二本目の最初の過去の私。@森田薫

 柏木くんとの中学生活。


 結論から言うと、青春は出来た。


 思い切り堪能出来た。


 だけど…予想は最悪に的中した。柏木くんは私を覚えてなかった。そりゃあもう落ち込んだ。かと言って、側に居ることはやめなかった。


 これは決定事項だった。


 だから私は美術部に入った。


 柏木くんと同じ部活だ。


 青春の夢を叶える為に入った。


 遠い遠い記憶だけど、陸上部の子達を薄らと思い出した。


 夢が叶ったことが嬉しくて、思い出して欲しくて、ラッキースケベをバンバン狙った。眼鏡ドジっ子だ。絵の具を飛ばしたり、水を溢したり。水ぶっ掛けたり。頭から被ったり。


 もちろん絵にはかけてない。


 ふぇぇって嘆くふりはするけど、そんなドジはしなかった。


 両手いっぱいに絵の具の箱を持ち、盛大に嘘コケして柏木くんに抱きついて、間違えたフリして口づけ狙ってみたり。眼鏡眼鏡してみたり。眼鏡ギャップ狙ってみたり。大きな胸を押しつけたり。69になってパンチラ晒したり。


 格好悪くて、情けなくて、大胆で、端ないけど、それでも15歳が怖かった。


 それに少しでも意識を向けて欲しかった。


 でもその度に柏木くんは、気づいてないふりをした。真っ赤な顔なのに、認めてくれなかった。


 知ってる。


 だって、君の気持ちは私にこれっぽっちも向いてないんだもん。


 君はあの花に夢中なんだもん。


 円谷華が、羨ましい。


 何にもしてないのが、妬ましい。





 この世界が、例え違う世界線だとしても。


 例え恋する二人じゃなかったとしても。


 柏木くんは変わらなかった。


 楽しそうに絵を描く姿は、変わらなかった。


 長い前髪を耳にかける仕草は、変わらなかった。


 照れた時に見せる顔は、変わらなかった。


 ドジで転けた時も、優しく微笑み助けてくれる姿は、変わらなかった。


 たまに口ずさむあの鼻歌も、変わらなかった。


 その歌みたいに、君の青い車で海に行ってみたい。


 でもそんなの叶わない。


 だけど、代わりにそこにはあった。


 偽物の欠片かも知れないけど、何気ない日常が、綺羅綺羅でキラキラの日常がそこにはあった。


 斜陽が、一生懸命の彼の背中にあたる。


 風が、部室独特の匂いを舞い上げる。


 雨が、二人を部室に閉じ込める。


 無言の時間が、とても安らいだ。


 恋した人の綺羅綺羅とした恋する横顔を眺め続けるのも、これはこれで美味しいのでは? そうも思った。


 よくよく考えてみると、もはや私も幼馴染枠では? そう思った。


 いや、とりあえず卒業式だ。


 卒業式を無事乗り越え、高校生にもしもなれたなら告白しよう。


 私の未来があるのかないのかわからないから告白は出来なかった。


 15歳は行き止まりみたいな崖なのかどうか、それはわからないけど。


 なんとなく、またキンモクセイくんに止められそうな気はしている。


 いや、そんなの嘘だ。


 死にたくない。


 そうだ。彼は、本当は私に死んで欲しくなかっただけなのかもしれない。


 だから未来の閉じた私を、ループの檻に閉じ込めたのかもしれない。


 それヤンデレだよ、ヤンデレ。まったく困ったもんだ。


 だけどもう、世界が違う。


 運命が違う。


 だからこれで最後かも。


 なら、今度のタイムカプセルは、柏木くんの未来の幸せを願ってみようと思った。


 私の恩人で、友人で、振り向いてくれない愛しい初恋の男の子。


 だからそんじょそこらの幸せなんかじゃダメだって、願ってみようと思った。


 そして、柏木くんとの全ての思い出を全部書き出して詰め込んでみようと思った。


 初めて会った、あの四度目のループからの全ての思い出を。


 思い出せる限りの全部の過去を。


 柏木くんの未来を祝って、詰め込んでみようと思った。


 原稿用紙、何枚になるのかな。


 楽しみだ。





 前の中学と違い、こっちのタイムカプセルの開封は15年後だった。


 あっちは10年塔だったけど、こっちは15年会と呼ぶそうだ。


 語呂が悪いし長いけど、30歳はきりがいい。柏木くんへの思いの詰まったタイムカプセルを見たら、私は悶絶するのかな。


 その時、横に柏木くんが居たらいいな。


 やめてー! とか。恥ずかしいから見ないでー! とか。


 妄想なのに、なんだか急に恥ずかしくなってきた。


 でも、一緒に悶絶したいな。


 それとも、やっぱり断絶した崖なのかな。


 飛び降りたくはないなぁ。


 パストダイヴは得意だけども。


 出来ればフューチャーダイヴしたい。


 そして終わりなき夢から脱したい。


 だからまた、描いてもらった。


 未来が怖くてたまらないから、描いてもらった。


 中学三年生の秋の日に、あの公園に連れ出し、描いてもらった。


 やっぱり彼はまた、おっきく描いた。


 そしてまた本当をデザインしてくれた。


 この世界線には絶対にない、私だけが知る、ただ一つの大切な大切なきんきらきんを見つけて、暴いて、描いてくれた。


 だからあの過去に戻りたくなった。

 どうしようもなく戻りたくなった。


 円谷華のいない、あの過去に。


 笑い合った二人の過去に。


 抱き合って好きを交換したあの瞬間に。



 だから涙がポロリと溢れた。


 そして私はやっぱり死んだ。



 そしてやっぱりもう、キンモクセイくんの香りはしなかった。


 でも、代わりに部室みたいな、どこか懐かしいような、まるで乾いた絵の具のような匂いが、なぜかした。


 

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