけど。認められないからこそ、わたしは勇気を持って強く踏み込んだのだ。


 見たショックと折ったショックで心が絡まり合い、怖い夢を見てるだけだと信じているからこそ、ここまで踏み込むのだ。



「今日はうなされないかな…」



 寝ている時、裕くんは大人になる。聞いたことのない人の名前に仕事みたいな用語が寝言になってポンポンと出てくる。


 どうやらわたしが好きになった人は、夢の中では責任ある戦士みたいだった。


 寝てる人に話しかけてはいけません、って誰の言葉だったかな。ただの俗説かな。


 わたしはそれを破ってまで聞き出してメモ帳にまとめているのだ。


 すると、驚愕の事実が浮き彫りになった。


 どうやら夢の中の裕くんは、この町を出て都会に住んでいるのだ。


 仕事仕事仕事の話ばっか。


 しかも絵を描いていない。


 しかも結婚もしていない。


 しかも彼女もいない。


 出てきた後輩のフリしてわたしのことを恐る恐る聞くと、言葉に詰まって眉間と歯と拳に強烈に力が入る。そしてやっと出てきたのは青い車の話。いつも休みに一緒って何それ。酷い。


 そう。酷い。


 だって夢の中にわたしが出てこないのだ。


 幼馴染たるわたしが一切出てこないのだ。


 だからか、本を捨てていた。ショックだったけど、予想通りとばかりにわたしは買い揃えていた。あと追加分も。


 ふっふっふ。甘い、全然甘いよ裕くん。


 今の円谷華はそんなに甘くないのだよ。



 裕くんは昔から絵を描くからか想像力いっぱいだった。だからこの裕くんの見る夢も想像でしかないはずだ。


 そんな彼の夢の中にわたしが一切出てこないなんて、そんなのおかしいんですけど。そんなのありえないんですけど。


 リテイクを要求します。


 まあ…捨てられるならわかるけど…わかりたくないけど…でもあの態度から今が瀬戸際なのは間違いない。



「でもでもそんな真っ暗でありえない想像で妄想、ないないしましょうね」



 いつものように、ベッドの下から箱をずらす。その中からちょっと人に言えない特別性の虹のマフラーを取り出して裕くんに巻きつける。それと遠隔のイヤホンを右耳だけ裕くんにつけて、わたしもして、少し小さめな音量にして再生する。


 囁くように、囀るように。脳髄に染み入るように。滲み入るように。真綿で……なんていったっけ、これ。


 あ、ASMRだね。ASMR魔法。



「では聞いてください。華の愛の言葉」



 それと同時にいろいろなところをサワサワする。一定のリズムで。音声に合わせて。わたしも小さな声を耳元で出して。


 トロトロにとろけるように。


 どろどろに溶けるように。


 脳と体がわたしの声に反応するように。


 脳と体がわたしの匂いに反応するように。


 わたしにしか反応出来ないように、裕くんをデザインするのだ。



「でもこれ…わたしがデザインされちゃってる気がします…これは深淵です…あ……んふ。裕くん、まだ駄目ですよ。お預けです」



 猫背がギュッとまるまったらやめ時だ。


 わたしいろいろ勉強したんだよ? 


 お父さんのPCで。


 風邪と偽って。


 あ、履歴残したままだった。


 一旦やめてメモ帳を開き、日付と言葉の種類と所要時間と該当箇所を記入する。


 初日から随分と進歩してる。右肩上がり。最初なんて無反応もいいとこだったのに…効果アリ、だね。


 まだまだ聞き出してないことをんーと考えながら、身体をパタパタと冷ます。わたしにもこれは効くのだ。


 そんな今もまだ、ファンクラブサイトに新年のメッセが大量に届いている。



「ふふ。いい感じですね」



 ファンクラブサイトの写真は会員しか見れないからか、会員数は伸びていた。冬休み前にノノちゃんの家に行って写真を大量に撮って。それを毎日少しずつアップしている。少し恥ずかしい格好もしたけど、これもみんなみんな二人の未来のため。



「裕くん……舞台はみんなが整えてくれました。でもこれからどのルートで攻略しようかな…迷っちゃう…」



 それとどうやって照れ屋さんの裕くんが逃げ出さないように…と考えたら、わたしにとっては幸いにも足を怪我していた。


 フューチャーの神様、どうもありがとう。


 華の勇気と愛で、この人をきっと捕まえるから。


 でも幸いなんて、ごめんね。


 裕くん骨折辛いよね。



「物理はこれで……でもやっぱり二人きりがいいけどなぁ…裏垢みたいに。でもまだ仕方ないよね……」



 我慢出来なくて、裏垢まで作っちゃった。はいパシャリ。ふふ。まあこれも後々使えるかも。



「裕くん。華のこと好きですか…?」


「……ぁ、あ、んぁ…?」



「華のこと好き?」


「ぁ、あぁ…す、す…好……だ…」



「んふふふ。超嬉しい。わたしも好き……順調順調。じゃあ…また再生しますね…? 華の魔法で…そんな悪夢はないないしましょうね」



 あともういくつ寝れば、夢の中身が書き変わり、描き終わり、寝言に出てくるまでになるのかな。



「楽しみ」

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